ラジオの向こう

諏訪野 滋

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第七章 セパレーション

読まずにはいられなかった

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 私は視線を感じて、開けっぱなしになっていた扉を見た。そこには、いつの間にか戻っていた白倉さんと、そして司くんがいた。

「……見たんですか」

 押し殺した声を放った司くんに、私は写真と手紙をつかんだままで呆然とうなずいた。彼は速足で近づくと私の手からそれらをひったくって、自分のリュックの中に乱暴に押し込んだ。

「あ、あの、かばんからはみ出して落ちてて、それで」

 司くんは私の方を見ようともしなかった。

「先輩。やっていいことと悪いことがあるって、気付きません?」

 とっくに気付いてた。君のことがこんなに気になるのもきっと悪いことなんだって、ずっと前から思ってた。しかし、私の中で渦巻くそれらの感情は、何一つとして意味のある言葉にはならない。

「私。ご、ごめ……」

 司くんはリュックを担ぐと、吐き捨てるように言った。

「会長、俺の副会長は今日で返上させてもらいます。ちょうど夏休みになるし、二学期からは誰か新しい奴を任命すればいい。副会長なんて、どうせ大した仕事はないんだし」

 白倉さんには、あの写真と手紙の内容はもちろん見えなかっただろう。だが彼女は、それらが司くんにとって誰にも知られたくなかったものだということを、事の成り行きから察したに違いない。そうでありながら白倉さんは、彼の怒りに対し毅然きぜんとして言った。

「待ちなさいよ、金澤くん。八尋さんの言いぶんは聞いてくれないの?」

「聞きたくもないし、話したくもありません。こんなことなら、生徒会なんかに入るんじゃなかった」

 司くんの言葉を聞いた白倉さんの表情に、怒りの波が広がった。

「私のせいだっていうの? 自己責任って言葉、知ってる?」

 唇を引き結んで黙っている司くんに、彼女は追い打ちをかけた。

「生徒会に誘ったのは確かに私だけれど、あんたが自分で決めたことなんでしょ。途中で投げ出して、あんたはそれでいいの?」

 司くんのことを、あんた、と呼んだことだけでも、白倉さんの激情が本物だと知れた。司くんは肩で大きく息をしていたが、やがてきびすを返すと、荒々しい足音とともに生徒会室を出て行った。
 追いかけなくちゃ。追いかけて、謝らなくちゃ。心の中でどれだけそう思っても、私の足は鉛のように動かなかった。彼の後姿を見送ることしかできない私を、白倉さんが悲しそうな目で見た。

「馬鹿ね。どうして勝手に読んだりしたのよ」

「私、司くんのこと、どんなことでもいいから知りたくて。司くんに大切な女の子がいたんだって思ったら、我慢できなくて。わ、私……」

「大切な女の子。あれって、金澤くんが女の子に書いた手紙だったのね?」

 黙ってうなずく私を、白倉さんは正面から抱きしめた。その瞬間、私の最後の壁はもろくも崩れた。私は彼女の袖を強くつかむと、声にならない嗚咽を吐き出し続けた。

「環季。金澤くんのことが、好きなんだね」

 そう小さくつぶやいた白倉さんの胸に顔をうずめて、私はただただ泣いていた。彼女にはっきりと言葉にされて、ようやく分かった。私は今まで、物事にはすべて原因と結果があるのだと思っていた。しかし実際には、彼を好きになるのに何の理由も必要なかった。そこにはただ、残酷な結果だけが残されていた。

「私、嫉妬してばかりだ。司くんと一緒なら遊びでもいいのに、私は彼の友達の一人にすらなれない。ましてや、彼の大切な人になんてなれるはずもない」

「それはね、環季。金澤くんが、あなたのことを大切にしているからだと思うよ。自分のわがままで、あなたのことを傷つけたくないと思っているんじゃないかな」

「そんなの嫌なんです。司くんはずっと独りで悩んでいるって、私にはわかるんです。私、何もできないけれど、それでも打ち明けてほしいんです」

 白倉さんは私の肩を抱いたまま、わずかに体を離した。

「環季。手紙ってどんな内容だった? 教えてくれない、もしよかったら」

 手紙の内容を白倉さんが知ることで、彼女まで巻き込んでしまうかもしれない。そんな私の不安を察したのだろう、白倉さんはそっと私の髪をなでて、小さくうなずいて見せた。彼女が友達で本当によかった、私一人ではきっと押しつぶされていたに違いないから。

「司くん、その人とは二年前に別れたって、手紙に書いてあって。それからはずっと連絡が取れていないみたいで。写真が一緒に添えてあって、すごくかわいい人だった」

「名前、書いてあった?」

「凛、って」

 白倉さんの顔色がわずかに変わったように見えた。彼女は深く息を吐くと、私から視線をそらした。

「そう」

 ぽつりとつぶやいた白倉さんの制服を私はつかんだ。名前を聞いた時の彼女の反応、白倉さんはその女の子に心当たりがあるに違いない。

「会長、知っているんですか、その人? 二年前って言ったら、司くんが中三の時ですよね。ひょっとして、中学の時の彼女さんですか?」

 司くんの昔の交際相手のことを聞くなんて、我ながら恥知らずだ。しかし今となっては、知らないままでいることには何の意味もない。すでに私は彼の信頼を失っているのだから。

「凛ちゃんか。直接会ったことはないけれど、名前は知ってる」

 白倉さんは少しの間ためらった後、私に視線を戻した。

「金澤凛ちゃん。彼の妹さんよ」

 一瞬私は、白倉さんが何を言ったのか理解できなかった。そしてようやく、彼女の言葉の意味と、自分の途方もない勘違いに気付いた。私は両手で顔を覆うと、再び泣いた。
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