3ヶ月のお茶会

湊.etc

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episode 2 私の理由

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朝日 湊あさひ みなと先輩。
学校創立以来の秀才で学年では常にトップ。
親が大きな企業の社長で超お金持ち…らしい。
誰にでも優しくて気立ても良く、物腰も柔らかな性格から先生や生徒、みんなから好かれている。
フランス人形と同じ髪を持つ彼はもはやアイドル。
そして現生徒会副会長。

もっと言うと養護教諭の飯野先生のお気に入り。


以上が私の知る、先輩の全てだった。


入学式ではインフルエンザを引きずった生徒会長に変わって代表挨拶もしていた。

漫画でもなかなか無い高スペックの持ち主は、家がパン屋のごく普通の女子生徒なんて相手にしないだろうと思っていた。今でも少し、そう思ってる。


けどこの1ヶ月。
私と先輩はほぼ毎日あの場所で顔を合わせている。




1ヶ月前。
私は長年やってきたバスケットボール部を辞めた。








ーーーーーー



入部してすぐの1年生のスタメン入り。
この一言で大体の人は察しが付く。

女子の世界なんてきっと誰にでも結末の想像がつくような単純なものだ。
理由は簡単。
先輩や同級生から省かれたことだった。

たいていの場合、時が来れば解決すると思われている。
少し耐えれば、飽きて終わるものだろうと。


入学してすぐの3年生の引退がかかった大会。
入部したての1年生は自分以外は未経験者で2年生も入学を機に始めた人たちばかりで
3年生と外部から来てるコーチの目に自分は少し良く見えたのかもしれない。

自分も久しぶりの体育館とボールの感触に気持ちが高ぶってしまったのかもしれない。

それでも練習中は和気あいあいと過ごせていたのにーー。

1年生の中でひとりベンチ入りした。
試合開始の直前に告げられたのは、いままで2年生がいたポジションだった。
正直、自分が入ったところで勝てるかと言われれば無理なのはわかっていた。
世間一般的に言えば弱小チームの部類。
自分も楽しく過ごせればそれでよかったのに。

楽しかった。最後にいい試合ができたと笑顔で3年生は引退していった。

翌日。
部室のロッカーに置いてあった荷物が、ごみ置き場に捨てられていた。

やっぱりそうなるのかと覚悟した瞬間だった。









最初は楽譜が無くなった。

フルートパートの2年生が来なくなり、全体練習ではミスした訳でも無いのに、先輩達からよく注意されるようになった。同級生達が素っ気なくなり、そのうちに悪口を堂々と言われるようになった。


後から来た1年生にパートリーダーの座を取られたのだから、2年生は面白いはずがなかった。


それが約半年続き、学年が上がり、新入生が部にも慣れて来た6月のある日。
美琴のフルートが無くなった。


吹奏楽の部員の中でその所在を教えてくれる者はもちろんおらず、顧問の先生にもしっかり管理をするよう注意を受けた。


校庭からゴミ置場まで、学校中を探し回り、完全下校時間を少し過ぎた頃、最後の捜索場所のドアを開けた。


特別教室棟、教材室ーー。


篭った空気と埃臭さ。
そこに加えて、先程から降り出した強い雨。
薄暗くなってしまった室内が、焦る美琴の瞳に涙を溜めていた。





「……あ、あった!」




窓際に置かれた机の上に、探し求めていたフルートのケースが置かれていた。
慌てて駆け寄ると少し濡れている。
数センチ空いていた窓から雨が入って来ていた。
美琴は慌てて窓を閉め、カーディガンの袖口で雨水を拭きながらケースを開けた。


