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17. 幸運の箱
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土の中から掘り出された謎の箱の正体は、「人工会話プログラム」と自称するお喋りな人工知能だった――これは修理の過程で僕が予想した幾つかの可能性、そのどれとも大きくかけ離れていた。ぼろ布の彼女の曰く、これは人が話しかけて寂しさを紛らわせるための装置であるらしい。ともすれば、あの雑な電子回路や歯車、モーターなどは、一体何のために組み込まれていたのだろうか……。
しばらく僕の手の上で沈黙していた箱が、急に耳障りなアラート音を発した。
「なんだ? どうしたんだ?」
「……起動に際してのメンテナンス・プログラムが完了いたしました。装置内配線の劣化、水分による腐食、外的衝撃による変形など、様々な脅威が発見されました。このまま起動を継続すると、使用者の身体に重大な障害が生じる可能性があります」
「オイオイ……」
僕は噴水の縁に箱を置いて立ち上がり、ちょっと距離をおいた。箱は僕の動揺などお構いなしに単調なアナウンスを続ける。
「……直ちに、技術者に修理を依頼してください。このまま起動を継続すると、使用者の身体に重大な障害が生じる可能性があります。付け加えるのであれば、残留バッテリーの状態も芳しくはありません。直ちに新鮮な電流源を用いて充電作業を施す必要があります……」
「うーん……カナメの所に持っていけばいいかな?」
「一定の電子工作技術を保有する人間であれば、資格や従事歴を問いません。残念ながら、MKN型の内部構造を完璧に理解できる人間が現れる可能性は極めて小さいことを理解しております。しかしながら、MKN16型は、素人同然の技術者であっても完璧な修復プロセスを実行できるよう、適宜適切な指示・命令を発することが出来るように設計されております……」
箱のアナウンスには何やら引っかかるものがあったが、しかし取り敢えずカナメの所に持っていくのが最善だろう、と僕は判断した。僕は若干の躊躇を交えながら箱を噴水の淵から取り上げ、振り返る――と、先ほどまでこちらを見ながら笑っていた例のぼろ布の少女の姿が消えていた。慌てて辺りを見回したが、彼女らしき姿は街の風景の中には既になかった。
彼女は何者だったのだろう、お礼の言葉を言う暇がなかったな――そんなことを一瞬考えたが、カナメの反応が見てみたいという好奇心が僕の中では勝っていた。まあ、なんとなく出会ったのだから、またなんとなく出会えるだろう、などと妙に気楽な考えで、僕は喋る箱を連れてカナメの店がある路地へと歩き出した。
「……本システムは、人工会話を目的とする多機能型プログラムMKN16型です。世界中のあらゆる言語に対応しており……」
「……だそうだ」
僕とカナメはテーブルの上で喋る箱を、息を殺して見守っていた。
カナメの反応は予想以上のものがあった。子供がサンタからのプレゼントに目を輝かせている時のような、純粋で実に楽しそうな笑顔。前回冷たくあしらわれた時の事を思い返してみると、なんだか一種の勝利感のようなものがあって、僕も少しだけ嬉しく思った。
「一体、どうやって直したの?」
「さあ? たまたまそいつに詳しい人らしい人に会ったんだ」
「……誰だろう、考古学者でも来てたのかな? まあいいわ。ええと、あなたのこと、なんて呼んだらいいのかしら?」
カナメは目を輝かせながら箱に向かって話しかける。箱の方は、彼女の声に呼応するように内側のランプを明滅させながら、
「MKN16型と呼んでもらえば問題ないかと思いますが」
と、やはり抑揚のない音声を発する。
「ええと、それじゃあマキナさん、でいいかしら? あなたに色々と聞いてみたいことがあるのだけれど、よろしい?」
「重要な内部情報へのアクセスは、最初に起動した人の許可が必要です。よろしいですか?」
「構わないよ」
僕がそう答えると、ポーン、という軽快な音が箱から鳴った。
「情報がアクセス許可されました。ご質問をどうぞ。一般利用者権限の範疇であれば、MKN16型は全ての情報を使用者に開示・説明する義務と責任があります。何なりとお聞きください」
「ええと、それじゃあ……まず、あなたはいつ頃作られた機械なの? 人と会話できる機械なんて、少なくともリーベリの街じゃあ出回ってない、凄い技術だと思うのよね」
「製造年月日の開示は、一般利用者権限の範疇を逸脱しております。申し訳ありません」
「え? そ、そうなの? うーんと、じゃあ、あなたを作ったのは誰なの?」
「ラムダ・ネコール博士です。人工知能科学の研究者です。それ以上の情報は開示の許可が下りていません」
「……面白くないわね」
カナメは幾分か不満げな顔を僕の方に向けたが……知ったことではない。僕は延々と続きそうな箱とカナメとの会話に割り込むように口を開いた。
「ともかく、これで課題は達成ってことでよろしい? この箱の正体を暴くことが出来れば、この店で雇ってくれるという約束だったはずだ」
「うーん」
カナメは少し首をかしげて思案顔をした後、
