ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~

夜薙 実寿

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第89話 プリンセスの憂鬱

 そうして、迎えた休憩時間。オレは人集ひとだかりの中心で立ち往生していた。

「ハル姫だ!」
「めっちゃ可愛い!!」
「え!? 嘘!? あれで男!?」
「スタンプくださーい!」
「俺も!」
「私も!」
「押すなって!」
「順番に並べよ~!」
「いや、あの……っオレ、行きたい所があって!」

 オレの訴えは、人々の熱量に負けて誰にも届かない。仕方なく、求められるがままにスタンプや握手に応じるも、その列は止まることを知らない。
 くそっ……このままでは、どこも回れずに休憩時間が終わってしまう!
 こんな時、御影さんが居れば……と、しかけた、その時。――誰かに腕を掴まれた。

「!?」
「こっちだ!」
「あ、おい!」
「姫!?」
 
 見知った声と手に導かれるまま腕を引かれ、人垣を抜ける。驚く人々を置き去りに、オレ達は賑わう廊下を駆けた。

「大丈夫か?」

 やがて、混雑が解消された辺りで足を止めると、前を行く赤髪がこちらに振り向いた。――今は制服姿の東雲だった。

「悪い。困ってそうだったから、勝手に連れ出しちまったが……迷惑じゃなかったか?」
「あ、ううん! 助かったよ! 囲まれちゃって、身動きが取れなかったからさ。ありがとう、東雲」

「ん」と照れ臭そうに目を逸らしてから、東雲は今一度確認するように、チラリとオレを見た。

「その格好……」
「ああ、これ? スタンプラリーのランドマーク衣装、っていうの?」

 現在のオレは、これぞ姫! といった感じの黄色いドレスを身に纏っていた。
 裾の長い、たっぷりとした広がるスカート(正直めちゃくちゃ走りづらかった)。ヒールのパンプス(正直めちゃくちゃ走りづらかった)。上半身は肩出しデザインで、袖は短く、手にはレースのオペラグローブ。頭には仕上げに華奢なティアラまで載っている。棗先輩と色違いのお揃いだ。

「ランドマーク?」
「うち、一般参加者向けに学園スタンプラリーやってるじゃん? クラスや部の催し物一つにつき、スタンプ一個。集めた数に応じて、ちょっとしたプレゼントが貰えるってやつ。姫はうちの学園の名物として、動くランドマークってことになっててさ」

 校内を自由に練り歩く姫を見つけたら、超ラッキー! スタンプ十個分に相当するレアスタンプが貰えます!
 ……ってな具合で、外部の人間にも分かりやすいようにプリンセスドレスを姫の目印としているのだ。
 
「一応、『お楽しみ中の姫には声を掛けてはならない』みたいなルールがあるらしいから、移動中でフリーの時が狙われるっぽいな……」

 それにしても、こんなに熱心にスタンプを集めている人が多いとは思わなかった。正直、舐めてた……。

「大変なんだな、その……姫ってのも」
「うん……ありがとう」

 労いの言葉が今は痛み入る。早くも燃え尽きかけているオレに、東雲は不憫そうな目を向けた後、改めて周囲に首を巡らせて訊ねた。

「ところで、あんたのボディガードはどうした? 一緒じゃないのか?」
「御影さんなら――」

 
   ◆◇◆

 
「ハルちゃ~ん! そろそろ休憩よね? 迎えに来たわよ~!」
「蝶野先輩!」
 
 オレが休憩時間に入る前、蝶野先輩が一年二組にやって来た。オレをランドマーク衣装であるところのプリンセスドレスに着せ替える為だ。
 クラスではメイド服、休憩ではプリンセスドレスと、何度も着替えるのも面倒なので、オレの休憩は一番最後に回してもらっていた。

「あらぁん、メイド服のハルちゃんも可愛らしいじゃない! アナタのクラス、大盛況みたいね! シュンちゃんが人気過ぎて寄れなかったって嘆いてたわよ!」
「はぁ……」
「それじゃあ、姫更衣室に行くわよ!」
「私もお供致します」
 
 そう主張したのは、やはり御影さんだった。しかし、それを渋る声が各所から続いた。
「えぇ~っ、行っちゃうのぉ?」と、まずは、御影さんが接客していたテーブルの女性客から、甘えた声で。
 
 ……むっ。

「いやいや、御影さんは残って下さいよ! 執事は一人しか居ないんですから!」
「そうですよ! 姫に続いてあなたまで居なくなっちゃったら、集客率ガタ落ちですよ!」と、これらはクラスメイト達。

「ですが、私はハル様の護衛人でして……」
「え~っ、折角執事さんの為に行列いっぱい並んだのに~っ」
「やっと会えたのに、もう行っちゃうなんて、ひどぉ~いっ」
「行かないで~っ」と、挙句、袖まで掴んで上目遣いに訴えかける女性客達。
 
 むむむ……っ。
 
「いいんじゃないですか? 御影さんはここに残っても」
「ハル様!?」
「その方がお客さん達も喜ぶでしょ? オレは一人でも平気なんで」
「そんな、ハル様っ」
「命令です。御影さんはここに残って、クラスに貢献してください」

 
    ◆◇◆


「――執事は一人しか居ないから抜けられたら困るってことで、置いてきた」
 
 回想の果てに、オレがそれだけ伝えると、東雲は納得したのか「ああ……」と、どこか同情的な響きで呟いた。
 さすがに可哀想だったかな……。御影さんは本日、休憩無しでぶっ通しで働き続けることになる。
 
 でもさ、御影さんだって悪いよな。女の子達にちやほやされて、デレデレしちゃってさ!
 ……いや、デレデレはしてなかったかもしれないけど、ベタベタされても振り解くこともなく、好きなようにさせててさ!
 まぁ、お客さん相手だから、仕方ないのかもしれないけどさ! でも、オレだって見てるのに!

 そんな八つ当たりじみた子供っぽい嫉妬心に、我ながら辟易する。
 やめだやめだ! 折角の休憩時間なんだから、今は余計なことは考えない!

「東雲も、今休憩時間だっけ?」
「ああ。大体の必要量は作り置いてきた」
「じゃあさ、オレと一緒に回ろうよ!」
 
 笑顔で誘うと、東雲が固まった。
 ……あれ?
 
「ダメ……かな?」

 もしかして、嫌だった?
 不安になって窺うと、東雲は慌てた様子で首を左右に振った。それから、言う。

「ダメじゃ……ない」

 返ってきた拙い答えに、オレは笑みを深めた。
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