わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

文字の大きさ
12 / 28

11. 嘲笑う天井

しおりを挟む
 浮羽カナメという少女は、案外といい性格をした人間であるのかもしれない――薄暗い部屋の中で一人、机の上に置かれた木の箱を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
 カナメが僕に課した課題は、この箱のような装置を修理すること、だった。

「これは……何の装置なんだ?」
 箱を開いて中の機械仕掛けを眺めながら、僕は尋ねた。青銅色の小さな歯車やねじが複雑に入り組んだそれは、一目見ただけでは何の装置か全く分からない。どこかで見たことがあような気もするし、見たこともないようにも見える、不思議な雰囲気を湛えていた。
「さあ?」
 カナメは大仰な身振りを交えて首を振った。
「それを解明するのが、あなたへのテスト。それを修理して、何の機械か明らかに出来たらあなたの実力を認めましょう。あなたを雇ってあげる。それが出来ないようなら、大変残念だけど、この店にはあなたは必要ないわ」
「なるほどね……」
 カナメはドライバーやらレンチやらを壁に掛かっていた布袋に詰めて、僕に押し付けた。袋はズシリとした重みがあり、中から金属の擦れ合うガチャガチャした音が響いた」
「……一応聞いておきたいんだが、君はこいつを直すことが出来るのかい?」
「雇い主を試すようなことは言ってはいけないのよ?」
 カナメはそう言うと、口に手を当てて小さく笑った。
「そうねえ。まあ、不可能ではない、くらいの感触かな。……折角人に給料を払おうっていうんだもの。せめて私よりも優秀じゃなきゃ、詰まらないわ」

 テストの内容を伝えた後は、カナメは僕を店の外に連れ出して、狭い路地の一番端、いかにも古そうな家の前に連れていった。その家には看板は掛かっておらず、外観から人が住んでいなさそうなことは容易に推測が付いた――仮に「お化け屋敷」という看板が掲げられていたとしても、特に違和感はなさそうなくらいの荒廃ぶりで、建付けの悪い玄関の扉は、擦れるようなガリガリという音を立てた。
「この場所は今誰も使っていないから、取り敢えずの住居として使ってもいいよ?」
「……ありがたいねえ」
 壁のスイッチを押すと、(驚くべきことに)電灯が灯った。その小さな部屋は真っ黒な丸テーブルだけが置かれた畳張りの部屋だった。白色の壁にはところどころ皹や穴が開いている、部屋の隅には主のいない蜘蛛の巣が多数、天井から電灯をぶら下げている紐は頼りない見た目で今にも切れてしまいそう、畳も手入れがされておらず、若干腐っているのか妙に感触が柔らかい――ことなどを除けば、非常に快適な部屋に思えた。

 とりあえずはその場所を自由に使っていいから、課題の目途が付いたらまた店に来て――カナメはそう言い残して去っていった。僕は彼女が去ってから、取り敢えず畳の上に横になって、四肢がちぎれん限りの強さで伸びをした。それから例の木箱をテーブルの上に据えて、静かに観察を開始した。
「ふーむ」
 彼女の丁寧な語り口に隠蔽されていたが、冷静に考えたらかなり無茶な試験だ。僕は口でこそ、機械に関して多少の知識はあると言ったけれども、半分は出まかせであるし、彼女の方もそれを見抜いているような喋り口だった。直接的には言わなかったけれども、適当な住処を紹介したうえで達成困難な課題を与える――実質的には体よく追っ払われたのではないだろうか? そもそも元々も機能も良く分かっていないものを、どうやったら「修理した」ことになるのだろう。……色々思うところはあるが、しかし彼女を恨むのは逆恨みもいいところだ。世界中を放浪している素性の知れない無一文の待遇なんてそんなものだ。この世界に警察という組織があるのかは分からないが、通報されなかっただけましだろう。彼女の態度にはむしろ感謝すべきなのだ。

 さて、しかし現実問題としてどうしたものだろうか。取り敢えず、横になることの出来る場所は確保した。幸い水道は生きており、シャワーや洗濯の類は手間はかかるが不可能ではない。一応の生活基盤は確保されたものの、しかし僕の目標は現世に帰ることであり、マヨラナを修理することであり、そのために中央という場所に行くことなのだ。中央に行くには、きっとこの世界で通用する金が要る。……いや、もいかしたら必要ないのかもしれないが、少なくともこの地における身分と生活基盤は必要だと思われた。この境遇からの脱出は、きっとかなりの長期戦となるだろうという直感が僕の中にはあったのだ。

 しかし彼女の手を借りずとも働き口の一つや二つあるんじゃないだろうか? そう思った僕はカナメが去った後で、あばら家に木箱を残して街を練り歩いた。まず最初に「浮羽工作店」がある狭い路地を、看板の文字に注目しながらぶらぶら歩いた。殆どの店が規模の小さいもので、おそらく追加の働き口など必要なさそうに見えた。ちょっと大きめの建屋を見つけても、そういう場所に限ってシャッターが下りている。そもそもにして大半の店は、何の商売なのかさっぱり分からなかった。「塚原水晶玉店」だの、「堂本紳士用靴磨き剤店」などは、もはやその店名の適当さにある種の義憤の念すら沸いてきた。そんな適当な職でやっていけると思っているのか? しかし全ての感情は、僕自身が金のない旅人だという客観的事実の前に、一切の意味を失ってしまうのだった。
 そのうちにカナメの店の隣、「有馬珈琲店」の前にやってきた。例の老人は、やはり店先で珈琲を飲みながら微睡んでいた。
「どうしたのかな?そんな暗い表情で」
 老人は僕の姿を認めると、目を細めながらそう尋ねてきた。
「いやあ、どこかに働き口は無いものかと……。ちょっと、お金が必要になりそうで……」
「働き口か……まあ、厳しいだろうねえ」
 老人の口調が急に重苦しいものへと変わった。
「そうなんですか?」
「そうだなあ。近頃は生活が厳しいせいもあって、街に仕事がないんだよ。うちの店も、まあお得意様に豆を売って辛うじて生活できているが、他の人を雇う余裕はないねえ。他の場所も、きっと似たようなもんなんじゃないかねえ。それに、もし仮に人使いの用が出来ても、身内だけで仕事を回してしまうだろうな。きつい言い方になるが、余所者にやる仕事は余ってないだろうよ」
「……」
 僕は黙り込んでしまった。確かにまあ、そんなに活気のある街には思えなかったが……。僕は老人に軽い挨拶をしてから、元来た道を反対方向に歩いた。老人の重々しい口調に中てられたか、なんだかこれ以上の冒険をする気力がなくなってしまったのだった。

 僕はあばら家に戻り、改めてテーブルの上の木箱を見つめた。結局のところ、このパズルと格闘しなくてはならないようだ――僕は再び畳の上に横になり、皹割れた天井をぼんやりと眺めた。皹割れと染みで出来た斑の模様が、僕に向かって嘲笑を浮かべる顔のように見えて、なんだか不気味だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...