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第91話 暗闇でドッキリ
頭上から突然、巨大な蜘蛛が降ってきた。
「ぎゃああっ!! 虫!?」
「落ち着け日向、オモチャだ」
半狂乱で手を振り回すオレに、東雲が冷静に告げる。
「お、オモチャ? な、なんだ……」
「大丈夫か? やっぱ先頭代わるか?」
「い、今のは! ベクトルの違う怖さじゃん!? 虫はずるいって!」
――そうだ、決しておばけが怖い訳じゃない!
煽るでなく本気で心配されてしまい、ついムキになってしまうオレだった。
オレ達は今、薄暗い狭い通路を小さなランタン型ライトを手に進んでいた。二年四組のお化け屋敷の中だ。
段ボールで区切られた通路に暗幕を垂らして作られたみたいな、手作り感満載のアトラクション。ん年前に惨劇の起きた館~だとか、恐ろしい因習の残る村~だとか、そういったものものものしい設定は特になく、装飾もシンプルでそこまで凝られてはいない。
こんな子供騙し、さすがに怖い訳がない。――と、高を括っていたのだけど。
「ばぁっ!」
「うわ!? ビックリした!」
奥に置かれた如何にもな井戸を警戒していたら、突如横合いから死装束の女幽霊(たぶん女装)が現れて思わず叫んでしまった。
取って付けたように「うらめしや~」と王道なセリフを残して、女幽霊は早々に消えていく。
くそう、やられた……! 別に怖い訳でもないのに、出てくるタイミングが巧妙過ぎる! 井戸が置かれてたら、普通井戸から出てくるって思うだろ!
次は絶対驚かないぞ! と肝に命じ、一層気を引き締めて角を曲がる。一直線の、何も無い通路……かと思いきや、奥からゾンビの扮装をしたキャストがふらりと姿を現した。いや、統一感無いな!?
ていうか、そこに居られたら先に進めないんだけど……。
立ち止って様子を見ると、ゾンビはゴキゴキと骨を鳴らしながら奇妙な動きをしてみせ、次の瞬間、こちらに向かってよろよろと歩き出し……いや、駆け出した! 結構な勢いでこっち来る!?
「え、速っ!?」
ゾンビって普通、もっと緩慢に動くものだろ!?
いきなり接近してこられたら、相手がゾンビじゃなくても恐ろしい。前方を塞がれているので仕方なく後戻りしようとしたら、いつの間にか後方の道は板で封鎖されていた。
「えぇっ!?」
――逃げ道を塞がれた!
ゾンビは止まらない。おどろ髪を振り乱し、血にまみれた尖った爪を振り翳して、こちらに肉薄してくる。
「ぎゃぁああああっ!!」
あわや触れる、すんでのところで――ゾンビは急にその場に倒れ込んだ。
「え、え、ええっ!?」
そういう段取り……なんだろうけど、困惑した。まさか、いきなり体調を崩した訳じゃない、よな?
倒れたゾンビの脇を、おそるおそる通過する。いきなり足を掴まれたり、起き上がって来やしないかとハラハラした。幸い、ゾンビはもう動くこともなく、無事通り過ぎると今度こそオレはホッとした。
「……ふっ」
すぐ後ろから、声がした。ライトを向けると、東雲が口元を緩めていた。
「あ、笑ったな!?」
「悪い。楽しめているようで、何よりだなと」
むぅう~、馬鹿にして! でも確かに、子供騙しと侮っていたのに、すっかり醜態を晒してしまっている。
恥ずかしさで頬が熱くなった。
「や、だって、演出が上手いんだよ。別におばけが怖いとか、そういうんじゃないから!」
あれ、何かこれだとツンデレっぽく聞こえるな。本当のことを言っているはずなのに。
東雲にも言い訳っぽく思われたのか、「はいはい」と笑いながらあしらわれてしまった。
むむぅ……余裕そうな態度が悔しい。
「東雲は全然楽しめてなさそうだけど……」
「いや、日向を見てるだけで面白い」
「オレじゃなくておばけを見ろよ!?」
思わず突っ込んでしまってから、はたと止まった。不審そうに東雲が訊く。
「どうした?」
「うん、御影さんにも同じようなこと言ったことあるなぁって、思い出して」
水族館デートの時だ。懐かしさと、何だかおかしくなって笑みを零した。すると、
「……ふぅん」
と、どこか素っ気なく呟いて、東雲はそっぽを向いてしまった。
……あれ? 何か変なこと言っちゃったかな。
急に雰囲気の変わった彼に戸惑っていると、その時、突如として横壁から無数の手が突き出してきた。さわさわと蠢くそれらが身体を撫で、走った怖気にオレは飛び上がった。
「ひぃ……っ!?」
途端、靴のヒールが何かに引っ掛かり(手?)、後ろ向きにずるりと滑った。
「日向!」
――やばい! 転ぶ!