「……あれ……無い」


辺りを見渡すと教室の角にそれは落ちていた。
急いで拾いあげると、美琴は思わずその姿に固まってしまった。







「誰か居るの?」


いきなり点いた電気と共に聞こえたその声に、美琴はビクッと肩を揺らして振り向いた。

 
「……あ」



驚いて振り返ると、もっと驚いた顔をした湊先輩がそこに居た。
誰も居ないはずの教室で、電気を点けたら泣いている女子生徒が現れたのだから無理もない。



「どうしたの?大丈夫?」



先輩はポケットからハンカチを取り出して美琴に手渡した。一瞬触れた先輩の手の温かさに、美琴の瞳からは更に涙が溢れる。



「ふっ…ううう…」




「朝日くん?どうかしたかい?」



「あ…えっと、とりあえず座って?」


警備員のおじさんが先輩を呼んでいる声が聞こえた。
先輩はゆっくりと美琴を椅子へ座らせると、ちょっと待っててと微笑んで教室を出て行った。


半年分の涙はまだ止まりそうに無い。
嗚咽も混じり始めたそれは、もう美琴自身の意思では止める事が出来なかった。




事情を説明して来たのだろうか。
先輩はすぐに戻って来ると、教室のドアを閉め、箱テッシュを机の上にそっと置いた。



「あのっ…ひっく…せんぱ…すみまぜ…っ」



「うん。大丈夫。ゆっくりで。待ってるから」



先輩は美琴の頭を優しくポンと撫でると、向かいの空いた椅子へと腰掛けた。

それから本当に、堰を切ったように半年分泣いた。
先輩はそれを黙って待って居てくれた。

散々泣いて、鼻も噛みまくって、ようやく落ち着いて来た頃、コトッと机の上に缶のミルクティーが差し出された。


「…どうぞ」


「ズズッ……ありがとうございます」


鼻を啜りながら一口飲むと、甘いミルクティーが体の芯まで染み渡る。今までで1番美味しかった。


「…それ、見てもいい?」



先輩が指差す先にあったのは、ずっと握りしめていたフルートの頭部管だ。

コクリと頷き手渡すと、すぐに先輩の眉間に皺が寄る。


主管との結合部分が歪んでしまったそれは、素人目で見ても壊れてしまったと認識出来る。


「叔母から…貰った物なんです…」


「…え」


「…ズズッ…フルート奏者をしていて…もう引退してるんですけど…ずっと…使っていた物で…中学の入学祝いにって……ズズッ…大切にしてねって言われたのに…」


途切れ途切れにしか出てこない言葉を、先輩は頷きながらひとつひとつ拾ってくれる。



「……なおす?」


問いかけられた言葉に美琴は首を横に振った。
修理費は凄く高い訳でも無い。
直せばまた吹く事が出来るが、美琴にそれはもう無理だった。


「…そっか。素敵な音だったのに…」


「…じゃあ、それあげます」


「え?でも、俺」


「もう、良いんです!もう吹かないし…ちょうど良かったんです!遅くまで付き合わせて、すみませんでした!」


「え⁉︎ あ、ちょっ…赤井さん⁉︎」


自分でも何故そこで捲し立てたのか分からない。
泣いて落ち着いて、急に恥ずかしくなってしまった。
気付いた時には教室を飛び出していたのだ。


先輩が自分の名前を呼んでくれていた事に気付いたのは、雨で濡れて帰って、お風呂に入っていた時だった。







3日後。
退部届を顧問の机に置き、逃げる様に昇降口に向かう私を、先輩が呼び止めた。


少し強引に手を引かれ、連れてこられたのは教材室。
目の前には3日前に別れを告げたケースが置かれている。


「開けてみて?」


ニッコリと笑う先輩に促され、渋々ケースを開けると、そこには新品同様のフルートが入っていた。


「……え」


「赤井さん、俺にくれたでしょ?だから、直した」


「………」


「でも、やっぱり俺には吹けなくてさ、だから返すね」


「……え、でも」


振り返ると、優しく微笑む先輩が居た。
笑顔の先輩に意を唱えるのは……困難だ。


「じゃあ……修理代、お支払いします」


「え?要らないよ!俺が勝手に直しただけだし」


「だってこんな短期間で…こんな綺麗にって……」


一体いくら掛かったのだろう。
お金の使い方はやはり金持ちの息子だ。と、美琴は頭の中で先輩を無理やり非難した。




「……赤井さん、甘いの好き?」



「え?あ、はい一応」


「じゃあ修理代の代わりに、一緒にお菓子食べてくれない?」


「え?」


「俺いろいろあってさ、あんまり堂々と食べれないんだよね。でもここで赤井さんと食べるなら、堂々と食べれるでしょ?」



「私必要ですか?」



「見つかった時は、赤井さんのって事にしてね?」


脈絡が無さ過ぎた。
素っ頓狂な声で返事を返すと、美琴はそのまま先輩のペースへと巻き込まれてしまった。

先輩は、フルートのケースの、隣に置いてあったバタークッキーの箱を美琴に手渡しながら、ニッコリと微笑んだ。



ーーーーーー








あれから1ヶ月。
美琴は未だフルートの修理代を返済中だ。

待ち合わせはしていない。
先に来た方が鍵を開ける。鍵は廊下の隅の消化器の下だ。
先輩が来ない時ももちろんあった。
生徒会や塾など、私立の進学校を目指す受験生は何かと忙しいらしい。そんな時は、ひとり本を読んで過ごす。

吹奏楽部と出くわすかもしれないと言う恐怖より、先輩に会える嬉しさの方が断然勝る。
特別棟へ向く足取りも軽い。


今日も鞄に忍ばせた新商品のお菓子を持って特別棟の階段を駆け上がる。


フルートはまだ吹く事は出来ていない。


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