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第3話 風が吹いた
台に乗り切る人数ではないので、その下、朝礼台の前に改めて横一列に並ぶ。まさか、こんな恥ずかしい恰好で、こんな大勢の前に出ることになろうとは……。幸い、候補者は三十六人と大所帯なので、視線が分散されるだろうことだけが唯一の救いだった。
……はずなのだけど、何かめちゃくちゃ視線の圧を感じる。え? 皆オレの方見てる? 気のせいか?
「それでは、1番の方から順に台の上で自己アピールをお願いします」
司会の指示に従い、遂に姫候補のお披露目が始まった。まずは胸に〝1〟の番号札を付けた女装男子が朝礼台に上がる。エントリーナンバー1番の生徒は、明らかに女装に無理のある、非常にゴツい体格の持ち主だった。
「1番! 相澤 将太! 三年間学食無料と聞いて、姫に立候補しました! お腹いっぱい食べたいです!」
沸き起こる笑いの渦。完全にネタとしてやっているな。それとも、本人は真剣なのか、判断に困るところだ。
沢山の拍手に見送られ、1番が朝礼台を去ると、入れ替わりに2番が上がった。同じように自己紹介を繰り広げ、また交代していく。そんな風にしてお披露目パートは恙無く進行していった。
あまり代わり映えのしないステージに、観客達の間にも次第に飽きが見え始める。当初の緊張感も失せ、場にはダレた雰囲気が広がりつつあった。オレも何だか眠くなってきた。早く終わらせて、とっととこんな服とはおさらばしたい。
目の覚めるような変事が起きたのは、オレの前、例の栗鼠顔の35番のアピールの時だった。
「あの……僕、姫の立候補を辞退します」
台に上るなり開口一番に放たれた彼の言葉に、会場中がどよめいた。
「え? ここまで来て?」
「ユーリ姫を見て自信無くしたのか?」
ざわめく観衆の中、35番は両手でマイクを握り締め、決然と告げた。
「元々、他薦であまり乗り気じゃなかったし、人前に立つのも得意じゃないし……それでも、こうして朝礼台に上がってお話ししているのは、お礼代わりに応援演説をしたいなと思ったからです。先程、慣れない靴で踵を痛めて辛い想いをしていた僕に、36番さんが絆創膏をくれました」
うん?
「絆創膏ですよ? 女装という、いつもとは異なる服装をしているのに、36番さんはそれを当然のように持ち歩いていたんです。それも、これからステージという自身も余裕の無いはずの状況下で、他人の異変に気が付いて、気遣いすらしてみせたんです。本番前に足を痛めて心細かった僕は、優しく声を掛けてもらえて凄く嬉しかったんです。それで、思いました。この人には敵わないなって。だから、応援側に回ることにしたんです」
ちょっと待て。
「絆創膏……!?」
「何という女子力!!」
「36番って、あの最後の子?」
「そういや、めっちゃ可愛い」
「えっ? ていうか、可愛すぎね?」
待て待て、何か流れがおかしいぞ!?
会場全体の注目が、オレの方に集まる。やめろ、見るな。見るなって。
35番がステージの上からこちらに向かって手を差し伸べてきた。
「僕は、36番さんを姫に推薦します。心優しい彼……いえ、彼女こそが、その座に相応しいと思うのです」
いや、やめて!? 無理!! 無理だって!!
逃げ出したい。今すぐ。だけど、それをしたら35番の面子を潰すことになってしまう。それは流石に心苦しい。
キラキラと期待に満ちた35番の純粋な眼差しに押され、オレはステージへと足を向けた。短いステップを上り、マイクを手渡され、35番と交代する。
高い場所に立つと、会場の視線の圧を一層強く感じられた。背中に嫌な汗が流れる。
どうすんだよ、コレ……。35番には悪いけど、オレも辞退しますって、言っていいかな?
「36番さん、お名前は!?」
「えっ!? と……日向、陽……です」
いきなり訊ねられ、思わず名乗ってしまった。
「ハル姫……」
「良いお名前だ……」
「なんて可憐なんだ……」
周囲から感銘を受けたような声が聞こえてくる。やめろ、まだ姫じゃない。
とにかく、姫になるつもりはない旨を、しっかり宣告しておかなくては。
「あの、オレ……わっ!?」
突風が吹いた。遅咲きの桜の花弁を引き連れて、一陣、強く。捲り上がりそうになったスカートを、慌てて手で押さえる。
あっぶな……この下、普通に男物の下着だぞ!? 女物なら良い訳じゃないが、そんなもの見られたら恥ずかしいことこの上ない。
難を逃れて安堵の息を吐いていると、会場全体が時が止まったように無言でこちらを注視していることに気が付いた。
……あれ? 何だ、この空気。
「おい、見たか今の?」
「スカートを押さえたぞ……!」
「そんなのしたの、あの子だけだ!」
「何という女子力……!!」
え? あれ? 何かヤバい?
「姫だっ!! もう、姫はこの子以外に居ない!!」
「決定だ!! 投票とか必要無いな!! 皆の気持ちは一つだ!!」
「いや、待っ……他の候補者の皆は!?」
キミ達はそれでいいのか!?
