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13. 先端
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例の箱との戦いは混迷を極めた。
あばら家の中心、テーブルの上に箱を載せて、カナメが課した試験の全容を把握しようと試みた。木製のカバーを取り払うと、中からは正しく機械という感のある機構が姿を現した。やや青み掛かった金属製の歯車、電子回路のような機構、筒のようなガラス管、正体不明のランプのようなもの、ちぎれた電線、ピストン機構、シリンダー、放熱版、トランジスター。針のような機構の先端には、赤青黄色のカラフルな部品が取り付けられていたが、何の意味があるのか皆目見当もつかない。
偏執狂じみた白衣連中ほどではないにせよ、僕にも多少の機械知識があるという自負が僕の中にはあったのだが、この複雑怪奇な金属加工品の前では何の役にも立ちそうになかった。そもそも、本当に電気で動く機械なのかすら判然としない。
「ふう……」
僕は数分間の観察を終えて、長く息を吐いた。寂寥感すら漂う部屋の中で、僕の声は妙に透き通って響く。
彼女はその箱を、「地面から掘り出された古代の遺物」と呼んでいた。古代とはいつだろう? この世界を2220年であると仮定するのであれば、僕が生きてきた時代も十二分に古代である。しかし、生憎と僕にはこんな用途の分からない謎の機械に見覚えは無かった。想像するに、カナメが収集し、解析し、分解している「古代の遺物」は、僕が本来生きていた時代よりも未来、そしてこの世界よりも過去に作成されたに違いない――もちろんこれは、マヨラナが想定通りに機能したことを仮定した想像であるのだが。この遺物は誰が、何のために作ったのか。なぜ放逐され、地面に埋められていたのか。なぜこの機械たちの技術が後の世に継承されていないのか。
不意に、封筒の中の指示書に掛かれていた文面を僕は思い出した。「2220年問題」――僕はその言葉の意味に俄然興味が沸いてきた。それと同時に、僕は今、その問題の真っただ中に立たされているに違いないという確信が、再び僕の心の中に薄暗い靄を張るのだった。
カナメから借りたドライバーやらレンチやらを握りしめて一時間が経過し、それでも特に成果はなし。洗面所に行って冷水を顔からかぶり、タオルで顔をぬぐう。割れた鏡に映った自分の顔は決して爽やかなものではない。時間渡航の副作用で、若干年を取ったんじゃないか――そう疑ってしまうくらい、表情から生気が失われていた。そのうち我慢ならない気分になって、再び外の空気を吸いたくなってくる。
家を出てみると、僕は路地に漂う空気に若干の違和を感じた。先ほど通りを歩いた時よりも、どことなくピリッとしているような気がする。店の前に立っている人々の表情は皆笑顔であるのだけれど、しかしどことなくぎこちないような気もしてくる。とはいえ、明確な根拠もないので話しかけて理由を聞いてみるみる気も起きない。僕は原因不明の緊張感に満ちた路地をゆっくりと歩いた。
と、前方から歩いてきた一つの人影が、僕の真正面でピタリと止まった。僕も思わず立ち止まってその人影を見る――全身ぼろぼろの、服だか布切れだか分からないようなものに身を包んだ、女の子だった。彼女は頭まで被ったフードの陰から、こちらを見て静かに微笑んでいる。
「素敵な格好ね」
彼女は僕のパイロットスーツ姿を見てそういった。
「そう思うかい?」
「ええ。時代の最先端を行っているわ」
「お目が高い。これは未来に飛ばされたとしてもやっていけるようにデザインされているからね」
皮肉をはらんだ彼女のものいいに、僕は自虐を込めてそう答えた。僕は彼女の冷ややかな笑いを期待してそう答えたのだが、予想に反して彼女は不機嫌そうな表情をその白い肌の上に浮かべた。
「……あなたみたいな人が来ているなんて、報告を受けていなかったのだけれど」
「どういう意味だい?」
