45 / 101
第44話 不可解な焦燥
「ところで御影さん、その眼鏡って……」
ミドリさんと別れた後、寮への道を御影さんと二人で歩きながら、オレは改めて気になっていたことを訊いてみた。御影さんは細い銀縁フレーム眼鏡の蔓を人差し指で軽く押し上げながら、得意げに微笑った。
「勿論伊達でございます。度は入っておりませんよ」
「そっか」
めちゃくちゃ似合ってるから、むしろそっちが素で普段はコンタクトなんじゃないかとか思ってしまった。いや、本当……めちゃくちゃ似合ってるな。何か普段よりも大人っぽく見えて、少し落ち着かない。
服装もいつもと違うからか、いつもはオレの後ろに付いてくる感じだったのに、今日は歩幅を合わせて隣を歩いている。これだと警護というより、
――デートみたいだな。
と、そんなことを考えてしまって、オレは自分に驚いて内心激しく動揺した。
「で、でもっ何で今回は変装したんですか?」
「燕尾服だとどうしても目立ってしまいますからね。普段はそれで威嚇になるから良いのですが、お二人の邪魔はしたくありませんでしたので……私が居ると、姫川様も学校でのことを陽様に相談しにくいでしょうし」
成程、それで……。納得すると共に、御影さんもそういう遠慮を覚えるようになったんだな、と思ったり。
最初の頃なんて、オレに他者が近付こうもんなら、誰彼構わず全部追い払う勢いだったもんな。オレが一度怒ってから、過干渉を控えるように努めてたって言ってたし、そういうことなんだろう。
御影さんの成長っぷりに感動しつつ、ふと胸の奥にちりりとした焦燥が湧いた。
「……?」
「陽様? いかがなさいましたか?」
無意識に胸を押さえていたらしい。御影さんが心配そうにこちらを覗き込んできたものだから、オレは慌てて取り繕った。
「いや、別に……」
御影さんがレンズ越しにオレを見つめる、その瞳の真剣さに何だかドキドキしてしまう。次いで、やはり口元に目が行ってしまう。桜色の、形の良い艶やかな唇……人工呼吸だったと分かった後でも、どうにも意識してしまう。
ていうか、御影さんはどう思ったんだろう。人命救助の一環だから、まるで何とも思っていないのか。オレと唇を重ねた後でも普段と一切変わりがないし……何だかオレばかり搔き乱されていて、ズルい気がする。
棗先輩とのことも、どう思ってるんだろう。キスも告白も全部御影さんの目の前で行われたことだし……キスに関しては、怒ってくれてたけど。
「御影さん、もしオレが……もしですよ? 棗先輩とお付き合いするようなことになったら、どう思いますか?」
煩悶の末に、オレは思い切って訊ねてみた。御影さんは目を丸くした後、暫し思案するように黙した。オレは喉元のものを嚥下して、彼の答えを待った。やがて、御影さんは、静かに口を開き、
「陽様がそのように望むのでしたら、私はそのご意思を尊重したいと思います」
頭を殴られたような衝撃があった。
「棗様は少々癖のあるお方ですが、決して根っからの悪人という訳でもございませんし、陽様に対する想いにも嘘はないものとお見受け致します。もしも本当の恋人関係を結ばれたのならば、陽様のことをきちんと大事にしてくださることでしょう」
「そっ……か」
ぽつりと返して、オレは曖昧な笑みで目を逸らした。
――あれ? 何でオレ、少しがっかりしてるんだろう。
気付いたら、また胸元を手で押さえていた。
自分で自分が分からなくて、残りの帰路はずっと心に靄が掛かったようだった。
◆◇◆
夕餉の時間帯、食堂に赴くと、そこには既に棗先輩が来ていた。オレを見て、ハッとしたように椅子から立ち上がる。
「ハルくん……!」
「こんばんは、棗先輩」
笑顔で挨拶したオレをじっと見据え、それから先輩は椅子に凭れかかるように頽れた。
「せ、先輩!? 大丈夫ですか!?」
具合でも悪いのだろうか。心配して問うと、彼は顔を押さえた両手指の隙間から、深く長い息と共に吐露した。
「良かった……嫌われて、避けられたりしたらどうしようかと思ってた」
「先輩……」
