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episode 1 教材室
しおりを挟む「美琴、また明日ね」
「うん。また明日」
足早にグラウンドへ向かう友人達を見送ると、美琴は昇降口を後にした。
トタン屋根の簡易な渡り廊下を通り、音楽室や生物室のある特別教室棟への階段を登る。
音楽室からは楽器の音とともに生徒たちの笑い声が漏れてくる。
賑やかな教室を横目に、美琴は一気に階段を駆け上がった。
空き教室と生徒会室しかない最上階の4階は、いつも独特の静けさが漂っている。
全ての音を遮断したかのようで少し不気味でもある。
美琴は空き教室と生徒会室を通り過ぎ、突き当たりの教室のドアの前で立ち止まった。
ーー教材室ーー
カラッ。
取手に手をかけるとドアは簡単にスライドした。
古い資料や教材が乱雑に詰め込まれ、物置状態のここはいつも埃臭い。まして、夏休み間近のむわっと纏わり付くような暑さは、まるで人の入室を拒んでいるようだ。
こんな所、好き好んで来る人はまず居ないだろう。
「……居た」
山積みの資料の棚を抜けると、小さな空間が広がる。
机が1つと椅子が2つ。やっとそれが置けるくらいのスペースだ。
窓を全開に開け、シミの付いたカーテンが風にそよぐ中、先輩は机に突っ伏して眠っていた。
美琴は床にバックをそっと置くと、空いていた向かいの椅子に静かに腰を下ろした。
陽の当たらない位置にあるこの窓からは、昼間でも涼しい風が入る。
この教材室のメリットはそれくらいだ。
「……起こすの可哀そうだな」
眠っていると長いまつげがより長く見える。
人差し指で目にかかっている前髪をそっと撫でてみても起きる気配はない。
色素の薄い髪色は日本人しかいないこの小さな学校ではとても目立つ。
確かクウォーターだったかなと、前に聞いた話を思い出しながら
美琴は目の前で未だ夢の中にいる彼を見つめた。
「…みなと先輩」
自分にも聞こえるかどうかの声で先輩の名を呼んでみた。
もったいないなという気持ちを抱きつつも、許可なく他人のプライベートを覗いているような
罪悪感に襲われ先輩の肩をトントンと叩いた。
「湊先輩?起きてください」
「……ん」
「湊先輩、おはようございます」
「ん……ああ、美琴」
穏やかで柔らかい声が美琴の名前を呼んだ。
だるそうに上半身を持ち上げると、肘の辺りから文庫本が床に落ちた。
美琴はその文庫本を拾うと、動揺を隠しながらそれを机の端に置いた。
先日プレゼントした、しおりが挟んであった。
「……先輩、いつから居るんですか?」
「ん? 昼休みから」
「昼休みからですか⁉」
「…3年は午前授業だから」
「……そういえばそうでした。よく眠れましたか?」
まだ寝ぼけ眼な先輩は小さい欠伸を1つすると、ポケットからスマホを取り出し、時間を確認している。
「ん~体バキバキで痛い。もう、こんな時間か」
「先輩、今日塾ですか?」
「ううん。今日は家庭教師。塾はとりあえず夏休みまで無しかな」
先輩はグッと背伸びをすると、机の横に掛けてあった鞄を開けた。
「……あげる」
「ありがとうございます……?」
机に置かれたそれはお菓子だった。
細長い筒状のクッキーの中にチョコがたっぷりと入ったお手軽なチョコ菓子だ。
「……おでん味」
お菓子としては似つかない言葉。
美琴が眉間に皺を寄せて読み上げると、言い方が先輩のツボに入ったらしく、珍しく声を出して笑った。
「ははは。やっぱり、可笑しいよね」
「……可笑しいです。そもそもチョコでおでん?」
「食べてみたいでしょ?」
「え?」
眉間に皺を寄せる美琴に先輩はにっこりと微笑む。
美琴はこの笑顔が苦手だ。
こんな爽やかに微笑まれたら誰も意を唱えることは出来ない。
美琴は渋々、箱を開けると甘いようなしょっぱいような香りのするそれを1本引き抜いた。
いつの間にか椅子に座り直していた先輩は、頬杖をつきながら、悪戯な目でこちらを見ている。
「……おでん」
美琴はその異様な味の名を再度呟くと、それを口に運んだ。パキッといつもと同じ爽快な音が響く。
「……どう?」
なかなか感想を口にしない美琴の様子を見て、先輩の表情に不安の色がよぎる。美琴は2口目を食べながら、無言で新しい1本を先輩へと差し出した。
「え? 美味しいの?」
怪訝そうな顔をする先輩に思わず笑いそうになりつつ、それをグッとこらえ、1本目を完食して見せると、先輩も観念したように差し出されたそれを受け取った。
パキッ。
「…………まず」
「ふっ…あははは」
堪え切れなくなった笑いが一気に吹き出した。
「えー、美琴、よく食べれたね」
「甘しょっぱい感じですよね。結構ハマる味です」
「おでんの味?」
「いえ、おでんでは無いです」
「ふはっ、なにそれ。全部食べていいよ。これもあげる」
今日の先輩はツボが浅いようだ。
笑いながら、食べかけのそれを美琴に手渡した。
「………」
今日1番の動揺が美琴を襲う。
食べかけって……。
「口直し…ミルクティーとコーヒーどっちが良い?」
「……コーヒーが良いです」
パキッ。
よく考えたら半分で折れているわけだから、間接的なアレは全く無い。美琴は安堵と焦心に苛まれながら、残りを全て口に頬張った。
「ブラックコーヒー飲めるなんて、美琴さんは大人だね」
「そうですかね?普通ですよ」
正直、あまり得意では無い。
しかし、自分よりも苦い物が苦手な人物が目の前にいる事を美琴は重々理解している。
つまり、選択肢はひとつだ。
「…ぬるいです」
「昼に貰った時は冷たかったんだけどな」
「誰に貰ったんですか?」
「飯野先生」
「あー…」
養護教諭の飯野先生はコーヒーはブラック派の人だ。
つまりは一緒に飲みませんかというものだったのでは無いだろうかと思いつつ、美琴はコーヒーをまた一口飲んだ。
先輩もぬるいミルクティーを一口飲むと、美味しいと言って少し笑った。今日は本当にツボが浅いようだ。
「あ、俺そろそろ行かないと。美琴はまだいる?」
「これ飲んでから帰ります」
「そっか、じゃあ、鍵だけよろしくね」
「はあーい」
肩の辺りで手を振る先輩に、美琴も手を振り返した。
最初の頃の遠慮はもう嘘のように、今はもう当たり前に無意識に手を振り返す事が出来る。
先輩が出て行く時に開いたドアから、吹奏楽部の音が流れ込んできた。窓の外からは途端に、野球部やサッカー部の声も聞こえてくる。
先輩が出て行きドアが閉まってからも、その雑音がやけに耳に響いている。
さっきまでは全然気にならなかったのにーー。
パキッ。
「さすが、最後までチョコたっぷりだな」
美琴はポツリと呟くと、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
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