ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~

夜薙 実寿

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第85話 小さな波紋

 ある程度の距離を離れたところで、オレは東雲の腕を解放し、立ち止まった。
 いきなり全速力で走ったものだから、膝と肺が悲鳴を上げている。

「大丈夫か? 日向」

 荒い呼吸のオレに反して、東雲は息も切らさずケロリとしていた。……オレだって結構鍛えているはずなのに、この違いは何だろう。しかも、東雲はあの荷重を課されたまま走っていたというのに。
 複雑な心境ながらに頷いてみせると、彼は安堵したように小さく吐息した。
 
「思い出した。あいつら、街でいきなり因縁を付けてきた奴らだ」
「因縁?」
「ああ、『何ガンくれてんだ』って突っかかってきて、それで」

 それで喧嘩になってやり返して、一方的に恨みを買ったのか。東雲の目付きは生来凄んで見えるから、勘違いで絡まれやすいんだろうな。
 彼の苦労を偲んでいると、ふと東雲が表情を翳らせた。

「俺のことに巻き込んで、悪かった」

 そうして、苦しげに唇を噛む。そこには、罪悪感と後悔が滲んでいた。

「東雲……東雲のせいじゃないよ」
「いや、今回みたいに逃げるってテもあったはずなのに、まんまと相手に乗っちまったから」

 萎れた彼に、これ以上どんな言葉を掛けたらいいのやら。オレが困っているのを察してか、東雲は話題を変えた。
 
「ところで、あいつは置いてきて良かったのか?」

 背後を振り返る仕草。御影さんのことだ。

「心配要らないよ。御影さん、ああ見えて強いんだ」

 御影さんには悪いけれど、オレも東雲も文化祭を翌日に控えた身で外部の人間と問題を起こす訳にはいかない。彼なら上手いことあしらってくれるだろう。
「そうか」と短く返してから、東雲は思案げに黙り込んだ。

「東雲?」

 何か気になることでもあるのだろうか。
 名を呼ぶと、彼はちらと窺うような視線を寄越し、

「あいつって……その、大丈夫なのか?」

 そんな問いかけをした。

「大丈夫って? だから今、心配は要らないって」
「いや、そうじゃなくて」
「?」

 何が言いたいんだ?
 至極言いづらそうにしながら、東雲が再び口を開く。

「あいつ……」
「陽様!」

 被せるようにして、話題の当人の声が飛んできた。

「御影さん!」

 見ると、全く乱れた様子の無い御影さんが颯爽と足早に歩いてくるところだった。あいつら不良達の姿は周囲に無い。

「すみません、御影さん。丸投げしてしまって……大丈夫でしたか?」

 こちらからも駆け寄り、確認する。
 見たところ、特に怪我はなさそうだけれど……。
 燕尾服を着た彼の身体をさっと検めていると、御影さんはこちらを安心させるように柔らかく微笑んだ。

「問題ありません。軽くいなして撒いて参りました」

 信じてたけど、改めてホッとした。
 
「良かった……助かりました。ありがとうございます」
「いいえ。念の為、早いところ学園に戻りましょう」
 
「ところで」と、御影さんはつと東雲を見た。――刺すような冷たい視線。
 
「そこのケダモノは何か言うことはないんですか?」
「っ、」
「御影さん!?」
「陽様をこのような危険に巻き込んで……やはり貴方は、陽様のご友人に相応しいとは言えませんね」
「ちょっ……東雲は!」

 身を乗り出しかけたオレを、当の東雲が手で制した。
 
「いいんだ、日向。そいつの言う通りだ」
「でも……っ」
「悪かった。もう二度と、安易に拳を振るわないと誓う」

 そう言って、東雲はオレ達に向かって頭を下げた。まさかの行動に、息を呑む。誠意の籠った態度。東雲は、本気だ。

「東雲……」

 じんと感銘を受けた後、オレは御影さんの反応を横目で窺った。
 御影さんは、ふぅと吐息を零し……。

「分かりました。今回だけは、大目に見ましょう」

 お許しが出た。思わず破顔して、東雲と顔を見合わせる。

「ただし、その約束を違えたら、今度こそ陽様の前から消えて頂くことになりますからね」

 物騒な忠告が付け足されて、笑みが引きつった。東雲は「分かった」と神妙な表情で首肯する。

「もう! 御影さん、勝手に決めないでくださいよ! 大体、御影さんだって以前似たようなことあったじゃないですか!」
「うっ……その節は、大変ご迷惑をお掛け致しました。私の方も、以後同じことのないように尽力致します」

 オレが唇を尖らせて突っ込むと、御影さんは決まり悪げに胸を抑えて謝罪を述べた。東雲が訝しげに眉を寄せる。

「似たようなこと?」
「ああ、まぁ、こっちの話」
「…………」

 もう終わったことだし、東雲が気にすることはない。
 しかし、今ので一つ気が付いたことがある。――東雲と御影さんは、似ているのだ。
 勿論、姿形や性格なんかは全く違うけれど、二人とも喧嘩が強くて裏社会で生きてきた過去があったり、あるいはそんな風にカテゴライズされてきた事情があったりで、共通項があるのだった。
 
 もしかしたら、御影さんが東雲に対してだけ特別冷たいのは、自分と重ねているからなのかもしれない。いわゆる、同族嫌悪というやつだ。
 成程、そういうことかと、勝手に納得して内心で首を縦に振る。
 
 そういえば、東雲の方も御影さんに対して何か思うところがありそうだったな。
『あいつ……』と言いかけた彼の、慎重な声音を思い出した。
 ――あの時東雲は、何が言いたかったんだろう?
 気にはなるが、まさか当人の居る前で訊く訳にもいかない。小さな疑問を残したまま、オレは二人と共に学園への帰路に着いた。
 
 その後の作業は滞りなく進み、晴れて翌日。四季折学園、学園祭――通称〝春夏秋冬ひととせ祭〟が、例年通りに開催された。
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