ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~

夜薙 実寿

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第86話 春夏秋冬(ひととせ)祭

 秋晴れの空。紅く色付き始める桜の遊歩道。城門を模した手作りアーチを潜れば、この日の為にめいっぱいおめかしした校舎が人々を出迎える。
 不揃いのテーマで飾られた教室。賑わう校内。四季折学園文化祭――通称、春夏秋冬ひととせ祭が始まった。

「お、おいしくな~れ、めろめろきゅ~ん!」

 両手で作ったハートをオムライスに向けて、半ばやけっぱちにお定まりの呪文を吐く。
 途端に、盛り上がる客。

「わぁあっ!ありがとうございます、ハル姫!」
「ひゅ~! 照れくさそうなハル姫、かっわいぃい!」
「チェキお願いします、チェキ!」

 ふりふりメイド服のオレは、反応に困って苦笑いした。すると、そこに――。
 
「ハルくん、来たよ~!」
 
 ピンクのプリンセスドレスで着飾った棗先輩が、教室に顔を出した。レースのオペラグローブに包まれた手を優雅に振る。
「ユーリ姫だ」「ユーリ姫だ」と、皆が色めき立った。それでも駆け寄ったりする者が現れないのは、すぐ後ろで巌のような巨体で威嚇する巌隆寺さんの存在があるからだろう。

「棗先輩! いらっしゃいませ!」
「じゃなくて、〝おかえりなさいませ〟でしょ~? 似合ってるじゃん、メイド服」

 揶揄うように言われて、やはりオレは苦笑いになる。

「あはは……棗先輩は、休憩中ですか?」
「ていうか、ボクはクラスの出し物には参加しないから」
「え? でも、先輩のクラス、コスプレ写真館でしたよね? 先輩が集客の要だったんじゃ?」

 本来、我がクラスの第一希望がそれだったが、棗先輩のクラスと被ったが為に、先輩に譲る形で第二希望のメイド喫茶になったという経緯がある。

「あんなの、ボクの等身大パネルが設置してあるからいいんだよ。わざわざこのボクが下僕共の為に骨身を削って働くなんて、おかしいでしょ」
「はぁ……」
「にしても、大盛況だね、ハルくんのクラス。廊下の先まで行列出来てるよ。下僕共に順番譲ってもらったけど、席空いてるの?」
「あ、相席になっちゃいますけど、一席なら。……巌隆寺さんは、どうしますか?」
「巌隆寺は立ってるからいいんだよ」

 主の言葉に、無言で頷く巌隆寺さん。相変わらず、影のように主張の薄い人だ。
 
「それでは、あちらに」

 案内した先、二人がけのテーブルに一人で食事していたミドリさんが、棗先輩の顔を見てあからさまに嫌な顔をした。
 それは棗先輩も同様で、二人同時に「げ」と踏まれたカエルみたいな声を出した。

「何でミドリが居るの」
「僕は日向君に誘われたんだ。文句を言われる筋合いはないね」
「まぁまぁ、二人とも。折角の文化祭なんですから、喧嘩はなしですよ?」
 
「チッ」と舌打ち一つ、棗先輩がミドリさんの向かいに座った。用意しておいた二つ折りメニューを差し出す。

「こちらメニューになります。ご注文お決まりになりましたら、お知らせ下さいませ」
「お、結構本格的じゃん。なになに、〝めろキュン♡オムライス〟、〝ときめき♡クッキー〟、〝らぶりー♡カフェ・ラテ〟……何これウケる」
「あはは……」
「そんなお腹空いてないから、飲み物だけでいいや。この〝しゅわわせ♡コーラ〟で」
「畏まりました。少々お待ちくださいませ」

 一礼して下がると、パーティションの裏へ行き、取り出した紙コップに市販のペットボトルコーラを注いでハート型のストローを差したものをお盆に載せて運んだ。これで三百円というのだから、暴利も過ぎる。

