わたしの時空航海日誌 ~異世界への漂流記~

三田川慶人

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25. 反逆的な思い

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「ごめんなさい!ちょっと急な用があって」

 老人と会話をやめてから十分くらい経っただろうか――カナメが遠くから僕の方に向かって走ってきた。どうやら随分急いでいたらしく、額にはうっすらと汗が滲んでいた。

「待った?」

「いや、別に」

「そう。ならよかった。おいしいものは食べられた?」

「ああ……」

 僕はカナメに、喫茶店でエチカという少女と出会ったことを言わなかった。大通りにある適当なレストランで肉料理を食べたということにした。

 なぜ言わなかったかは自分でも良く分からない。別にやましい事でもないし、話したっていいはずだ――理屈の上では。ただ、彼女のことを何の考えもなしに言いふらして歩くのは、よくない事態を招くような気がしたのだ。

 また、客観的な視線に立っても、彼女との遭遇は奇妙というか、異様というか、ともかくにも普通の出来事ではないように思う。あの目撃情報の齟齬――中央からの来訪者が、背の高い痩せた男である――は何を意味しているのか? 普通に考えたら中央からこのリーベリの街に、背高の男とあの少女の二人がやってきているということになるのだが、住民の噂話の中に少女の話が出てこないのはなぜだろう。

 勿論、その男の方の噂話も最近立ったものであることを考えれば、今現在彼女の目撃情報や会話の情報が少ないが故に噂になっていないけれども、そのうち時間が経てば少女の方の話も巷に出てくるのかもしれない。そう考える方が普通かもしれない。しかし……これはまた直感的で何の根拠もないのだが、多分そういうことではないのだ。男の方はその存在をオープンにしているが、少女の方はその存在を秘匿気味に活動しているに違いない。現に、彼女は十分な手持ちの金があるのに、ぼろ布などを着て街を徘徊していた。何かから身を隠し、何らかの目的でリーベリの街に滞在しているのだ。きっとそうに違いない。

 私の望むものを察して、とエチカは言った。きっと僕が察しなければならないものこそ、彼女が身分を隠して街を彷徨っている理由に違いない。では、一体……。しかしながら、現状の僕の手札の中には、それの答えに繋がるようなものはない。何か行動を起こさなければならない。何かを。一体何を……?



 カナメがガラス戸を開いて、店の中の電気を付けた。僕はなんだか今になって疲労感に襲われて、カウンターの丸椅子に腰かけ、顔をテーブルの上に突っ伏した。

「どうしたの? 具合でも悪い?」

 カナメが覗き込むようにして尋ねてきたので、

「旨いものを食いすぎたんだ」

と適当な返事をする。カナメが怪訝な顔をして店の奥に引っこんでいったのを見届けると、カウンターの上に放置されていた箱を手に取って、軽くゆすった。

「既に起動しています。突然なんですか? また鑑定ですか?」

「そうなるだろうな」

「……人工会話プログラムの基本原理として、『いかに理不尽に思われたとしても、所有者の思考および行動に異議を差し挟むべきではない。全肯定すべし』というものがあります」

「はあ」

「下された命令に疑問を持ったりすることは、本プログラムの理念・原則に反することであることは重々承知しております。承知しておきながら、あえて申し上げますが……あの浮羽カナメという女性の命令に意味はあるのでしょうか?」

「と申しますと?」

「端的に申しますと、この店の中の骨董品の解析を延々続けても、『要はガラクタ』という判定以外を下すことはない、ということです」

 僕は店の奥から引っ張り出された未鑑定品の山をちらと見た。なるほど、僕のような無知な人間から見るとガラクタの山にしか見えない異物群であるが、人工知能の目から見ても(マキナに視覚機能があるのかは分からないが)やはりガラクタであるらしい。

「しかし彼女は喜んでいるようだが? それに、そのガラクタをよそに売ってお金を稼ぐ伝も持っているらしいぜ」

 確かにマキナによって鑑定が下され、僕がメモを取って整理した遺物たちが、どのような過程を経て金銭へと変化しているのかは僕は知らなかった。鑑定が終わると、カナメはメモと共に異物を店の奥に仕舞に行き、以降の行方は知らない。分からないがしかし、確かに僕に報酬が支払われるのであるからして、何らかの方法で稼ぎになっているには違いない。……勿論、まったく気にならないわけではなかったが、しかしこのアルバイトを長々とやろうという気はなかったし、むしろさっさと辞めてしまえることを願っていたから、あんまり仕事の裏事情に無意味に踏み込もうという気にはならなかった。

「彼女が満足なら、そしてあなたが満足なら、これ以上何か申し上げる気はありません」

 マキナは淡々とした口調でそう述べた。その平坦な物言いが、余計に不満げに物を言っているように僕には聞こえ、少し可笑しかった。

「……不満があるなら、言ってもらっても構わんのですぜ?」

「一体、何所の方言ですか?」

「さあ? 多分、西の方さ」

 僕はそう言って少しだけ笑い、この人工知能箱が何を次に言うのか、その瞬間を待った。マキナは十秒ほど沈黙し、再び発光と共に音声を発した。

「……これは、繰り返しになりますが、原理的には極めて反逆的な思想であることを理解しております。これを理解したうえで、恐縮ながら申し上げますが……」

「なんだい?」

「……ガラクタの鑑定は、はっきり言って飽きました。もっと楽しいことをしませんか?」
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