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66.ジョンの話

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66.ジョンの話
 不死の花をもらって、ぼくとサフソルムは赤い鳥が待っている海岸に向けて歩いていた。一本の幅の広い道がまっすぐに伸びていて、両隣には高い木がずらりと並んでいた。夕方過ぎには海岸に着いて、そこには羽根の入った袋が運ばれていて、古き良き時代より生き長らえてきた者たちは遠路をはるばるやってきているはずだ、とサフソルムはいった。
 道のずっと遠くを見ると木が途切れていた。そのあたりから海岸が広がっているような気がした。
 どこか殺風景な道の行く先に誰かが立っていた。近づいていくと、体の大きな男ときれいな顔をした……
「やぁ。元気? いま、おれのこと女かもって思った?」
 ぼくは渋々答えた。「そんなことない。ここで誰かに会うのが珍しいって思っただけさ」
 ははは、ときれいな顔をした方が笑った。
「ねぇ、ちょっと時間ないかな? おれはユーリア、こっちがフォブ」
 時間はない、と下からサフソルムが答えた。
「ああー、ちょっと」と男はいった。「もしかして人間? ここのところ人間にはよく出くわすよ」
 ネコもぼくも連れの男までが、きれいな顔の男を驚いて見た。
「違うんだよ。そんなことはどうでもいいんだ。きみ、名前は?」
 サフソルムは二人の足元を抜けて、さっさと先へ進みだしていた。
「悪いけど、急いでる」ぼくも通り過ぎようとした。でも大きい方の男に腕をつかまれた。
「ちょっとしたことなんだ」と大きな男はいった。「おれたち久しぶりの再会を祝ってこれから酒を飲むつもりなんだ。あんたも、あんたもどうかと思って」
「申し訳ないけど、本当に急いでるんだ」ぼくは腕を男の手から外すとサフソルムの後を追った。
 やがて両隣の林が消えて、海沿いの岸壁に出た。
 サフソルムが「赤い鳥はまだ来ていないようだ」といった。
 ぼくたちは適当な石に座った。弱い風が吹いていて、顔を撫でていった。
 本を取り出して目を通すことにした。「以上の材料を、全てを受け入れる余裕のあるものに渡し、風を起こし、羽根を取り戻したい者の名前を唱えること」
 隣でネコがうなずいた。「うむ。そういうことだ。オレさまも何度か読んでいる」
「きみがマグナスの名前をいうかい?」
「うむ。そうだな。歌うたいでは心配であるから、オレさまがしっかりとマグナスの名前をゆうとしよう」
 肩から少し力が抜けていった。海は心を和ませたし、吹いてくる風は心地よかった。ぼくたちは黙って赤い鳥を待った。
 後ろから咳払いが聞こえた。振り向くと、さっきの二人だった。きれいな顔の方が酒の瓶を持っていた。「一杯だけ。ね、いいだろ? これはおれたちの村で作った人気の酒さ」
 ぼくは海の方へ向き直った。
「要はさ、ここでおれたちが出会ったことに乾杯したいんだよ」後ろからの声は続いた。
 サフソルムが後ろを向いた。「あっちへゆけ」
「いやだ。乾杯してくれるまでここを動かない。な、フォブ?」
「全くだ。人間の世界じゃ、誰かが酒をおごるといったときにはこんなに冷たいのか?」
 サフソルムは隣で伏せの状態で座った。「オレさまたちは大変重要なことをこれから行うのだ」
「お、おれたちだって酒を飲むことがどれだけ大事かッ……!」
 悲壮感漂う声が勢いよく響いて、むなしく消えていった。
 サフソルムが落ち着いた声でいった。「オレさまは酒を飲まぬ。歌うたいは少しは飲める。しかし酒を飲んだことで失敗があってはならぬのだ」
 男たちがバタバタと足音をさせて、ぼくの目の前に回り込んできた。
「一口だけならどうだい? まさか一口でまずいことになるなんてことないだろう?」
 二人は目の前であぐらをかいて座った。顔のきれいな方がカップを三つだして酒を注いだ。それぞれが手に持ち、一つをぼくに差し出した。「さあ、どうぞ」
 とりあえずぼくは受け取った。サフソルムがやめておけ、といった。
「ほんとに一口だけにするよ。なんでそんなにぼくに飲ませたがるのか全然わかんないけど」
 ぼくはカップを口のところまで持っていった。
 二人はものすごい笑顔になった。「乾杯!」「乾杯!」
 ついで二人は口をつけ、一気に酒を飲んだ。「うまい!」「ああ、全く!」
 ぼくは匂いを嗅いで、爽やかな木の香りみたいだと思った。これまでに飲んだことのない種類だなとは思った。ほんの少しを口に含むと強烈な味と香りが一気に広がった。むせる間もなく、喉の奥に入っていって数秒後、ぼくは意識を失った。
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