「そうねえ。でも、経緯を聞くにあなたが起動させたってわけじゃないんじゃないの?」
言われてみればそうだ。今回の件で、僕は箱の中の修理を手掛けてはいるものの、最終的に起動させることが出来たのはぼろ布の少女のおかげであり、彼女の功績と言ってもいいだろう。僕は先ほど、彼女のことについてカナメに向かって得意げに話してしまったが、交渉を有利に進めるためには黙っておくべき内容だったと、僕は少し後悔した。
僕はカナメの質問に対する適当な返事が思いつかず、縋るように自分の周りを見回した。浮羽工作店の内部――カナメが各地から発掘してきた機械仕掛けの遺物や用途の分からないジャンク品が並んでいる店内を見回して、僕はふと思いついた。
「ええと、マキナさん、でいいかな? こんなことを機械に聞くのも変な感じはするけれども、君は機械の構造とか種類とか、そういうものに詳しかったりはしないかな?」
「同時期、あるいはそれ以前に製造された機械に関しては、通り一遍の知識、原理、操作方法などが本プログラムの内部情報として保管されております」
「そうか、それなら……」
僕はテーブルの上の箱を手にもって、僕の近くの棚の上に置いてあった白い円柱状の機構に近づけた。
「例えばだけど、これがなんだか分かるかな?」
「検索してみましょう」
と、箱の前面がうっすらと白い光を発した――かと思うと、またポーンという軽快な音が鳴る。
「検索結果ですが、これは私よりもかなり以前に作成された、空気洗浄用のフィルターの一部である可能性が高いと思われます。内部に網目状に加工されたレアアースを大量に含み、主に窒素系の環境汚染物質を……」
「すごい!」
箱の説明を遮るように、カナメが歓喜の声を上げた。
「あなた、この古い遺物たちの正体が分かるのね! 凄いことだわ! じゃあ、じゃあ、これは? これは何の機械なのかしら?」
カナメはかなり興奮した様子で、部屋の隅にあった錆びた棒状の遺物を引っ張ってきて、僕の手の上の箱に向かって差し出した。箱はまた同様に遺物の方に向かって白く発光して、またポーンという音を鳴らす。
「解析が終了しました。しましたが……」
「が?」
「本情報の開示には最初に起動した人の許可が必要です。よろしいですか?」
僕は、勝ったと思った。別にカナメと勝敗を争っているような状況ではないが、しかし勝ったと思った。――この箱は、カナメの店に並んでいる骨董品たちの情報を持っている。そして、その情報を開示するには、どうやら僕の許可が必要であるらしい。これだけの事実が、これから僕とカナメの間で交わされるであろう交渉における僕の立場上の有利を確定させたのだ。僕は思わず笑いがこみ上げてくるのを抑えながら、カナメが次に口を開く瞬間を、ただただ黙って待っていた。
しばらく僕の手の上で沈黙していた箱が、急に耳障りなアラート音を発した。
「なんだ? どうしたんだ?」
「……起動に際してのメンテナンス・プログラムが完了いたしました。装置内配線の劣化、水分による腐食、外的衝撃による変形など、様々な脅威が発見されました。このまま起動を継続すると、使用者の身体に重大な障害が生じる可能性があります」
「オイオイ……」
僕は噴水の縁に箱を置いて立ち上がり、ちょっと距離をおいた。箱は僕の動揺などお構いなしに単調なアナウンスを続ける。
「……直ちに、技術者に修理を依頼してください。このまま起動を継続すると、使用者の身体に重大な障害が生じる可能性があります。付け加えるのであれば、残留バッテリーの状態も芳しくはありません。直ちに新鮮な電流源を用いて充電作業を施す必要があります……」
「うーん……カナメの所に持っていけばいいかな?」
「一定の電子工作技術を保有する人間であれば、資格や従事歴を問いません。残念ながら、MKN型の内部構造を完璧に理解できる人間が現れる可能性は極めて小さいことを理解しております。しかしながら、MKN16型は、素人同然の技術者であっても完璧な修復プロセスを実行できるよう、適宜適切な指示・命令を発することが出来るように設計されております……」
箱のアナウンスには何やら引っかかるものがあったが、しかし取り敢えずカナメの所に持っていくのが最善だろう、と僕は判断した。僕は若干の躊躇を交えながら箱を噴水の淵から取り上げ、振り返る――と、先ほどまでこちらを見ながら笑っていた例のぼろ布の少女の姿が消えていた。慌てて辺りを見回したが、彼女らしき姿は街の風景の中には既になかった。
彼女は何者だったのだろう、お礼の言葉を言う暇がなかったな――そんなことを一瞬考えたが、カナメの反応が見てみたいという好奇心が僕の中では勝っていた。まあ、なんとなく出会ったのだから、またなんとなく出会えるだろう、などと妙に気楽な考えで、僕は喋る箱を連れてカナメの店がある路地へと歩き出した。
「……本システムは、人工会話を目的とする多機能型プログラムMKN16型です。世界中のあらゆる言語に対応しており……」
「……だそうだ」
僕とカナメはテーブルの上で喋る箱を、息を殺して見守っていた。
カナメの反応は予想以上のものがあった。子供がサンタからのプレゼントに目を輝かせている時のような、純粋で実に楽しそうな笑顔。前回冷たくあしらわれた時の事を思い返してみると、なんだか一種の勝利感のようなものがあって、僕も少しだけ嬉しく思った。
