ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~

夜薙 実寿

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第87話 胡乱(うろん)な客

「えっと、お客様?」

 担当メイドこと中島が困惑の声を上げた。〝ご主人様〟と呼ぶ設定をすっかり忘れているが、注意する者は居ない。一年二組メイド一同も彼と同じ心境だったからだ。
 いわく――この客は一体、何者だ?
 皆の疑問の視線を受けて、茶髪ツーブロックが改めて詳細を述べる。
 
「このクラスに東雲 暁良くん、居ますよね? 僕達、彼の元同級生で、彼に会いに来たんですけど」
「そうそう」と、同行二人が合の手を入れた。
「お客様、生憎あいにく東雲は調理係でして、ここには居ないんですよ」
「それでは、呼んできてください」
「いや、でも……」

 中島が事情を説明するも、茶髪ツーブロックは引き下がらない。
 
「ちゃんと料理は注文しますから、東雲くんに配膳をお願いすればいいでしょう。わざわざ友人に会いにきたんですから、そのくらい融通してくださいよ」

 実に居丈高な態度。中島が渋々了承の意を告げると、三人組はようやく案内に応じた。
 
「何か、いやな感じ」

 オレの心情を代弁するように、小声でミドリさんが呟いた。〝前の学校の同級生〟に、彼は良い思い出が無い。

 注文を受けた中島が家庭科室へと向かい、やがて、ジャージの上にシンプルなエプロン姿の東雲が、オムライスの乗ったトレイを手に馳せ参じた。
 本来、オーダーは携帯端末で調理係に飛ばすシステムで、完成した料理を教室まで運ぶのは運搬係の仕事だったのだが……。

「東雲、久しぶり」

 茶髪ツーブロックが胡散臭い笑みでもって手を挙げる。東雲は忌々しいものを見たように眉間に皺を寄せた。
 
「……才賀さいが

 どうやら、それが茶髪ツーブロックの名前らしい。東雲は取り巻き二人のことは全く眼中にないようで、名前すら呼ばなかった。

「何しに来た?」
「何って、その言い草は酷いじゃないか。転校した元同級生がちゃんと元気でやっているか、こうして見に来てあげたというのに」
「…………」 
「つーか、メイド喫茶の店員なのに、何でメイド服じゃねーんだよ?」と、指摘したのは取り巻きだ。
「そうだよ。ちゃんとメイド服で奉仕しろよ」
「お客様、彼は調理係なので……」
「わざわざ会いに来たんだから、そのくらいのサービス精神見せてもいいんじゃねーの? 客商売だろ?」
 
 やいのやいのと捲し立てる取り巻き二人。辟易する中島の前に出て、東雲が言った。

「分かった」
「東雲!?」
「悪い。一着貸してくれ」

 相手の要求を呑むつもりか。
 
「東雲……」

 心配になって、呼び掛けた。大丈夫か? と言外に含ませて見詰めるオレに、東雲は無言で首肯を返した。それから彼は、オムライスを持ったままバックヤードに回り、数分後、衣装替えをして戻ってきた。
 要望通りのメイド服だ。一番大きい予備を選んだのだろうけれど、東雲用に作られたものではない為、サイズが合っていない。パツンパツンではち切れそうなその出で立ちに、三人が失笑する。

「来たー!!」
「暁良ちゃん、かわいいでちゅねぇ!」
「いや、なかなか似合っているじゃないか、東雲」

 ゲラゲラと笑い声が響く。不穏な空気が教室に渦を巻いた。
 確かに、友人間ではそうやって揶揄うこともあるだろうけど……本当に彼らは東雲の友人なのか?
 先日遭遇した不良グループを思い出す。まさか、あいつらの仲間だったり……?
 
 その時、棗先輩が「才賀……」と、ぽつり零すのを聞いた。思い当たったように、彼は続ける。

「ああ、そうか。聞いたことあると思ったら、あれだ。才賀って確か、市議会議員の……」

 市議会議員……?
 脳に閃くものがあった。いつか、クラスメイトから聞いた噂話。
 
 ――前の学校で暴力を受けた被害者の親ってのがまた有力者らしくて。
 
「待たせた」と簡潔に告げて、東雲が彼らにオムライスを提供した。しかし、それが気に入らなかったようで、才賀と呼ばれた男が東雲の腕を掴んだ。

「態度がなってないな。そこは『お待たせ致しました、ご主人様』だろう?」
「!」

 ――こいつ! やっぱ、そうだ!
 嗜虐的に歪んだその口元に、確信する。
 東雲が前の学校で停学になった原因の相手だ!
 
「……『お待たせ致しました、ご主人様』」
「そうそう、それでいい」

 事を荒立てないつもりなのだろう、東雲は素直に従った。
 こいつら……これが目的だったんだ。相手が店員という弱い立場なら何を言っても逆らわないと思って、文化祭を機にいつかの鬱憤を晴らしに来たんだ!
 
「で? 魔法の呪文とやらは唱えてくれないのか? 何だっけ? 萌え萌え……?」

 仲間二人と共に、ニヤニヤと下卑た笑みで東雲に詰め寄る才賀。動画撮影するつもりなのか、手にはスマホまで構えている。――もう、我慢ならない。

「――待てよ」

 低い声で割って入ると、誰が言ったのか分からなかったのだろう、才賀達は一瞬虚を衝かれたように固まった後、辺りを見回した。

「やり方が卑怯だろ。それ以上オレの友人を侮辱するようなら、出ていってもらう」

 ようやくオレに視線を定めた彼らの顔に浮かんだのは、狼狽。

「え? 男?」
「嘘だろ? 女かと思ってた」
「陽様!」

 慌てた様子で、他テーブルの接客に就いていた御影さんがオレの元へと駆け寄ってきた。庇うように前に出ようとする彼を、オレは手で制す。
 才賀は、オレの外見に与しやすしと見たのか、余裕そうに肩を竦めてみせた。

「友人? 東雲くんのクラスメイトかな。随分と愛らしいメイドさんも居たもんだ。他校の女生徒が戯れに紛れ込んでいるのかと思っていたよ。しかし、侮辱だなんて聞き捨てならないな。それこそ友人間の冗談ジョークじゃないか」
「嘘つけ! 東雲はちっとも楽しくなさそうだぞ! 冗談ジョークっていうのは、皆が笑えなければ成立しないんだ!」
「日向、俺は別に……」
「例え東雲が気にしていなくても、オレが気にする! 友達を馬鹿にされて黙っていられるか!」
「……日向」

 オレが啖呵を切ると、東雲は驚いたように目を瞠った。
 しんと静まり返る教室内。束の間の静寂を破ったのは、乾いた拍手だった。才賀が、芝居がかった仕草で手を打ち鳴らしている。

「いやぁ、友達想いだね。泣かせるじゃないか。でも、知らないのかな? その男が前の学校でどんな悪事を働いたのか」
「悪事?」と訝しむ声が、どこからか上がった。

 たっぷりと間を空けて、周囲の注目を集めてから、才賀は彼の切り札を投じた。

「その男は、前の学校で暴力事件を起こして転校したんだ。あろうことか、この僕を殴ったのさ。なぁ、お前達も見ていただろう?」

 話を振られて、取り巻き二人が「ええ、確かに」やら「しっかりと!」と太鼓を持つ。

「暴力事件?」
「殴ったって……」

 ざわめく客席。事情をよく知らない他校の生徒達が、戸惑いの目を東雲に向ける。そこには薄らと恐怖の色が混じり始めていた。
 来客だけじゃない。一年二組の生徒達の間にも、そのことを思い出したように同じ色が伝染していく。
 これは……いけない。
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