女装の団体を見遣ると、1番を筆頭に「くっ、負けたぜ!」と悔しがるのが数人、後は35番と共に何やら羨望の眼差しを向けて、拍手すらしてくる有様で……。
「満場一致だ!! ハル姫生誕、おめでとうございます!!」
「これにて、第五十七回、四季折学園姫選抜会を閉会致します!!」
盛大な拍手と歓声が鳴り響く中、オレは為す術も無く、ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
……はずなのだけど、何かめちゃくちゃ視線の圧を感じる。え? 皆オレの方見てる? 気のせいか?
「それでは、1番の方から順に台の上で自己アピールをお願いします」
司会の指示に従い、遂に姫候補のお披露目が始まった。まずは胸に〝1〟の番号札を付けた女装男子が朝礼台に上がる。エントリーナンバー1番の生徒は、明らかに女装に無理のある、非常にゴツい体格の持ち主だった。
「1番! 相澤 将太! 三年間学食無料と聞いて、姫に立候補しました! お腹いっぱい食べたいです!」
沸き起こる笑いの渦。完全にネタとしてやっているな。それとも、本人は真剣なのか、判断に困るところだ。
沢山の拍手に見送られ、1番が朝礼台を去ると、入れ替わりに2番が上がった。同じように自己紹介を繰り広げ、また交代していく。そんな風にしてお披露目パートは恙無く進行していった。
あまり代わり映えのしないステージに、観客達の間にも次第に飽きが見え始める。当初の緊張感も失せ、場にはダレた雰囲気が広がりつつあった。オレも何だか眠くなってきた。早く終わらせて、とっととこんな服とはおさらばしたい。
目の覚めるような変事が起きたのは、オレの前、例の栗鼠顔の35番のアピールの時だった。
「あの……僕、姫の立候補を辞退します」
台に上るなり開口一番に放たれた彼の言葉に、会場中がどよめいた。
「え? ここまで来て?」
「ユーリ姫を見て自信無くしたのか?」
ざわめく観衆の中、35番は両手でマイクを握り締め、決然と告げた。
「元々、他薦であまり乗り気じゃなかったし、人前に立つのも得意じゃないし……それでも、こうして朝礼台に上がってお話ししているのは、お礼代わりに応援演説をしたいなと思ったからです。先程、慣れない靴で踵を痛めて辛い想いをしていた僕に、36番さんが絆創膏をくれました」
うん?
「絆創膏ですよ? 女装という、いつもとは異なる服装をしているのに、36番さんはそれを当然のように持ち歩いていたんです。それも、これからステージという自身も余裕の無いはずの状況下で、他人の異変に気が付いて、気遣いすらしてみせたんです。本番前に足を痛めて心細かった僕は、優しく声を掛けてもらえて凄く嬉しかったんです。それで、思いました。この人には敵わないなって。だから、応援側に回ることにしたんです」
ちょっと待て。
「絆創膏……!?」
「何という女子力!!」
「36番って、あの最後の子?」
「そういや、めっちゃ可愛い」
「えっ? ていうか、可愛すぎね?」
待て待て、何か流れがおかしいぞ!?
会場全体の注目が、オレの方に集まる。やめろ、見るな。見るなって。
35番がステージの上からこちらに向かって手を差し伸べてきた。
「僕は、36番さんを姫に推薦します。心優しい彼……いえ、彼女こそが、その座に相応しいと思うのです」
いや、やめて!? 無理!! 無理だって!!
逃げ出したい。今すぐ。だけど、それをしたら35番の面子を潰すことになってしまう。それは流石に心苦しい。
キラキラと期待に満ちた35番の純粋な眼差しに押され、オレはステージへと足を向けた。短いステップを上り、マイクを手渡され、35番と交代する。
高い場所に立つと、会場の視線の圧を一層強く感じられた。背中に嫌な汗が流れる。
どうすんだよ、コレ……。35番には悪いけど、オレも辞退しますって、言っていいかな?
「36番さん、お名前は!?」
「えっ!? と……日向、陽……です」
いきなり訊ねられ、思わず名乗ってしまった。
「ハル姫……」
「良いお名前だ……」
「なんて可憐なんだ……」
周囲から感銘を受けたような声が聞こえてくる。やめろ、まだ姫じゃない。
とにかく、姫になるつもりはない旨を、しっかり宣告しておかなくては。
「あの、オレ……わっ!?」
突風が吹いた。遅咲きの桜の花弁を引き連れて、一陣、強く。捲り上がりそうになったスカートを、慌てて手で押さえる。
あっぶな……この下、普通に男物の下着だぞ!? 女物なら良い訳じゃないが、そんなもの見られたら恥ずかしいことこの上ない。
難を逃れて安堵の息を吐いていると、会場全体が時が止まったように無言でこちらを注視していることに気が付いた。
……あれ? 何だ、この空気。
「おい、見たか今の?」
「スカートを押さえたぞ……!」
「そんなのしたの、あの子だけだ!」
「何という女子力……!!」
え? あれ? 何かヤバい?
「姫だっ!! もう、姫はこの子以外に居ない!!」
「決定だ!! 投票とか必要無いな!! 皆の気持ちは一つだ!!」
「いや、待っ……他の候補者の皆は!?」
キミ達はそれでいいのか!?
女装の団体を見遣ると、1番を筆頭に「くっ、負けたぜ!」と悔しがるのが数人、後は35番と共に何やら羨望の眼差しを向けて、拍手すらしてくる有様で……。
「満場一致だ!! ハル姫生誕、おめでとうございます!!」
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