焦って縋るように空いた方の手を伸ばし、無我夢中で触れたものを掴んだ。
ライトが飛んでいく。世界が半回転した。踏み止まれず、背中を強かに打ち付けて、瞬間息が詰まった。
「う……」
痛みに呻き、閉ざしていた瞼を開く。
「――大丈夫か?」
すぐ目の前、床に落ちたライトに照らされて、東雲の顔があった。
「!?」
唇と唇が触れそうな距離。あまりの近さにギョッとして瞠目し、遅れて彼に覆い被さられていることに気付く。まるで押し倒されているような体勢。しかも、何やら彼のシャツがはだけていて、豊かな胸元が覗いている。
……どうやら、オレが掴んだのは東雲の襟元だったらしく、彼ごと引き倒してしまったようだった。
「ご、ごごごめん! オレ!」
動揺して、思い切り視線を逸らした。
「いや……俺の方こそ、咄嗟のことで受け止められずに悪かった。怪我はないか?」
パッと、教室に灯りが点いた。東雲が慌てて起き上がり、身を離す。裏方からお化け屋敷のスタッフ達が顔を出した。
「どうしましたー!?」
「って、姫!?」
音で何かしらの事故を察して安否確認をしてくれたようだ。手だけの出演だったキャストには客の姿は見えていなかったようで、改めてオレに気付くと彼らは一様に気色ばんだ。
「大丈夫ですか!?」
「だから、客に触れるのはマズいって言ったじゃん!」
「通路が狭すぎたか……」
「ハル姫、お怪我は!?」
「だ、大丈夫です! えっと、こちらこそお騒がせしてしまって……」
すみません、と続くはずだった言葉は呻吟に取って変わられた。無事を証明すべくとっとと立ち上がろうとしたものの、足首に尋常でない痛みが走り、叶わなかった。
「……あれ?」
見ると、先程引っ掛けた方の足が、ぱんぱんに腫れあがっている。
東雲が血相を変えた。
「ぎゃああっ!! 虫!?」
「落ち着け日向、オモチャだ」
半狂乱で手を振り回すオレに、東雲が冷静に告げる。
「お、オモチャ? な、なんだ……」
「大丈夫か? やっぱ先頭代わるか?」
「い、今のは! ベクトルの違う怖さじゃん!? 虫はずるいって!」
――そうだ、決しておばけが怖い訳じゃない!
煽るでなく本気で心配されてしまい、ついムキになってしまうオレだった。
オレ達は今、薄暗い狭い通路を小さなランタン型ライトを手に進んでいた。二年四組のお化け屋敷の中だ。
段ボールで区切られた通路に暗幕を垂らして作られたみたいな、手作り感満載のアトラクション。ん年前に惨劇の起きた館~だとか、恐ろしい因習の残る村~だとか、そういったものものものしい設定は特になく、装飾もシンプルでそこまで凝られてはいない。
こんな子供騙し、さすがに怖い訳がない。――と、高を括っていたのだけど。
「ばぁっ!」
「うわ!? ビックリした!」
奥に置かれた如何にもな井戸を警戒していたら、突如横合いから死装束の女幽霊(たぶん女装)が現れて思わず叫んでしまった。
取って付けたように「うらめしや~」と王道なセリフを残して、女幽霊は早々に消えていく。
くそう、やられた……! 別に怖い訳でもないのに、出てくるタイミングが巧妙過ぎる! 井戸が置かれてたら、普通井戸から出てくるって思うだろ!
次は絶対驚かないぞ! と肝に命じ、一層気を引き締めて角を曲がる。一直線の、何も無い通路……かと思いきや、奥からゾンビの扮装をしたキャストがふらりと姿を現した。いや、統一感無いな!?
ていうか、そこに居られたら先に進めないんだけど……。
立ち止って様子を見ると、ゾンビはゴキゴキと骨を鳴らしながら奇妙な動きをしてみせ、次の瞬間、こちらに向かってよろよろと歩き出し……いや、駆け出した! 結構な勢いでこっち来る!?
「え、速っ!?」
ゾンビって普通、もっと緩慢に動くものだろ!?
