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63.マグナスとマリオンの話

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63.マグナスとマリオンの話
 外は相変わらず、大きな物音はしないのにざわざわとした気配で溢れていた。
 二人が再び黙って外を見ていた時、どこからの誰の合図もなかったが、不意に荒野の者たちが黒い怪物に次々と飛びかかり始めた。
 蟻が群がるように、彼らは大きな怪物の表面をよじ登り、とどまって、鋭い爪を立てた。あるいは自分たちの作り上げた塔から怪物に飛び移り、大口をあけて噛みついては牙を突き刺した。しかし痛みを感じていないように見えるエレクフレドは大きな手で彼らをどんどん払いのけていった。あるいは鷲掴みにして遠くへ投げた。怪物は地面に落ちている岩を見つけては地面に投げつけもした。荒野の者たちの怪物に対する試みは全く成功していないようだった。
 マグナスは小さく笑って「マリオン」といった。「今度はおれが行ってくるよ。読みが正しければエレクフレドは終わりになるかもしれない」
 マリオンは怪訝な顔をした。「倒しにいくの?」
「本当は自分の弱さを切らなくてはならないのに、目の前の相手を切って解決したつもりでいるのはいつも変だと思ってるよ。自分を見つめなければまた得体のしれないものが別のところから出てくる。そう思わないかい? でも今回は剣を使うことにするよ」
 マグナスは彼女を再び屋敷の塔に上がらせ、自分は庭に面した扉から表に出た。
 木の塔とエレクフレドを見上げれば、怪物は荒野の者たちを払い落す一方で、口を開けて燃えさかる炎のなかへ放り込んでもいた。
 荒野の者たちの唸り声や叫び声、落ちてくる音が周りに満ちていて耳を覆いたくなるほどだったが、怪物の後ろには静かで平穏な夜が確かに存在していた。
 マグナスはもっと早く気付くべきだったなと思いながら剣を鞘から抜いた。金属の擦れる音が思いがけず辺りに大きく響き、空をどこまでも渡っていき、やがて余韻を残して消えていくと荒野の者たちが動きをとめた。
 怪物に向かっていた彼らの激しい気持ちが突如消えた。その頭に、顔にあるいは背筋にひんやりとした何かが触ったかのようだった。深い静寂が辺りを一瞬支配して、その次にはエレクフレドや木の塔に上っていた者たちが一斉に駆け下り始めた。地上にいた者たちも一人の例外もなく怪物に背を向け、屋敷の敷地から大きな喧噪と共にあっという間に逃げ出していった。
 彼らの巻き起こす風はマグナスの髪を揺らしたが、マグナスに気が付くこともなく、ただ彼らが持つ、もっと大きなものへの恐怖だけを感じて去っていくのだった。その音が徐々に小さくなっていき、その場にマグナスと怪物だけが残った。
 マグナスがエレクフレドの足元へ歩いていくと、それに気が付いた怪物は体を傾け、手を伸ばし、マグナスを捕えようとした。マグナスは大きな手をあっという間にすり抜けて怪物の後ろに回り込み、動き出した大きな足を剣で深く突き刺して、大きな傷を作った。黒い液体が飛び出してきたのでそれを避けながら、今度はもう片方の足も剣で深く切りつけた。
 黒い液体が出てくるところを森に住む大きな鹿のように飛び越えて、再び迫ってきた怪物の手をするりとかわして剣を収めると、彼は木の塔に飛びついて上り始めた。ついさっきまでそこにいた荒野の者たちのように。
 高いところは、とマグナスは思った。かつての得意中の得意。
 そばのエレクフレドはマグナスを追いかけることをやめ、傷を手で押さえ、噴出する液体を止めようとしていた。しかし溢れるように液体が出てくる傷口をどうすることもできないのが分かると、今度は塔を猿のようにかけ上っていくマグナスのほうへと顔を寄せていった。
 マグナスはエレクフレドの巨大な顔の高さまで塔を駆けのぼっていった。大きな顔がすぐそばにあり、彼はその赤い目をしっかりと見た。
 そこにはやっぱり、動いている小さな何かが見えた。
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