わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

文字の大きさ
11 / 28

10. 小さな箱

しおりを挟む
 うーん、と唸るような声を上げてカナメは目を閉じ、何やら思案顔だった。彼女が僕の立てた工程表に懐疑的であることはことはその表情から良く分かった。けれども、それ以上に冴えた発想が出来るほど、僕の頭は柔らかくは無かった。

 ともかくにも、当面の間僕が目指すべき方向性は心の中で固まった。目標さえ決まってしまえば、後は手段の問題だ。余計なことを思案する必要はない――僕は急に、心のなかに小魚の骨のように突き刺さっていた不安感が溶け、爽やかな風が吹き抜けていったような感覚を覚えるのだ。勿論客観的に見れば、何一つ自体は好転していなかったのだが、それでもしかし、胸の奥に僅かながらの希望が山中の清水の如く湧いてくるのだった。

 さて、抽象的な不安が消え去ったと同時に、その靄に隠されていた現実的な課題が、それぞれの輪郭をよりはっきりとさせていった。現実的な課題とは、要するにここでの生活をどうするか、ということである。衣食住のうち食に関しては、(少なくとも暫くの間は)大きな問題ではない。あの無味乾燥とした保存食に甘んじればよいだけだ。衣と住はしかし、早めに対策を打たなくてはなるまい。昨日の夜は持ち合わせがなかったため野宿をせざるを得なかった。頼みのマヨラナが機能不全を起こしている以上、自力で金を稼ぎ、住居を確保する方法を見つけなくてはなるまい。それに、この生活がどの程度続くかは見当もつかないから、毎日の着替えも確保したい。この奇抜なパイロットスーツのまま、いつまでも街中をうろついて廻ることもできないだろう。「中央」の住民がどのような視線で見られているのか僕には見当もつかないが、長い間勘違いされ続けるのも良くない結果を生みかねない。

 現状すべきことを頭の中で反芻し、一度大きな深呼吸をした。それから自分の顔をぴしゃりと叩き、カナメを正面に見据えて口を開いた。

「これは相談なのだが……少しの間、ここで働かせてもらえないだろうか?」

 僕がそう言うと、呆れと驚きを半々にしたような微妙な表情でカナメは僕を見た。

「どういう風の吹き回し?」

「理由はないけれども、しかし他にあてもないのでね。この街でお金を得る方法が僕には必要なんだ。……大変遺憾ながら、今の僕は素寒貧なんだよ」

「あなた、今までどうやって生活してきたわけ?」

 核心に迫る質問に僕はちょっと動揺したが、口を真一文字に結んで表情をぼかしながら喋った。

「……実は、僕は世界を歩いて廻っている旅人でね」

「はあ……?」

「そう、旅人、旅人だ。僕は友人をから離れ、故郷を捨て、世界を歩き回っているうちにあの鉄の塊にたどり着いたんだ。君と出会ったのは、丁度タイミングが良かったのだ」

「……それで?」

「……それで……えーと……、そう! ロマンを求めて旅を続けたのはいいが、とうとうお金が無くなってしまってね。それで、あれだ。あの場所で出会ったのも何かの運命だ。僕を、少しの間でいいからバイトとして雇ってくれないかなと思ってね。……まあ君ほどじゃあないだろうが、僕にも多少機械いじりのの知識はあるから、役には立つと思うんだ。他の事だって、なんだってやってやるさ」

 適当なことをよくもこう、ペラペラと喋れるものだと自分自身に感嘆しながら、僕は一気呵成に喋りきった。

「うーん……」

 カナメの表情は明らかに渋いものに変わっていった。僕の語った出まかせを、彼女はどの程度まで信用してくれたのだろうか? しかし僕には――未来とも過去とも分からない場所に流れ着いた僕には――大した選択肢は与えられていなかった。僕にできることは自分を最大限に売り込み、他人の好意に期待することだけなのだ。

「けっこう大変な仕事ですよ、工作屋って。頻繁に重い荷物を運ばなくてはならないし、色々と知識もいるし……」

「体力には自信が……そんなには無いけれど、でもやる時にはやるさ」

「そうねえ」

 カナメはちょっと物憂げな表情で視線を僕の方から反らし、ガラスで仕切られた外の風景を無言で見つめた。交渉失敗だろうか――僕は彼女の沙汰を処刑台の前の囚人のような気分で冷や汗をかきながら待っていた。彼女は店のカウンターから外に出てきて、黙ったまま店の中をふらふらと歩き出した。右手を自身の顎のあたりにあてながら何やら思案している様子だったが、突然はっとした表情になると、

「ちょっと待ってて!」

と放り投げるように呟くと、店の奥のドアの向こうに引っ込んでいった。ドア越しに何やらガタガタとやかましい音が鳴り響いて、数分の後にその騒音が鳴りやむと、何やら掌の上に小さな箱を持ってカナメは出てきた。

「正直な話、あなたに手伝ってもらわなくてもこの店は回っているの。女手一つだからもちろん大変だけど、でもわざわざ他人に給料を払って雇わなくても我慢できるレベルだからね。……だから、あなたを雇うには、特別な理由が必要になると思うのよ」

 そう言ってカナメは僕に、奥から持ち出してきたであろうその箱を手渡した。カラフルな色の彩色が施された木製の箱は、手に持ってみると見た目に反してずっしりと重く、その中には機械仕掛けが内包されていることは感覚で分かった。そして、彼女が何をさせようとしているのかも、僕はすぐさま察しが付いた。

「それはテスト。まあ、入社試験みたいなものかしらね。……課題は簡単、単純明快。その機械を修理して、私の元に持ってくること!」

 カナメはそういうと、口角だけ歪めてにまりと笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...