ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~

夜薙 実寿

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第78話 君の幸せを願う

 深夜の民宿の廊下。周囲に気を配りながら、控えめに戸をノックする。間を置いて、木製の引き戸がおもむろに内側から開かれた。

「……日向」

 来訪者がオレと知ると、東雲さんはバツが悪そうに視線を逸らした。無理も無い。

「東雲さん……あの、すみません、先程は」


   ◆◇◆


 遡って、数分前。
 オレは絶体絶命の窮地に陥っていた。
  
「何で、男湯ここに……っ!?」
 
 東雲さんと、まさかのお風呂でばったりハプニング!
 あまりのことに、咄嗟に言葉も出てこない。

 ――ヤバい、バレた!?

 さすがに万事休すか!? と、身構えた次の瞬間。

「なっ何も見てねーからっ!!」

 勢いよく回れ右をして、東雲さんは浴室を出ていった。
 ピシャリと叩き付けるように閉ざされた扉。茫然とそれを見つめるオレ。

 ――あれ? バレて……ない?

 これは、どっちなんだろうか。

 
   ◆◇◆

 
 ――という訳で、オレは浴場を出た足で、そのまま東雲さんの泊まっている部屋を訪問したのだった。
 どの道、彼とはちゃんと話す気でいたし、それが明日の予定から今日に繰り上がっただけのことだと思えば、変わりはない……はずだが、確認しなければいけない事項が二つに増えてしまった。
 まずは、男バレしたのか、してないのか。それが曖昧なままではいられない。

「えっと……その」

 でも、なんて訊けばいいんだ!?
 オレの裸、見ました? ――なんて、訊けるか!!

「あー……いや、こっちこそ、悪かった」

 口篭るオレに助け舟を出すように、東雲さんが言った。目線は逸らされたまま、気まずそうに頭を掻きながら。

「何も見てないから、安心しろ」
「そ……」

 それは、額面通りの意味なのか。それとも、実は男バレしてるけど周囲には黙っているから安心しろ、という意味なのか!?
 判断に困っていると、東雲さんは続けた。

「しかし……他に誰も居なかったから良かったものを、うっかりにも程があるだろ。間違えて男湯に入るとか。最初、俺の方がミスったのかと思って、暖簾二度見したぞ」

 あ、これ、本当にバレてないやつだ!
 とんでもないドジッ子と勘違いされてるっぽいのは不服だけど! とりあえず、良かったー!!
 今度こそホッと息を吐くも、すぐに脳内に疑問がもたげた。
 
 良かった、のか? これで……本当に?

「ご、ごめんなさい」
「気を付けろよ。女なんだから」
「……はい」

 ごめん、オレ、女じゃない。
 内心で謝罪を重ねつつ、胸がちくりと痛んだ。
 今更ながらに罪悪感が募る。
 
 ――オレ、東雲さんのこと、騙してるんだ。
 
『好きだ』と、またあの時の言葉が脳裏を過る。
 もし、本当に東雲さんがオレにそういう気持ちを抱いてくれているのだとしたら、それはオレを女の子だと思っているからだ。
 そんな彼の純粋な気持ちを、オレは弄んでいることにならないか?
 このまま、男だと隠していていいのか? 本当のことを伝えた方がいいんじゃ……。

「し、東雲さんっ!」
「あ?」
「その、オレ……本当はっ」

 勢い込んで話し出すも、後が続かなかった。躊躇に言葉を詰まらせているオレに、東雲さんは、

 「知ってる」

 と苦笑した。
 ――え?

「好きな奴が居るんだろ」
 
 一瞬、何と言われたのか分からなかった。

「あ、えっと……」
「昨日の奴だろ。隠さなくても分かる。……あんたのこと見てたから」

 ハッとした。オレのことを、見てた?
 それって……。

「日向は好かれてないって落ち込んでたが、アイツはあからさまに俺に牽制してきたし、あんたら見るからに両想いだろ。……あの後、ちゃんと話せたのか?」
「……うん」
「すれ違いは解けたか」
「……うん。付き合うことに、なった」

「そうか」と零した後、東雲さんは微笑わらった。
 息を呑む。それは、とても……とても優しい微笑みだったから。

「なら、良かった」
「っ……」

 良かったと、言ってくれるのか?
 だって、東雲さんは……。

「そんな顔するな」

 ぽん、と頭に手を乗せられる。御影さんよりも大きくて、無骨な手。
 ゴツゴツとしたそれは、壊れ物に触れるように優しかった。

「でも……だって」
「俺のことは、気にするな。あんたが幸せなら、それでいい」
 
 胸の奥がぎゅうとなる。それ以上返す言葉も失って、オレはただ、「ありがとう」しか言えなかった。

 ありがとう……ごめんなさい。

 性別のことも、伝えるのは止めにした。言ったらオレは罪悪感から開放されるだろうけど、それは単なる自己満足で、東雲さんを無用に傷付けてしまうような気がしたから。
 一夏の綺麗な思い出を、わざわざ穢す必要は無い。――この罪は、このまま背負って生きていく。

 東雲さんは、言いたい事が言えてスッキリしたのか、翌日からオレを変に避けることもなく、普通に接してくれるようになった。
 そうして、その後の夏の日々は、特に大きな事件事故も無く、穏やかに過ぎていき……やがて、夏休みの終わりと共に、オレの人生初バイトの期間も満了を迎えた。
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