「一体、どうやって直したの?」
「さあ? たまたまそいつに詳しい人らしい人に会ったんだ」
「……誰だろう、考古学者でも来てたのかな? まあいいわ。ええと、あなたのこと、なんて呼んだらいいのかしら?」
カナメは目を輝かせながら箱に向かって話しかける。箱の方は、彼女の声に呼応するように内側のランプを明滅させながら、
「MKN16型と呼んでもらえば問題ないかと思いますが」
と、やはり抑揚のない音声を発する。
「ええと、それじゃあマキナさん、でいいかしら? あなたに色々と聞いてみたいことがあるのだけれど、よろしい?」
「重要な内部情報へのアクセスは、最初に起動した人の許可が必要です。よろしいですか?」
「構わないよ」
僕がそう答えると、ポーン、という軽快な音が箱から鳴った。
「情報がアクセス許可されました。ご質問をどうぞ。一般利用者権限の範疇であれば、MKN16型は全ての情報を使用者に開示・説明する義務と責任があります。何なりとお聞きください」
「ええと、それじゃあ……まず、あなたはいつ頃作られた機械なの? 人と会話できる機械なんて、少なくともリーベリの街じゃあ出回ってない、凄い技術だと思うのよね」
「製造年月日の開示は、一般利用者権限の範疇を逸脱しております。申し訳ありません」
「え? そ、そうなの? うーんと、じゃあ、あなたを作ったのは誰なの?」
「ラムダ・ネコール博士です。人工知能科学の研究者です。それ以上の情報は開示の許可が下りていません」
「……面白くないわね」
カナメは幾分か不満げな顔を僕の方に向けたが……知ったことではない。僕は延々と続きそうな箱とカナメとの会話に割り込むように口を開いた。
「ともかく、これで課題は達成ってことでよろしい? この箱の正体を暴くことが出来れば、この店で雇ってくれるという約束だったはずだ」
「うーん」
カナメは少し首をかしげて思案顔をした後、
「そうねえ。でも、経緯を聞くにあなたが起動させたってわけじゃないんじゃないの?」
言われてみればそうだ。今回の件で、僕は箱の中の修理を手掛けてはいるものの、最終的に起動させることが出来たのはぼろ布の少女のおかげであり、彼女の功績と言ってもいいだろう。僕は先ほど、彼女のことについてカナメに向かって得意げに話してしまったが、交渉を有利に進めるためには黙っておくべき内容だったと、僕は少し後悔した。
僕はカナメの質問に対する適当な返事が思いつかず、縋るように自分の周りを見回した。浮羽工作店の内部――カナメが各地から発掘してきた機械仕掛けの遺物や用途の分からないジャンク品が並んでいる店内を見回して、僕はふと思いついた。
「ええと、マキナさん、でいいかな? こんなことを機械に聞くのも変な感じはするけれども、君は機械の構造とか種類とか、そういうものに詳しかったりはしないかな?」
「同時期、あるいはそれ以前に製造された機械に関しては、通り一遍の知識、原理、操作方法などが本プログラムの内部情報として保管されております」
「そうか、それなら……」
僕はテーブルの上の箱を手にもって、僕の近くの棚の上に置いてあった白い円柱状の機構に近づけた。
「例えばだけど、これがなんだか分かるかな?」
「検索してみましょう」
と、箱の前面がうっすらと白い光を発した――かと思うと、またポーンという軽快な音が鳴る。
「検索結果ですが、これは私よりもかなり以前に作成された、空気洗浄用のフィルターの一部である可能性が高いと思われます。内部に網目状に加工されたレアアースを大量に含み、主に窒素系の環境汚染物質を……」
「すごい!」
箱の説明を遮るように、カナメが歓喜の声を上げた。
「あなた、この古い遺物たちの正体が分かるのね! 凄いことだわ! じゃあ、じゃあ、これは? これは何の機械なのかしら?」
カナメはかなり興奮した様子で、部屋の隅にあった錆びた棒状の遺物を引っ張ってきて、僕の手の上の箱に向かって差し出した。箱はまた同様に遺物の方に向かって白く発光して、またポーンという音を鳴らす。
「解析が終了しました。しましたが……」
「が?」
「本情報の開示には最初に起動した人の許可が必要です。よろしいですか?」
僕は、勝ったと思った。別にカナメと勝敗を争っているような状況ではないが、しかし勝ったと思った。――この箱は、カナメの店に並んでいる骨董品たちの情報を持っている。そして、その情報を開示するには、どうやら僕の許可が必要であるらしい。これだけの事実が、これから僕とカナメの間で交わされるであろう交渉における僕の立場上の有利を確定させたのだ。僕は思わず笑いがこみ上げてくるのを抑えながら、カナメが次に口を開く瞬間を、ただただ黙って待っていた。
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私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
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