いきなり接近してこられたら、相手がゾンビじゃなくても恐ろしい。前方を塞がれているので仕方なく後戻りしようとしたら、いつの間にか後方の道は板で封鎖されていた。
「えぇっ!?」
――逃げ道を塞がれた!
ゾンビは止まらない。おどろ髪を振り乱し、血にまみれた尖った爪を振り翳して、こちらに肉薄してくる。
「ぎゃぁああああっ!!」
あわや触れる、すんでのところで――ゾンビは急にその場に倒れ込んだ。
「え、え、ええっ!?」
そういう段取り……なんだろうけど、困惑した。まさか、いきなり体調を崩した訳じゃない、よな?
倒れたゾンビの脇を、おそるおそる通過する。いきなり足を掴まれたり、起き上がって来やしないかとハラハラした。幸い、ゾンビはもう動くこともなく、無事通り過ぎると今度こそオレはホッとした。
「……ふっ」
すぐ後ろから、声がした。ライトを向けると、東雲が口元を緩めていた。
「あ、笑ったな!?」
「悪い。楽しめているようで、何よりだなと」
むぅう~、馬鹿にして! でも確かに、子供騙しと侮っていたのに、すっかり醜態を晒してしまっている。
恥ずかしさで頬が熱くなった。
「や、だって、演出が上手いんだよ。別におばけが怖いとか、そういうんじゃないから!」
あれ、何かこれだとツンデレっぽく聞こえるな。本当のことを言っているはずなのに。
東雲にも言い訳っぽく思われたのか、「はいはい」と笑いながらあしらわれてしまった。
むむぅ……余裕そうな態度が悔しい。
「東雲は全然楽しめてなさそうだけど……」
「いや、日向を見てるだけで面白い」
「オレじゃなくておばけを見ろよ!?」
思わず突っ込んでしまってから、はたと止まった。不審そうに東雲が訊く。
「どうした?」
「うん、御影さんにも同じようなこと言ったことあるなぁって、思い出して」
水族館デートの時だ。懐かしさと、何だかおかしくなって笑みを零した。すると、
「……ふぅん」
と、どこか素っ気なく呟いて、東雲はそっぽを向いてしまった。
……あれ? 何か変なこと言っちゃったかな。
急に雰囲気の変わった彼に戸惑っていると、その時、突如として横壁から無数の手が突き出してきた。さわさわと蠢くそれらが身体を撫で、走った怖気にオレは飛び上がった。
「ひぃ……っ!?」
途端、靴のヒールが何かに引っ掛かり(手?)、後ろ向きにずるりと滑った。
「日向!」
――やばい! 転ぶ!
焦って縋るように空いた方の手を伸ばし、無我夢中で触れたものを掴んだ。
ライトが飛んでいく。世界が半回転した。踏み止まれず、背中を強かに打ち付けて、瞬間息が詰まった。
「う……」
痛みに呻き、閉ざしていた瞼を開く。
「――大丈夫か?」
すぐ目の前、床に落ちたライトに照らされて、東雲の顔があった。
「!?」
唇と唇が触れそうな距離。あまりの近さにギョッとして瞠目し、遅れて彼に覆い被さられていることに気付く。まるで押し倒されているような体勢。しかも、何やら彼のシャツがはだけていて、豊かな胸元が覗いている。
……どうやら、オレが掴んだのは東雲の襟元だったらしく、彼ごと引き倒してしまったようだった。
「ご、ごごごめん! オレ!」
動揺して、思い切り視線を逸らした。
「いや……俺の方こそ、咄嗟のことで受け止められずに悪かった。怪我はないか?」
パッと、教室に灯りが点いた。東雲が慌てて起き上がり、身を離す。裏方からお化け屋敷のスタッフ達が顔を出した。
「どうしましたー!?」
「って、姫!?」
音で何かしらの事故を察して安否確認をしてくれたようだ。手だけの出演だったキャストには客の姿は見えていなかったようで、改めてオレに気付くと彼らは一様に気色ばんだ。
「大丈夫ですか!?」
「だから、客に触れるのはマズいって言ったじゃん!」
「通路が狭すぎたか……」
「ハル姫、お怪我は!?」
「だ、大丈夫です! えっと、こちらこそお騒がせしてしまって……」
すみません、と続くはずだった言葉は呻吟に取って変わられた。無事を証明すべくとっとと立ち上がろうとしたものの、足首に尋常でない痛みが走り、叶わなかった。
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東雲が血相を変えた。
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