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9. 浮羽工作店
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老人と話をしていると、二階の窓から「工作店」の二階の窓が開いて、眠そうな顔の少女が顔を出してきた。彼女はぼさぼさの栗毛色の長髪を掻きながら、
「邦実……さん……?」
と、欠伸交じりに僕の名前を呼んだ。僕は一回しか名乗らなかった自分の名前を憶えてくれていたことに、少しだけ感銘を覚えた。
「朝早くから済みません。ちょっと、あの機械……マヨラナについて話があって……」
僕がそう言うと、ちょっと待っててくださいと言って、カナメは家の中に引っこんだ。
老人は再び椅子に座って、ぼんやりした表情で珈琲を飲んでいる。辺りを見回してみると、昨日は皆シャッターが下りていた周辺の店から眠そうな人々が次々に出てきて、店の前の掃除を始めたり、水をまいたり、店先に商品と思しきものを並べ始めた。人々は僕の方を見ると、老人と最初にあった時と同様、皆目を丸くして驚いていた。
しばらく待っていると、「工作店」の表のシャッターが開いた。再び作業服に身を包んだカナメが、シャッターの奥から姿を現した。
「ごめんなさい。ちょっと、朝の仕事をしてから……」
カナメはそう言って、ガラス張りの店の中から木でできた看板を引っ張り出してきて、店の前に立てかけた。浮羽工作店――古い機械や装置を見かけたら、すぐにご連絡ください。修理、解体、改造、なんでもご相談ください――なんとなく分かるような、分からないような、、そんな紹介文がそこには書かれていた。
ガラスの向こう側には、不思議な見てくれの機械が並んでおり、その周りにはスパナやらレンチやら、大小さまざまなサイズの工具が並んでいた。僕はガラス戸を開いて、カナメが立っている店の中に足を踏み入れた。カナメは店の奥のカウンターのあたりに座り、小さな箱のような機械を睨んでいる。
「それは?」
僕はカナメの前に歩み寄って尋ねてみた。カナメは機械の方を見ながら、
「これは、知り合いから依頼された古い機械です」
「修理依頼ってやつ?」
「……近いけど、ちょっと違うかな。この機械が何の機械なのかを明らかにする、が正しい依頼内容ね」
「ほう?」
僕は近くに置いてあった椅子をカウンター近くまで持ってきて、カナメの方を見ながら腰かけた。カナメはドライバーやらペンチやらを箱状機械の隙間から突っ込みながら、彼女の仕事――工作屋という職業について語ってくれた。
「……この辺の土地には、こんな感じの古い機械がたくさん埋まっているんです。私は勝手に、<過去よりの贈り物>、なんて呼んでいますけれども。誰が作ったかもわからないし、動かし方も分からない……けれど、たまーにちょっと修理すると動いたりするものもあるんです。私はこの贈り物たちをみんなから買い取って、直せるものがあれば直して、ダメだったら素材まで分解して売り捌いて生活しているんです」
「それが、<工作屋>の仕事ってわけか」
「ええ。変な仕事でしょう?」
僕は忙しく動くカナメの手元を見ながら、
「いやあ。面白い仕事だと思うよ。ところで……」
とぼんやりした返事をし、それからちょっと声を潜めて、
「……それだったら、あの乗り物の修理方法について何かわからないかな?」
するとカナメは手を止め、僕の方を見ながらため息を吐いた。
「残念だけど、あんな乗り物は見たことがないし、きっと私には手に負えないわ。……それに、この仕事で扱っている機械たちも、正直なんで動いているか分からないし、なんで直ったのかも良く分からないことばかりなの。全部、自分の直感で直しているから……」
「そうか……」
老人の言葉で俄かに浮かび上がった希望は、シャボン玉のように消えてしまった――最初からなかった期待だから、それほど失望もしなかったけれども。カナメは何だか少し申し訳なさそうな表情をして目を伏せたので、若干僕の方も悪い気がして、その場を取り繕うように言葉を続けた。