そんなことを不安に思っていたのか。オレの顔を見て安堵したように胸を撫で下ろす彼の様子に、何だか、心の脆い部分を掴まれたような気がした。
――この人、本当にオレのことが好きなんだ。
改めてそう実感させられて、胸がいっぱいになる。
「そりゃ、さすがに照れるというか……ちょっと顔を合わせにくい気持ちはありましたけど、別に嫌いになんかなりませんし、増してや避けたりなんてしませんよ。あっ、でも……お風呂は暫くは別々にしたいかもです。あ! 勿論、嫌だからとかそういうんじゃなくて!」
「分かってる」
一人で一気に捲し立てると、棗先輩に笑われてしまった。クスクスと小気味よい笑声が広い食堂内に響く。
「恥ずかしいからでしょ。あんなことがあった後だもんね。そうだね……暫くは別にしよう。ボクも、ついうっかりハルくんに手を出しちゃうかもしれないし」
「えっ!?」
「冗談だよ」
また笑われた。くそう……顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
「しっかりボクのことを意識してくれているようで、何より。だから、安心して。もう無茶な距離の詰め方はしないよ。これまで、ボク焦り過ぎてたよね。反省した。ハルくんのことも、振り回しちゃってごめん」
「先輩……」
「予定外だったとはいえ、結果オーライということで、ハルくんに気持ちを伝えられて良かったよ。これから納涼祭までの間、ハルくんに好きになって貰えるよう、ボク頑張るから。改めて、覚悟しててね」
しおらしく苦笑したと思いきや、最後には不敵な笑みでもって挑発してみせる。こういう所は、実に棗先輩らしい。
……そうだな。この人はオレなんかを好きだと言ってくれたんだ。キスの件然り、御影さんのことばかり考えてしまっていた自分が申し訳なくなる。
これからは、ちゃんと棗先輩のことを考えていこう。――そう心に決めて、胸の奥に蟠る不可解な焦燥からは目を逸らした。
ミドリさんと別れた後、寮への道を御影さんと二人で歩きながら、オレは改めて気になっていたことを訊いてみた。御影さんは細い銀縁フレーム眼鏡の蔓を人差し指で軽く押し上げながら、得意げに微笑った。
「勿論伊達でございます。度は入っておりませんよ」
「そっか」
めちゃくちゃ似合ってるから、むしろそっちが素で普段はコンタクトなんじゃないかとか思ってしまった。いや、本当……めちゃくちゃ似合ってるな。何か普段よりも大人っぽく見えて、少し落ち着かない。
服装もいつもと違うからか、いつもはオレの後ろに付いてくる感じだったのに、今日は歩幅を合わせて隣を歩いている。これだと警護というより、
――デートみたいだな。
と、そんなことを考えてしまって、オレは自分に驚いて内心激しく動揺した。
「で、でもっ何で今回は変装したんですか?」
「燕尾服だとどうしても目立ってしまいますからね。普段はそれで威嚇になるから良いのですが、お二人の邪魔はしたくありませんでしたので……私が居ると、姫川様も学校でのことを陽様に相談しにくいでしょうし」
成程、それで……。納得すると共に、御影さんもそういう遠慮を覚えるようになったんだな、と思ったり。
最初の頃なんて、オレに他者が近付こうもんなら、誰彼構わず全部追い払う勢いだったもんな。オレが一度怒ってから、過干渉を控えるように努めてたって言ってたし、そういうことなんだろう。
御影さんの成長っぷりに感動しつつ、ふと胸の奥にちりりとした焦燥が湧いた。
「……?」
「陽様? いかがなさいましたか?」
無意識に胸を押さえていたらしい。御影さんが心配そうにこちらを覗き込んできたものだから、オレは慌てて取り繕った。
「いや、別に……」
御影さんがレンズ越しにオレを見つめる、その瞳の真剣さに何だかドキドキしてしまう。次いで、やはり口元に目が行ってしまう。桜色の、形の良い艶やかな唇……人工呼吸だったと分かった後でも、どうにも意識してしまう。
ていうか、御影さんはどう思ったんだろう。人命救助の一環だから、まるで何とも思っていないのか。オレと唇を重ねた後でも普段と一切変わりがないし……何だかオレばかり搔き乱されていて、ズルい気がする。
