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第37.5話 悪魔の契約 Side-Yuri
――ボクは、ずっと独りだった。
「あっ……」
解れた指先が、黒鍵から落下する。
止まる楽曲。耳元で、母が呆れたように嘆息した。
「また? どうして、そう何度も同じミスをするの? お兄ちゃんは、これくらい簡単に出来たのに」
「ごめんなさい……次こそは、きっと!」
再び、溜息。それを聞く度に、ボクの身は縮む思いがした。
「もういいわ。何度やっても同じよ」
「でも……」
「少し休憩なさい」
そのまま背を向けて、母は兄の方へ行ってしまった。
――ねぇ、ママ。ボク、もっと出来るよ。
「ただいま」
「おかえりなさい、パパ! あのね、ボク、今日はついに一回も間違えずに……」
「聞いて、あなた! 玲莉がまたコンクールで一位を取ったのよ!」
「おぉ、凄いじゃないか! さすが私達の自慢の息子」
「そんな、大袈裟だよ。先生の指導が良かったからだよ」
「まぁ、謙虚なこと」
楽しげな笑い声が響く中、ボクだけがその場に存在しないみたいだった。
――ねぇ、パパ。ボクも頑張ったんだよ。
パパの言う〝自慢の息子〟の中に、ボクは入っていないの?
「全寮制の学校?」
「私達はあまり日本に居られないからね。夕莉を家に一人で置いていくより、学生寮の方が安心だろう」
「その方が、夕莉も寂しくないでしょう?」
――そう。つまり、ボクは体よく捨てられたのか。
ボクがお荷物だから。ボクが両親の期待に応えられないから。だから、兄のように一緒に連れてってはもらえないんだ。
ボクは、要らない子。兄の出涸らし。失敗作。
だけど、そうして入学した学園で、僕は〝姫〟になった。
「もしもし、ママ! 聞いて! あのね、ボク、この学園で〝姫〟になったんだよ! 学年に一人しか選ばれないんだ! ボクが一位を取ったんだよ!」
「姫? ああ、何かそういう制度があったわね。凄いじゃない」
――褒めてもらえた!
こんなボクでも、人から認められる長所があったんだ!
「そんなことより、有名な指揮者の方から玲莉にお声が掛かったのよ! 一緒にコンサートを開かないかって! 中学生でそんなの異例のことよ!」
「……へぇ、そうなんだ」
母はすぐに兄の話に戻ってしまった。
――そうか、まだ足りないのか。
たった一度の栄光では、両親はボクのことを認めてはくれないんだ。
だったら、輝き続ければいい。
この学園で〝姫〟として一番で居続ければ、いつかは両親もボクのことを見直してくれるかもしれない。
それには、他の〝姫〟が邪魔だ。〝姫〟は、僕だけで充分だ。どんな手を使っても……恨まれようが何だろうが、蹴落として、這い上がってやる。
たとえ、それで嫌われて独りになろうとも平気だ。
独りには慣れている。ずっとそうだったんから、今更だ。
寂しいなんて、ない。両親の愛さえ得られれば、他に何も要らない。
……そう、思っていたはずなのに。
「夕莉坊ちゃん、よろしかったのですか? 嘘ということにしてしまって」
寮室に戻ろうとしたボクの背中に、厳隆寺がそんな質問を投げかけてきた。
振り返る。訳知り顔で見据えてくる瞳と目が合い、ちょっとムカついた。
何でコイツは、いつも話してもいないのにボクのことを勝手に理解してしまうんだろう。ボクだって、この気持ちをハッキリ自覚したのは、つい数時間前のことだぞ。
「……いいんだよ。その気の無い相手に告白したって、振られるだけでしょ」
――ボクは、ハルくんが欲しい。
ハルくんだけだった。ボクが意地悪をしても離れていかなかったのは。
どれだけ拒絶しても「仲良くなりたい」と、ボクのことを知りたいと言ってくれた。
頑ななボクの心にずかずか踏み込んできて……気が付いたら、いつも当たり前のように傍に居てくれる。
――寂しくないなんて、嘘だった。独りじゃなくなってから、初めて気が付いた。
いつからだろう、好きになったのは。
「何せ、男同士なんだ。事は慎重に運ばないと。いくらボクが絶世の美少年だとはいえ、そう簡単にはいかないでしょ」
借り物競争のお題。その気もないくせに〝好きな人〟だなんて、こっちの気も知らずにハルくんはなんて残酷なんだろう。
だけど、同時にこれはチャンスだと思った。
まずは、周囲に大々的に僕達が恋仲だと知らしめて、ハルくんに悪い虫が付かないようにする。
それから、恋人のフリを通じて一気に距離を詰める。こちらを意識させることが出来れば、勝機だ。
「嘘から出た真だって、あるはずだ。……堕としてみせるよ、ハルくん」
このボクを本気にさせたんだ。
――覚悟しててね?