「あなた、中央から来たんでしょう? そんな恰好で街を歩くなんて、あまり褒められたこととは思えませんけれど」
またか、と僕は思った。中央の住民は、みんなこんな格好で歩き回っているのか? 今更ながら、僕は中央という場所に住む人物たちの正気に若干の不安を覚えた。
彼女は呆れた表情をこちらに向け、再び歩き始めた。僕もお返しに、と憮然とした表情で黙って正面を見たままでいると、
「……あんまり目立たない方がよろしいと思いますけどね。それから、外出報告がまだなら早急にするように。あとで面倒なことがあっても知りませんよ」
と念を押すように言って、彼女は去っていった。彼女の言葉の意味は僕には良く分からなかったが、特に気に留めることもなく、僕は再び路地を歩き出した。
「有川珈琲店」の老人は依然と同じ場所に椅子を構え、やはり珈琲を飲んでいた。僕が彼の死角から近づいてやあと声を掛けると、老人は酷く狼狽した様子でこちらを凝視し。それからはあ、と長い溜息を吐いて、
「あんたか……驚かさないでくれよ」
と呟くようにそういった。
「悪かったよ。そんな気はなかったんだが……」
ふと、僕は老人の表情にも、他の路地の住民と同様、妙な緊張感が走っていることに気が付いた。表情はやがて以前見た柔和なものへと戻っていったが、アイロンがけしても取り切れなかった服の皺のように、どこか不自然に顔が歪んでいた。
「何かあったんですか? なんか空気がピリピリしているきがしますけど」
「なあに、ちょっと面倒な話を聞いてしまってね」
「面倒な話?」
「……今日、中央からリーベルの街に誰かが訪問に来るんだって話でね。……改めて聞くようだが、あんたじゃあないんだよな?」
老人が語気を強めてそう聞くので、僕はちょっと押され気味に首を縦に振った。
「中央の人たちが来るのは、何か問題があるんですか?」
僕が何の気なしにそう尋ねると、老人は急に目を伏せ気味にし、消え入るような細い声で、
「そんなことはない。ないんだが……」
と言った。その後も老人は言面に向かってぶつぶつと何か言葉を発しているようだったが、何を言っているのかは僕にはちょっと分からなかった。
あばら家の中心、テーブルの上に箱を載せて、カナメが課した試験の全容を把握しようと試みた。木製のカバーを取り払うと、中からは正しく機械という感のある機構が姿を現した。やや青み掛かった金属製の歯車、電子回路のような機構、筒のようなガラス管、正体不明のランプのようなもの、ちぎれた電線、ピストン機構、シリンダー、放熱版、トランジスター。針のような機構の先端には、赤青黄色のカラフルな部品が取り付けられていたが、何の意味があるのか皆目見当もつかない。
偏執狂じみた白衣連中ほどではないにせよ、僕にも多少の機械知識があるという自負が僕の中にはあったのだが、この複雑怪奇な金属加工品の前では何の役にも立ちそうになかった。そもそも、本当に電気で動く機械なのかすら判然としない。
「ふう……」
僕は数分間の観察を終えて、長く息を吐いた。寂寥感すら漂う部屋の中で、僕の声は妙に透き通って響く。
彼女はその箱を、「地面から掘り出された古代の遺物」と呼んでいた。古代とはいつだろう? この世界を2220年であると仮定するのであれば、僕が生きてきた時代も十二分に古代である。しかし、生憎と僕にはこんな用途の分からない謎の機械に見覚えは無かった。想像するに、カナメが収集し、解析し、分解している「古代の遺物」は、僕が本来生きていた時代よりも未来、そしてこの世界よりも過去に作成されたに違いない――もちろんこれは、マヨラナが想定通りに機能したことを仮定した想像であるのだが。この遺物は誰が、何のために作ったのか。なぜ放逐され、地面に埋められていたのか。なぜこの機械たちの技術が後の世に継承されていないのか。
不意に、封筒の中の指示書に掛かれていた文面を僕は思い出した。「2220年問題」――僕はその言葉の意味に俄然興味が沸いてきた。それと同時に、僕は今、その問題の真っただ中に立たされているに違いないという確信が、再び僕の心の中に薄暗い靄を張るのだった。