棗先輩とのことも、どう思ってるんだろう。キスも告白も全部御影さんの目の前で行われたことだし……キスに関しては、怒ってくれてたけど。
「御影さん、もしオレが……もしですよ? 棗先輩とお付き合いするようなことになったら、どう思いますか?」
煩悶の末に、オレは思い切って訊ねてみた。御影さんは目を丸くした後、暫し思案するように黙した。オレは喉元のものを嚥下して、彼の答えを待った。やがて、御影さんは、静かに口を開き、
「陽様がそのように望むのでしたら、私はそのご意思を尊重したいと思います」
頭を殴られたような衝撃があった。
「棗様は少々癖のあるお方ですが、決して根っからの悪人という訳でもございませんし、陽様に対する想いにも嘘はないものとお見受け致します。もしも本当の恋人関係を結ばれたのならば、陽様のことをきちんと大事にしてくださることでしょう」
「そっ……か」
ぽつりと返して、オレは曖昧な笑みで目を逸らした。
――あれ? 何でオレ、少しがっかりしてるんだろう。
気付いたら、また胸元を手で押さえていた。
自分で自分が分からなくて、残りの帰路はずっと心に靄が掛かったようだった。
◆◇◆
夕餉の時間帯、食堂に赴くと、そこには既に棗先輩が来ていた。オレを見て、ハッとしたように椅子から立ち上がる。
「ハルくん……!」
「こんばんは、棗先輩」
笑顔で挨拶したオレをじっと見据え、それから先輩は椅子に凭れかかるように頽れた。
「せ、先輩!? 大丈夫ですか!?」
具合でも悪いのだろうか。心配して問うと、彼は顔を押さえた両手指の隙間から、深く長い息と共に吐露した。
「良かった……嫌われて、避けられたりしたらどうしようかと思ってた」
「先輩……」
そんなことを不安に思っていたのか。オレの顔を見て安堵したように胸を撫で下ろす彼の様子に、何だか、心の脆い部分を掴まれたような気がした。
――この人、本当にオレのことが好きなんだ。
改めてそう実感させられて、胸がいっぱいになる。
「そりゃ、さすがに照れるというか……ちょっと顔を合わせにくい気持ちはありましたけど、別に嫌いになんかなりませんし、増してや避けたりなんてしませんよ。あっ、でも……お風呂は暫くは別々にしたいかもです。あ! 勿論、嫌だからとかそういうんじゃなくて!」
「分かってる」
一人で一気に捲し立てると、棗先輩に笑われてしまった。クスクスと小気味よい笑声が広い食堂内に響く。
「恥ずかしいからでしょ。あんなことがあった後だもんね。そうだね……暫くは別にしよう。ボクも、ついうっかりハルくんに手を出しちゃうかもしれないし」
「えっ!?」
「冗談だよ」
また笑われた。くそう……顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
「しっかりボクのことを意識してくれているようで、何より。だから、安心して。もう無茶な距離の詰め方はしないよ。これまで、ボク焦り過ぎてたよね。反省した。ハルくんのことも、振り回しちゃってごめん」
「先輩……」
「予定外だったとはいえ、結果オーライということで、ハルくんに気持ちを伝えられて良かったよ。これから納涼祭までの間、ハルくんに好きになって貰えるよう、ボク頑張るから。改めて、覚悟しててね」
しおらしく苦笑したと思いきや、最後には不敵な笑みでもって挑発してみせる。こういう所は、実に棗先輩らしい。
……そうだな。この人はオレなんかを好きだと言ってくれたんだ。キスの件然り、御影さんのことばかり考えてしまっていた自分が申し訳なくなる。
これからは、ちゃんと棗先輩のことを考えていこう。――そう心に決めて、胸の奥に蟠る不可解な焦燥からは目を逸らした。
あなたにおすすめの小説
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
2025/09/12 ★1000 Thank_You!!
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。