わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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15. 明滅と回転

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 それから数日が過ぎた。その間、僕は部屋の中でカナメの課題と格闘し、気が散ったら街中をふらふらと出歩くという生活を繰り返していた。
 客観的に見れば僕の置かれた状況は絶望的で悲惨だ。しかし数日という期間の中で、僕はだんだんと冷静さと楽観を取り戻し始めていた――ぼろぼろとはいえ住居は手に入れた、食事は(味を気にしなければ)まだまだ十分にある、未知の機械との戦いは頭を使うけれども、ある種パズルを解いているような面白味もあった、あるいはリーベリの街並みを眺めながらふらふらと彷徨うのも、まるで海外旅行に来ているような気分で興味深い――実際の所、僕は未来の生活を楽しみ始めていた。

 加えてカナメの課題に関しては、大きな進展が一つあった。僕はカナメから借りた小型テスター(電圧や抵抗がを測る装置)で、箱の中に張り巡らされた配線の一つ一つが生きているかどうかを調べ上げていった。結果、一本の被覆線が被覆の内側で切れており、その場所で装置を流れる電流が途絶えてしまっていることを突き止めることに成功した。この線を修理してやれば、装置が再び息を吹き返すかもしれない! 僕は喜び勇んでカナメの下に駆け、これまた借り物の半田ごてを用いて丁寧に配線を繋ぎ直した。
 電極の端が改めて繋がった、その刹那だった。内部に配置されていた色とりどりのランプのいくつかに明かりが灯り、一定の周期で点滅を始めた。用途の分からない歯車状の機構や回転盤がゆっくりと動き出し、金属の擦れる鈍い音が箱の中から放たれる。
「おおっ!」
 僕が思わず声を上げた。カウンターの方で何やら読み物にふけっていたカナメは僕の素っ頓狂な声に驚いたか、訝し気な表情で近寄ってきた。
「動いたぞっ!」
 僕は叫んだ。声色に興奮が漏れ出しているのが、自分でも良く分かった。
「すごい」
 ところがカナメの反応は、極めて淡白なものだった。
 彼女は僕の手から箱型の装置を取り上げ、その全体を静々と眺めた。冷たい目だった。感情を殺し、真実を掴もうとする意志に満ちた冷静な目だ。僕は彼女の表情の中にかつての白衣連中と同じ気配を感じて、若干の不安感を覚えた。
 彼女は装置をテーブルの上に静かに置いて、
「直ったようね」
と呟くように言った。
「……幸運というやつだな。中の配線が一本切れていただけだったみたいで、それを新しい銅線で繋ぎなおしただけだったんだけど……」
「なるほど」
 彼女はそっけなくそう言った後で、
「……それで、これは何の機械なのかしら」
と続けた。
「……なんだって?」
「これは何の機械なのかしら。もう一度言ったわよ。あなたに課したのは、これを修理して、何の装置かを解明してくること、でしょう? 使い方が分からないのなら、それはまだ土の中から掘り出したガラクタ以上のものではないわ」
 ……思い出してみれば、そんな話だったような気がする。修理することに夢中で、僕はその正体を暴くという第二の課題を完全に失念していた。僕はカナメがテーブルに置いた箱を再び持って眺めた。機械仕掛けの内側は確かに復活していた。赤、青、黄色のランプは断続的に光っているし、歯車のような機構も時折耳の痛くなるような摩擦音を立てながらゆっくりと動いている。しかし、これらの機構の意味するところ――こやつらはなぜ光り、何のために回転し、何故に音を立てるのか――は、さっぱり見えてこなかった。内側で蠢いている機械たちが、互いに連関を持ち、協調し、駆動しているようには到底思えない。まるで、それぞれが全く関係性を持たない装置たちを無理やりに、あの手のひら大の箱の中に押し込めたような……。しかし、この古代の遺物は配線一本の修理によってその全てが再び動き出したのだ。互いに無関係、ということはありえまい。だが、一体……。
 思考を巡らせているうちに、修理に成功した時の高揚感がだんだんと薄れていき、代わりに腰の上にのしかかるような形容しがたい疲労感が訪れた。僕は再びその箱を手に持って、カナメの店から立ち去った。
「まあ、取り敢えず直したのだし、希望は見えてきたんじゃない?」
 顔を曇らせた僕を気遣ったか、店を出るときにカナメはそう僕に言った。勿論彼女に悪意は無いのだろうが(ゼロではないとも言い難いが)、その時の僕には非常に鋭利な煽り文句のように耳の奥に響いた。僕は浮羽工作店のガラス扉をピシャリと閉めて、街の中心地の方へとズカズカと歩いた。

 あばら家には直帰せず、中心街の方にあてもなく歩いた。数分ほど歩いた後、リーベリの中心にある大きな噴水のほとりに僕は腰を下ろし、改めて謎の機械仕掛けと対峙した。相変わらずその箱は光っており、歯車は回転していたが、一向にその正体を明かそうとはしない。
「まいったな……」
 僕は青空に向かって呟くように言った。僕は本来なら未来にやって来ているはずで、未来人のことについて調査をしなければならないはずだった。しかし僕は、地面に埋まっている過去の遺物を掘り出して、彼らが何を思ってこの遺物たちを作ったのか想像するという、まるで考古学者のようなことを要求されている。なんとも皮肉的だ。
 けれどもしかし、前進したことは間違いないのだ。落ち込んでいる暇はないし、その必要もない。楽観的に、あるいは傲慢に考えるべきなのだ――用途が分からぬとはいえ、所詮(今僕が経っている時間からすれば)古い人間の作り出した遺物なのだ、大して深い考えはあるまい。
 そんなことを心の中で呟きながら、意志を新たにして立ち上がる――ちょうどそんな時だった。
「あら、面白いものを持っているじゃない」
 驚いて声のした方向を見ると、少女が一人立っていた。全身をぼろ布に包んだ彼女の姿を、僕の網膜ははっきりと覚えていた。
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