「いやいや、僕もマヨラナの仕組みに関しては全然知らないから……」
「……あれに、乗ったことがあるんじゃないんですか?」
「ああ。だが、仕組みなんて知らなくても動かすことは出来るから……」
それから暫くの間、カナメは険しい表情で手を作業に没頭していたが、やがてその手を止めて、長いため息を吐いた。
「ダメそうね」
カナメはそう言って、機械の箱を隅の方に追いやって立ち上がると、上体を後ろに反らして伸びをした。
「ちょっと手に負えなさそうだわ。最近こんなのばっかり……」
「もういいのか?」
「ええ。朝のうちに見立てだけは立てておこうと思ったけども、どうしようもないわね。……それで、何の用でしたっけ? あの鉄の塊の話?」
「ああ……その話なんだがね。昨日も言ったかもしれないけれども、あれは隕石じゃなくてれっきとした乗り物なんだ。そして、僕はどうしてもあいつを直さなくてはならない。それで、良かったらこの近所で、乗り物に詳しい人間を紹介してくれないだろうか」
僕がそう言うと、彼女は若干眉をしかめながら、
「自負するわけじゃあないけれども、このリーベリの街で私ほど機械に明るい人間はいないと思うけど」
「隣のじいさんもそう言ってたが……」
「そうねえ……まあ、中央にでも行けば何か知っている人間がいるかもしれないけれど……」
そう言ってから、カナメはしまったという顔をした。
「いや……どうかしら……流石に中央でも……」
「中央になら何か情報があるかもしれないんだな?」
僕がやや語気強く問い詰めると、カナメはあからさまに嫌な顔をして、
「でも、私も中央への行き方なんて知りませんし……」
と弱弱しいトーンで言葉を紡いだ。
「大丈夫さ。この街はその中央という場所から随分離れているようだが、行き方ぐらい誰か知っているだろう。……取り敢えず僕の目標は、その中央とかいう場所に行くことにしようと思う!」
僕はカナメの目を見据えながら、高らかにそう宣言した。カナメは苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をした後、長くため息を吐いた。この世界の情勢を全く知らない僕からすれば、彼女の表情はとても奇妙に映った。
「邦実……さん……?」
と、欠伸交じりに僕の名前を呼んだ。僕は一回しか名乗らなかった自分の名前を憶えてくれていたことに、少しだけ感銘を覚えた。
「朝早くから済みません。ちょっと、あの機械……マヨラナについて話があって……」
僕がそう言うと、ちょっと待っててくださいと言って、カナメは家の中に引っこんだ。
老人は再び椅子に座って、ぼんやりした表情で珈琲を飲んでいる。辺りを見回してみると、昨日は皆シャッターが下りていた周辺の店から眠そうな人々が次々に出てきて、店の前の掃除を始めたり、水をまいたり、店先に商品と思しきものを並べ始めた。人々は僕の方を見ると、老人と最初にあった時と同様、皆目を丸くして驚いていた。
しばらく待っていると、「工作店」の表のシャッターが開いた。再び作業服に身を包んだカナメが、シャッターの奥から姿を現した。
「ごめんなさい。ちょっと、朝の仕事をしてから……」
カナメはそう言って、ガラス張りの店の中から木でできた看板を引っ張り出してきて、店の前に立てかけた。浮羽工作店――古い機械や装置を見かけたら、すぐにご連絡ください。修理、解体、改造、なんでもご相談ください――なんとなく分かるような、分からないような、、そんな紹介文がそこには書かれていた。
ガラスの向こう側には、不思議な見てくれの機械が並んでおり、その周りにはスパナやらレンチやら、大小さまざまなサイズの工具が並んでいた。僕はガラス戸を開いて、カナメが立っている店の中に足を踏み入れた。カナメは店の奥のカウンターのあたりに座り、小さな箱のような機械を睨んでいる。
「それは?」
僕はカナメの前に歩み寄って尋ねてみた。カナメは機械の方を見ながら、
「これは、知り合いから依頼された古い機械です」
「修理依頼ってやつ?」
