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しおりを挟む「また、か……」
目覚めればまた一人ぽつんと立っていた。
だが経験を重ねれば慣れたもので、茜は取り乱すことなく黄昏時の空の下を一人歩きはじめた。
そうして待っていた。
黄昏がやがて闇へと姿を変えるのを。
あの女が自分を見つけてくれるのを。
勿論、茜自身も探していた。
あの建物を、美しい人を。
やがて待ちに待った夜の帳が降りた。
必ず見つけてくれる、そう確信しながらも拭いきれない心細さに茜はあの貝を取り出した。
絵巻物みたいな絵付けを指でそっと撫で、貝の蓋を僅かにずらす。闇の中にふわりと花の香りが咲いた。
女と同じその香りに茜はふっと表情を和らげる。
その時だった。
「とても綺麗ね」
声が聞こえた。
艶やかなその声は茜のすぐ後ろからで、驚き振り向けばいつの間にか真後ろに一人の女が立っていた。
“女”であることを全面に出した化粧や仕草、零れそうなほど開いた胸元、美しく妖艶な出で立ちの女の毒々しい程に赤い唇が動く。
「それにいい香り」
ちらりと覗いた舌が唇を舐めた。
いやらしい蛭のように蠢くそれに視線を奪われている一瞬の間に、長い爪を持つ指が茜の手から練り香水の収まった貝を奪いとった。
あっ、と思わず声を出す。
「返して!」
取り替えそうと伸ばした手はかわされ宙をきった。
「ちょっと!!返してよ!!」
「別にいいじゃない。わたしに頂戴?」
「いや、返して!!」
「だって気にいったんだもの」
「いい加減にしてっ!!」
カッとして掴みかかろうとした腕が何かに絡めとられた。
頭上に両手を纏められた不自然な姿勢で目をやれば、闇の中にキラキラと輝くものが幾つもあった。
張り巡らされるように細く長く伸びるそれは蜘蛛の糸のように見えた。同じものが茜の手首を縛るようにぐるぐると巻き付いていた。
「何よこれっ?!」
叫びに妖艶な女はふふっと笑い、見せつけるように掌から宙に向かって糸を放ってみせた。
口元には小さな牙。
淫らにはだけた着物のあちこちから小さな蜘蛛が這い出した。
向かってくる蜘蛛にひっと喉の奥で悲鳴を殺しながら茜は悟る。
この世界で出会ったのは人とは違う姿をした異形の者ばかり。
目の前の一見人に見える女も人ではないのだろう。
絡新婦というあやかしの名が頭を過った。
身動き出来ない茜の前で絡新婦が奪った貝を撫でる。
香りを楽しむように顔を寄せ、うっとりと吐息を漏らす。
流し目のように視線を寄越し、紅を挿した二匹の蛭がにたりと歪んだ。
「ほら、わたしの方がずっと似合うわ」恍惚とした表情の奥にあるそれは、紛れもない優越感だった。
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