「あっ……」
解れた指先が、黒鍵から落下する。
止まる楽曲。耳元で、母が呆れたように嘆息した。
「また? どうして、そう何度も同じミスをするの? お兄ちゃんは、これくらい簡単に出来たのに」
「ごめんなさい……次こそは、きっと!」
再び、溜息。それを聞く度に、ボクの身は縮む思いがした。
「もういいわ。何度やっても同じよ」
「でも……」
「少し休憩なさい」
そのまま背を向けて、母は兄の方へ行ってしまった。
――ねぇ、ママ。ボク、もっと出来るよ。
「ただいま」
「おかえりなさい、パパ! あのね、ボク、今日はついに一回も間違えずに……」
「聞いて、あなた! 玲莉がまたコンクールで一位を取ったのよ!」
「おぉ、凄いじゃないか! さすが私達の自慢の息子」
「そんな、大袈裟だよ。先生の指導が良かったからだよ」
「まぁ、謙虚なこと」
楽しげな笑い声が響く中、ボクだけがその場に存在しないみたいだった。
――ねぇ、パパ。ボクも頑張ったんだよ。
パパの言う〝自慢の息子〟の中に、ボクは入っていないの?
「全寮制の学校?」
「私達はあまり日本に居られないからね。夕莉を家に一人で置いていくより、学生寮の方が安心だろう」
「その方が、夕莉も寂しくないでしょう?」
――そう。つまり、ボクは体よく捨てられたのか。
ボクがお荷物だから。ボクが両親の期待に応えられないから。だから、兄のように一緒に連れてってはもらえないんだ。
ボクは、要らない子。兄の出涸らし。失敗作。
だけど、そうして入学した学園で、僕は〝姫〟になった。
「もしもし、ママ! 聞いて! あのね、ボク、この学園で〝姫〟になったんだよ! 学年に一人しか選ばれないんだ! ボクが一位を取ったんだよ!」
「姫? ああ、何かそういう制度があったわね。凄いじゃない」
――褒めてもらえた!
こんなボクでも、人から認められる長所があったんだ!
「そんなことより、有名な指揮者の方から玲莉にお声が掛かったのよ! 一緒にコンサートを開かないかって! 中学生でそんなの異例のことよ!」
「……へぇ、そうなんだ」
母はすぐに兄の話に戻ってしまった。
――そうか、まだ足りないのか。
たった一度の栄光では、両親はボクのことを認めてはくれないんだ。
だったら、輝き続ければいい。
この学園で〝姫〟として一番で居続ければ、いつかは両親もボクのことを見直してくれるかもしれない。
それには、他の〝姫〟が邪魔だ。〝姫〟は、僕だけで充分だ。どんな手を使っても……恨まれようが何だろうが、蹴落として、這い上がってやる。
たとえ、それで嫌われて独りになろうとも平気だ。
独りには慣れている。ずっとそうだったんから、今更だ。
寂しいなんて、ない。両親の愛さえ得られれば、他に何も要らない。
……そう、思っていたはずなのに。
「夕莉坊ちゃん、よろしかったのですか? 嘘ということにしてしまって」
寮室に戻ろうとしたボクの背中に、厳隆寺がそんな質問を投げかけてきた。
振り返る。訳知り顔で見据えてくる瞳と目が合い、ちょっとムカついた。
何でコイツは、いつも話してもいないのにボクのことを勝手に理解してしまうんだろう。ボクだって、この気持ちをハッキリ自覚したのは、つい数時間前のことだぞ。
「……いいんだよ。その気の無い相手に告白したって、振られるだけでしょ」
――ボクは、ハルくんが欲しい。
ハルくんだけだった。ボクが意地悪をしても離れていかなかったのは。
どれだけ拒絶しても「仲良くなりたい」と、ボクのことを知りたいと言ってくれた。
頑ななボクの心にずかずか踏み込んできて……気が付いたら、いつも当たり前のように傍に居てくれる。
――寂しくないなんて、嘘だった。独りじゃなくなってから、初めて気が付いた。
いつからだろう、好きになったのは。
「何せ、男同士なんだ。事は慎重に運ばないと。いくらボクが絶世の美少年だとはいえ、そう簡単にはいかないでしょ」
借り物競争のお題。その気もないくせに〝好きな人〟だなんて、こっちの気も知らずにハルくんはなんて残酷なんだろう。
だけど、同時にこれはチャンスだと思った。
まずは、周囲に大々的に僕達が恋仲だと知らしめて、ハルくんに悪い虫が付かないようにする。
それから、恋人のフリを通じて一気に距離を詰める。こちらを意識させることが出来れば、勝機だ。
「嘘から出た真だって、あるはずだ。……堕としてみせるよ、ハルくん」
このボクを本気にさせたんだ。
――覚悟しててね?
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