「……近いけど、ちょっと違うかな。この機械が何の機械なのかを明らかにする、が正しい依頼内容ね」
「ほう?」
僕は近くに置いてあった椅子をカウンター近くまで持ってきて、カナメの方を見ながら腰かけた。カナメはドライバーやらペンチやらを箱状機械の隙間から突っ込みながら、彼女の仕事――工作屋という職業について語ってくれた。
「……この辺の土地には、こんな感じの古い機械がたくさん埋まっているんです。私は勝手に、<過去よりの贈り物>、なんて呼んでいますけれども。誰が作ったかもわからないし、動かし方も分からない……けれど、たまーにちょっと修理すると動いたりするものもあるんです。私はこの贈り物たちをみんなから買い取って、直せるものがあれば直して、ダメだったら素材まで分解して売り捌いて生活しているんです」
「それが、<工作屋>の仕事ってわけか」
「ええ。変な仕事でしょう?」
僕は忙しく動くカナメの手元を見ながら、
「いやあ。面白い仕事だと思うよ。ところで……」
とぼんやりした返事をし、それからちょっと声を潜めて、
「……それだったら、あの乗り物の修理方法について何かわからないかな?」
するとカナメは手を止め、僕の方を見ながらため息を吐いた。
「残念だけど、あんな乗り物は見たことがないし、きっと私には手に負えないわ。……それに、この仕事で扱っている機械たちも、正直なんで動いているか分からないし、なんで直ったのかも良く分からないことばかりなの。全部、自分の直感で直しているから……」
「そうか……」
老人の言葉で俄かに浮かび上がった希望は、シャボン玉のように消えてしまった――最初からなかった期待だから、それほど失望もしなかったけれども。カナメは何だか少し申し訳なさそうな表情をして目を伏せたので、若干僕の方も悪い気がして、その場を取り繕うように言葉を続けた。
「いやいや、僕もマヨラナの仕組みに関しては全然知らないから……」
「……あれに、乗ったことがあるんじゃないんですか?」
「ああ。だが、仕組みなんて知らなくても動かすことは出来るから……」
それから暫くの間、カナメは険しい表情で手を作業に没頭していたが、やがてその手を止めて、長いため息を吐いた。
「ダメそうね」
カナメはそう言って、機械の箱を隅の方に追いやって立ち上がると、上体を後ろに反らして伸びをした。
「ちょっと手に負えなさそうだわ。最近こんなのばっかり……」
「もういいのか?」
「ええ。朝のうちに見立てだけは立てておこうと思ったけども、どうしようもないわね。……それで、何の用でしたっけ? あの鉄の塊の話?」
「ああ……その話なんだがね。昨日も言ったかもしれないけれども、あれは隕石じゃなくてれっきとした乗り物なんだ。そして、僕はどうしてもあいつを直さなくてはならない。それで、良かったらこの近所で、乗り物に詳しい人間を紹介してくれないだろうか」
僕がそう言うと、彼女は若干眉をしかめながら、
「自負するわけじゃあないけれども、このリーベリの街で私ほど機械に明るい人間はいないと思うけど」
「隣のじいさんもそう言ってたが……」
「そうねえ……まあ、中央にでも行けば何か知っている人間がいるかもしれないけれど……」
そう言ってから、カナメはしまったという顔をした。
「いや……どうかしら……流石に中央でも……」
「中央になら何か情報があるかもしれないんだな?」
僕がやや語気強く問い詰めると、カナメはあからさまに嫌な顔をして、
「でも、私も中央への行き方なんて知りませんし……」
と弱弱しいトーンで言葉を紡いだ。
「大丈夫さ。この街はその中央という場所から随分離れているようだが、行き方ぐらい誰か知っているだろう。……取り敢えず僕の目標は、その中央とかいう場所に行くことにしようと思う!」
僕はカナメの目を見据えながら、高らかにそう宣言した。カナメは苦虫を噛みつぶしたような渋い顔をした後、長くため息を吐いた。この世界の情勢を全く知らない僕からすれば、彼女の表情はとても奇妙に映った。
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