カナメから借りたドライバーやらレンチやらを握りしめて一時間が経過し、それでも特に成果はなし。洗面所に行って冷水を顔からかぶり、タオルで顔をぬぐう。割れた鏡に映った自分の顔は決して爽やかなものではない。時間渡航の副作用で、若干年を取ったんじゃないか――そう疑ってしまうくらい、表情から生気が失われていた。そのうち我慢ならない気分になって、再び外の空気を吸いたくなってくる。
家を出てみると、僕は路地に漂う空気に若干の違和を感じた。先ほど通りを歩いた時よりも、どことなくピリッとしているような気がする。店の前に立っている人々の表情は皆笑顔であるのだけれど、しかしどことなくぎこちないような気もしてくる。とはいえ、明確な根拠もないので話しかけて理由を聞いてみるみる気も起きない。僕は原因不明の緊張感に満ちた路地をゆっくりと歩いた。
と、前方から歩いてきた一つの人影が、僕の真正面でピタリと止まった。僕も思わず立ち止まってその人影を見る――全身ぼろぼろの、服だか布切れだか分からないようなものに身を包んだ、女の子だった。彼女は頭まで被ったフードの陰から、こちらを見て静かに微笑んでいる。
「素敵な格好ね」
彼女は僕のパイロットスーツ姿を見てそういった。
「そう思うかい?」
「ええ。時代の最先端を行っているわ」
「お目が高い。これは未来に飛ばされたとしてもやっていけるようにデザインされているからね」
皮肉をはらんだ彼女のものいいに、僕は自虐を込めてそう答えた。僕は彼女の冷ややかな笑いを期待してそう答えたのだが、予想に反して彼女は不機嫌そうな表情をその白い肌の上に浮かべた。
「……あなたみたいな人が来ているなんて、報告を受けていなかったのだけれど」
「どういう意味だい?」
「あなた、中央から来たんでしょう? そんな恰好で街を歩くなんて、あまり褒められたこととは思えませんけれど」
またか、と僕は思った。中央の住民は、みんなこんな格好で歩き回っているのか? 今更ながら、僕は中央という場所に住む人物たちの正気に若干の不安を覚えた。
彼女は呆れた表情をこちらに向け、再び歩き始めた。僕もお返しに、と憮然とした表情で黙って正面を見たままでいると、
「……あんまり目立たない方がよろしいと思いますけどね。それから、外出報告がまだなら早急にするように。あとで面倒なことがあっても知りませんよ」
と念を押すように言って、彼女は去っていった。彼女の言葉の意味は僕には良く分からなかったが、特に気に留めることもなく、僕は再び路地を歩き出した。
「有川珈琲店」の老人は依然と同じ場所に椅子を構え、やはり珈琲を飲んでいた。僕が彼の死角から近づいてやあと声を掛けると、老人は酷く狼狽した様子でこちらを凝視し。それからはあ、と長い溜息を吐いて、
「あんたか……驚かさないでくれよ」
と呟くようにそういった。
「悪かったよ。そんな気はなかったんだが……」
ふと、僕は老人の表情にも、他の路地の住民と同様、妙な緊張感が走っていることに気が付いた。表情はやがて以前見た柔和なものへと戻っていったが、アイロンがけしても取り切れなかった服の皺のように、どこか不自然に顔が歪んでいた。
「何かあったんですか? なんか空気がピリピリしているきがしますけど」
「なあに、ちょっと面倒な話を聞いてしまってね」
「面倒な話?」
「……今日、中央からリーベルの街に誰かが訪問に来るんだって話でね。……改めて聞くようだが、あんたじゃあないんだよな?」
老人が語気を強めてそう聞くので、僕はちょっと押され気味に首を縦に振った。
「中央の人たちが来るのは、何か問題があるんですか?」
僕が何の気なしにそう尋ねると、老人は急に目を伏せ気味にし、消え入るような細い声で、
「そんなことはない。ないんだが……」
と言った。その後も老人は言面に向かってぶつぶつと何か言葉を発しているようだったが、何を言っているのかは僕にはちょっと分からなかった。
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