永遠の夜

土八坂

文字の大きさ
2 / 59
プロローグ

しおりを挟む
 ぐったりとしているその人を放って置くことも出来ず、手当ての為に自宅に連れてきた。
 リビングのソファに力なく座る彼の、はだけたシャツに手を掛ける。

「わっ……」

 あまりの重症に思わず声が漏れた。脇腹やみぞおちの赤黒い痣は、血の気を感じさせない青白い肌の上で、より一層ひどい怪我だと思わせた。
 うっ血している肋骨のあたりになぞるように優しく触れる。酷く冷たく、まるで真冬の冷え切った外気に晒された後のようだった。

「……折れては、なさそう」

 そう声に出しながらも、どうしてもその違和感に戸惑いを隠せなかった。

「気にしなくても、放って置けば治る」

 男は気だるげに俺のことを見下ろし、そう低い声で力なくつぶやく。

「あんなに酷く殴られてたんですよ、もしもの事があってからじゃ遅い!」

 外傷だけならいい。最悪、内臓への影響がないとも限らない。
 体の怪我の具合は素人目にもかなり酷かったが、幸いにも骨折などはしていなさそうだった。
 腫れが引くように湿布を貼って包帯でしっかり止める。
 男は、諦めたように、ただされるがままだった。じっと、なにか思考を巡らせているようにも見えた。


 
 一通り胴体への手当てを終えて、腕や肩、首を確かめて、そして顔を見る。
 容赦なく殴られた頬は、腹部同様赤くなり、目の上が切れて流れた血の跡がついていた。傷跡に痛々しさを感じつつ、それでもなお綺麗なその顔立ちについ目が奪われた。

「どうした……?」

 顔をみたままフリーズする俺を、彼は不思議そうに見つめる。

「い、いえ……血出ちゃってますね、ちょっとまっててください」

 気を取り直し、洗面所へ向かいタオルを取ると、蛇口からお湯を出し濡らした。
 お湯の温かさを感じながら、より疑問が強くなった。
 先ほど触れた彼の、あの体温の低さは異常だ。それに、なぜ男たちに追われていたのだろう……。
 しかし、一人で逡巡しても答えがわかるわけでもなく、今はとりあえず目の前のことに集中することにした。
 お湯を止めてタオルを絞る。
 リビングに戻ると男は力なくソファに体を預けていた。
 俺の足音に気づくと座り直し、ぼんやりと視線をこちらに向けた。

「おまたせ。染みたらごめんなさい」

 隣に腰掛け、彼の顔の乾いた血を優しく拭き取っていった。
 温いタオルと比べると、よりその肌の冷たさが際立った。

「そういえば……」

 本当に人間なのだろうかと意味のわからないことが頭に浮かび、その思考をかき消すように話しかけた。

「俺は玲央。渡辺玲央わたなべ れおっていいます……よかったら名前、教えてくれませんか?」

 今更ながらそう自己紹介して、彼の反応を伺う。
 彼の闇に沈むような青い瞳が俺を映す。

「エヴァンだ」

 特に表情を変えずに、彼、エヴァンはそう名前を口にした。
 正直教えてもらえるとは思っていなかったから内心ほっとした。

「エヴァンさんか……よろしく、おねがいします。傷口消毒しますね」

 どこか違和感を感じる部分があるとはいえ、日本語も通じるようで、コミニュケーションが取れるならどうにかなるだろうと、謎の自信を感じながら手当てを続けた。
 上まぶたの傷口をアルコールで消毒し、絆創膏を貼る。殴られた頬もまた痛々しい色で痣になっていた。ポリ袋に氷を詰めてタオルで包んで渡すと、彼は素直に頬を冷やした。
 最低限の応急処置を済ませ、俺はエヴァンを寝室へ案内した。

「ソファで構わない」

 そういうエヴァンの腕を引いて、俺のベッドを貸すことにした。

「こんな大怪我してるのに、あんなとこで寝させられないですよ!」
「これくらい、大したことはない」
「大したことあります! 俺がソファで寝るんで、なにかあったら声かけてください。明日は念の為、病院行きましょうね?」

 引かない俺にエヴァンは渋々従った。
 彼が横になったのを確認したあと、救急セットを片付け、深夜2時を過ぎた頃やっと落ち着けた。
 あまりも現実離れした出来事に、かなり戸惑っていた。
 謎の男達に追われるエヴァン。
 彼の異様に白い肌や冷たい体。
 彼の纏う独特の雰囲気は怖くもあり、一方ですごく魅力的だった……。
 見ず知らずの男を家に上げている不安もあったが、どこかわくわくしている自分もいた。
 ソファに横になり体を預けると、すぐにまぶたが重くなり、そのまま眠りについた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

幸運の人 ヴァレルディン・ハロットは如何にして狂ったのか

BL
北に暫く送ります。拘留された部屋に夜中にやってきた王女殿下は、目を片手で覆い隠しながらそう言った。ともに来ていた友人は後ろ手に手を組み、はあとため息を吐いた。ヴァレルディンは己の運の悪さを振り返った。 短編「幸運の人」ヴァレルディン視点です。 ヴァレルディン×カラカテです。どちらもだんだん様子がおかしくなっていきます。ハッピーエンドです。 ムーンライトノベルズからの転載です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

23時のプール 2

貴船きよの
BL
あらすじ 『23時のプール』の続編。 高級マンションの最上階にあるプールでの、恋人同士になった市守和哉と蓮見涼介の甘い時間。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

処理中です...