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それを目にした途端、茜の中で怒りが弾けた。瞼の裏が、頭の中が真っ赤に染まる程の激しい怒りのままに茜は暴れた。
拘束された腕をジタバタと動かし、絡新婦じょろうぐもに掴みかかろうと必死に身を捩る。
だけど糸はびくともしない。

哀れな獲物の無駄な抵抗を愉しむように絡新婦じょろうぐもが茜を見ていた。
その視線が茜の神経をさらに逆立てる。

悔しさに歯を食い縛り、そして叫んだ。

「助けてっ!!」

姿の見えぬ相手に声を張り上げ叫ぶ。
何度も、何度もそう叫んだ。

必ず届く筈だ、その確信があった。
だってあのひとはいつだって助けてくれた。

「助けなんてだぁれも……」来てくれないわよ、恐らくはそう続く筈だったであろう言葉が途切れた。

「え……?」

見開かれた瞳。

淫らに紅い唇が呆然とした声を漏らし、絡新婦じょろうぐもが自らの胸を見下ろす。
豊かな谷間のその間から、まるで冗談のように一本の腕が生えていた。

そうして茜は見た。

その腕の持ち主を、待ちわびていたそのひとを。

ほら、やっぱり助けてくれた。
その喜びが胸を満たす。

真っ赤な血を滴らせた腕が引き抜かれた。

月に照らされる美しいひとの表情は何の感慨もなく冷ややかで、ただ美しかった。
巫女装束によく似た出で立ちにその背で揺れる九尾の尻尾。

もはや見慣れたその姿に茜は満面の笑みを浮かべた。

開きかけた自分の口が彼女の名前を呼べないのがもどかしかった。

崩れ落ちた絡新婦じょろうぐもなどお互い気にもかけてはいなかった。
血に濡れた手がついと指を払えば、茜を戒める拘束があっさりと断ち切られる。

「ありがとうっ」

満面の笑顔で微笑めば、女も小さく笑みを浮かべた。

「いいえ、言ったでしょう?あなたはわたしが守ってあげる、って」

礼など不要だとばかりにゆるく首を振って女は告げた。

「さ、戻りましょう?」

血で濡れたのとは反対の手を差し出され、その手を取ろうとした茜はふと止まる。
大事なことを思い出した。

「返してもらうわ」

虚ろな瞳で月を見上げる絡新婦じょろうぐもの亡骸へと屈みこみ、その手から大事な貝を取り返す。
そしてようやく差し出された手に指を重ねた。

手を引かれ、夜の中を二人歩く。

見上げた空には半月が浮かんでいた。
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