「お待たせ致しました。〝しゅわわせ♡コーラ〟でございます」
「早くない!?」
「これは調理不要なメニューなので……オムライスやカフェ・ラテは家庭科室で調理係がきちんと作ってるんですけどね。……それでは、これから美味しくなる魔法の呪文をかけさせていただきます」
「呪文?」

 こほんと咳払いをして覚悟を決めると、両手でハートを作り、先輩の前に置いたコーラに向けた。

「しゅわしゅわ、しゅわわせ♡幸せにな~れ!」

 セリフの最後でウインクも決める。プルプル震えながらそれを見ていた棗先輩が、堪えきれずに吹き出した。

「ちょっ、ハルくん身体張りすぎ! 誰が考えたの? その呪文!」
「いっそ殺してください……」

 正直、女装には慣れつつあるが、この寒い呪文にだけは絶対に慣れない。羞恥プレイが過ぎる。小木許さない……(小木考案)

「はー、貴重なハルくんが見れて良かった」
「先輩が喜んでくれたなら、良かったです……」
「ハルくんの休憩はいつ? 一緒に校内回ろうよ」
「まだ大分先ですけど……確か、スタンプラリーの関係で姫はバラけて行動しなきゃいけないんじゃなかったでしたっけ」
「え~、それ守る必要ある~?」
「規則なんで」
「本当自分勝手だよね、棗 夕莉は」
「うるさいミドリ」

 ミドリさんのツッコミを機に、また二人の言い争いが始まってしまった。全く、仲が悪いんだか良いんだか。
 ふと店内に響いた黄色い声に、目を向ける。御影さんが離れたテーブルで女性客の相手をしていた。
 目ざとくそれに気付いた棗先輩が、渋面で訊いた。

「何してんの? アイツ」
「御影さんは……あの格好執事服のせいで店員と間違われて、女性人気が高いからと、そのまま採用されちゃって……」
「ああ……」

 という訳で、うちのクラスはメイド喫茶に一人だけ執事が混ざることになってしまったのだった。
 それはまぁ、仕方ないにしても……。

「お待たせ致しました。お嬢様」
「きゃーっ! ちょマジでイケメン!」
「大人っぽ~い!」
「彼女とかって居るんですか~!?」
「チェキお願いしま~す!」

 ちょっと距離近過ぎないか!?

「あれいいの? あんなくっついて写真撮ってるけど」と、棗先輩。

 良くはないけど……。

「チェキもメニューにあるんで……」

 集客の為には、目を瞑るしかない。
 ――とはいえ、やっぱり何かモヤモヤする!
 オレが内心むくれていると、他のお客さんが同じく執事服を着た巌隆寺さんに目を付けた。

「そっちの執事さんは、担任の先生とかですか?」
「巌隆寺はボクの! ここの店員じゃないよ!」

 即座に一喝する棗先輩。
 ――いいな。オレもそんな風に、堂々と言えたら良かったのに。
 オレと御影さんの恋人関係は皆には秘密だから、あまり疑われるような態度は取れない。

「全くもう……そういや、例の赤髪ヤンキーが居なくない? 会ったらボクのハルくんにちょっかい出すなって釘刺してやる予定だったのに」
「ボクのって、棗 夕莉フラれたんじゃなかったっけ?」
「しっ!」
「釘って……東雲はオレの友達なんですってば。ちなみに、彼は調理係なんで家庭科室ですよ」

 その時、空いた四人席の片付けを済ませた店員が、新たな三名を教室内に通してきた。
 同い年くらいの男子達だ。見覚えがないから、他校生だろう。真ん中の一人、薄い茶髪のツーブロックスタイルの男子は、ブランドものと思しきやけに良い身なりをしている。
 いかにも、良い所のお坊ちゃまみたいな……。

「おかえりなさいませ、ご主人様!」

 メイド一同(内一人執事)が声を揃えて挨拶をした。続いて担当メイドが席まで案内しようとするも、それを遮るようにして、茶髪ツーブロックが思いがけないことを口にした。

「東雲くんは居ますか?」

 一瞬、クラスがしんとなる。
 親しげな呼び方。そして、指名。
 
 ――東雲の知り合い?

 何故だが、胸騒ぎがした。
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