わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

文字の大きさ
1 / 28

0. プロローグ

しおりを挟む
 ――時間というものは、過去から未来に向かって一方通行に、止まることもなく流れていくものです。ある日突然、世界が過去に向かって逆行するということはありません。ボールを放り投げたら風もないのに急に戻ってきたとか、床にこぼれてしまったミルクが勝手に元の瓶の中に戻っていったとか、恐らくは皆さんも経験したことがないと思います。



 さて、それは一体何故なのでしょうか。当たり前じゃないか、とお思いになるかもしれませんが、理由をちゃんと考えてみるというのも面白いことです。何故、時間は逆行することはないのだろうか。科学に興味がある人がいれば、あるいはファンタジーが好きな人であれば、まあ、一度は考えたことがあるでしょう。これを真面目に、科学的に考えるためには、「時間が進む」ということがどのようなことなのかを少し考え直してみる必要があります。



 例えば……今私はペンを手に持っていますが、この手を放してやるとどうなるでしょうか。勿論、地面に向かって落ちるでしょう。それは何故かと言えば、このペンと地球とが、万有引力という力で引き合っているからです。もっと広い視点で捉えてみますと、私がペンから手を離した後、ペンがふわふわと宙を舞っている状態よりも、引力に従って落下する方がエネルギー的に安定な状態であるから、ということになります。



 世の中の全ての出来事は、このような解釈によっておおよそが理解できるのです。あらゆる出来事の理由というものは……物理学的な観点から申しますと、その出来事が起こる前よりも後の方が安定であるからに過ぎないのです。



 このような視点に立ってみますと、時間が逆行しない理由というのは非常に単純明快です。すなわち、時間は前に進む方が後に進む方よりも安定だから、ということになるのです。……詰まらない結論だとお思いになるかもしれませんが、このようなものの捉え方は、私たちに重要な示唆を与えてくれるものです。例えばですが、ある人や物に異常な力が与えられて、「ある空間の、ある時間に存在する」ことが宇宙全体のエネルギー安定性にとって極めて不利に作用するような時があれば、その人あるいは物は、その空間から拒絶されるという形で、未来か、もしくは過去に飛ばされてしまうことになるでしょう……。



 私が今までやってきた研究の根底には、このようなとても素朴な発想がありました。時空転移の研究と聞きますと、何かとても非現実的な技術や法則に基づいて動いているかのように思われがちです。まあ実際、とても不思議で巧妙な技術であるのですけれども……。しかし結局のところ、我々の研究の基盤となっているのは、とても古典的で現実的な発想なのです。私が強調しておきたいのは、こういう基礎的な原理原則を忘れないでほしいということです。世界を変えてしまうような斬新なアイデアでも、その根本にあるものははとてもシンプルな考え方であったりするものです。これからの未来を担っていく皆さんには、基本の大切さというものをよくよく認識しておいてほしいのです――



僕がまだ小学生だったころ、都丸という名の年老いた科学者が僕たちの通う学校にやってきて、未来ある子供たちに向けて激励の言葉を、という趣旨でこのようなスピーチをしたのだった。彼はその小学校の卒業生であり、彼の年代の出世頭の一人であった。

当時の僕は科学なんぞに微塵も興味がなかった。その上、他人から偉そうな態度で人生訓を語られることを嫌悪する反抗的な少年だった。その老科学者のありがたい言葉は数日も経たぬうちに僕の心の奥底に沈んでいき、それから長い間、砂底から浮かび上がってくることはなかった。



その老科学者の言葉を僕が思い出したのは、それから数年の後の事――「時空間研究所」と呼ばれる灰色の巨大な建物が、生前の都丸博士によって設立された研究施設であることを知った時だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...