ハルくんは逃げ出したい。~男子校の姫になったらストーカー護衛からの溺愛が重すぎる!~

夜薙 実寿

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第49話 シルバーコレクターの危機!?

 廊下の掲示に記された数字を見た瞬間、あまりの衝撃に気が遠くなりかけた。

「陽様、大丈夫ですか?」

 背後から心配そうな御影さんの声がした。オレは振り返りもせず、ひたすらに目の前の張り紙現実と向き合っていた。
 ――15。
 何度見ても、その数字事実は変わらない。

「大丈夫じゃない」

 全くもって大丈夫じゃない。
 ぽつり零すと、途端、身体が宙に浮いた。

「それは、いけません! すぐに保健室までお連れ致しましょう!」
「っ!?  そこまでは、さすがに大丈夫ですから!」

 唐突なお姫様抱っこに、慌てふためくオレ。そこへ、横合いから不機嫌な声が掛かった。

「ちょっと、何してんの?」

 振り向くと、棗先輩が仁王立ちで御影さんを睨んでいた。後ろには、いつも通り巌隆寺さんも控えている。

「ハルくんが遅いから迎えに来てみれば……何、イチャイチャしてんの?」
「イチャ!?」
「陽様は心労のあまりお顔色が優れませんので、保健室までお運びするところだったのです」
「心労?」

 御影さんの返答に訝し気に小首を傾げてから、棗先輩は壁面に視線を遣り、合点が行った風に呟いた。

「ああ、中間テストの学年順位発表ね。何? 悪かったの?」

 どれどれ、と先輩は張り紙からオレの名前を探し出した。

「ハルくんは……15位か。何だ、そんなに悪くもないじゃん」
「――悪いんですよ」

 自分でも驚く程に低い声が出た。

「だってオレ、入試は2位だったし、中学までの学年順位も、いつも2位だったんですよ!? それが急にこんなに下がるなんて……奨学金も貰ってるのに」
「‪奨学金それに関しては、姫職の報酬で学費免除になってるから、問題ないでしょ‬」
「そういう問題じゃないんですよ! これじゃあ、家族に顔向けも出来ない!」

 とはいえ、こうなった原因には大いに心当たりがあった。
 ちらり、目線を上げると、御影さんの顔が至近距離で視界に飛び込んできた。元より凄みのある秀麗さだったが、この頃はいつにも増して輝いて見えてしまう。それはもう、キラキラと効果音が聞こえる程に。

「くっ!」

 あまりの眩しさに、目を逸らした。
 ――駄目だ、やっぱり意識してしまう。

 どうやらオレは、御影さんの好意にこれまで無自覚に依存していたらしい。
 御影さんがオレを好きでいてくれることに、安堵を覚えている。そうでないと、不安になる。
 この気持ちは、一体何なのか。そんなことを悶々と考えてしまい、この所勉学に全く身が入っていなかった。

 キス(というか人工呼吸)の時もそうだったけど、御影さんじゃなくてオレに告白してくれた棗先輩のことをちゃんと考えると決めたばかりなのに……気付いたら、思考は御影さんの方に引っ張られている。
 こんなんじゃ棗先輩にも申し訳ないし、こうして学業成績にも如実に影響が現れているとなると、到底このままではいけない。

「こうなったら、期末で取り返す! オレ、期末までの間、暫く勉強に集中します! 今から!」

 すると、棗先輩が面食らったように声を上げた。

「ええっ!? 待ってよ、今日はこれからボクの部屋でモンハム一緒にやろうって約束してたじゃん!?」
「すみません! 暫く一切の娯楽を封印することにします! 期末後にまたやりましょう!」
「えぇーっ」

 不服そうな棗先輩を巌隆寺さんが宥めるのを他所に、オレは一人気合を入れていた。


   ◆◇◆


 その日から、宣言通り勉強漬けの毎日が始まった。授業時間のみならず、就業前の朝、休み時間、帰宅後から就寝時間まで、隙あらば参考書を開いた。
 遊びの誘いは全てお断りし、寮室に缶詰状態となる。そうやって没頭することで、諸々の煩悶の余地を無くした。ある種の逃避行動とも言えよう。

 そんなある日のことだ。軽いノック音が静かな室内に響き渡った。
 夜間の来訪。誰かは見当がついている。

「どうぞ」

 入室を許可すると、「失礼致します」の挨拶の後、案の定御影さんが顔を出した。
 ふわりと鼻先をくすぐる、紅茶の香り。華やかなハーブに混じり合うようにして、爽やかな柑橘系の、これは……。

「アールグレイレモンティーです。気持ちを落ち着かせて、集中力も高めてくれますよ」

 答え合わせと共に、御影さんがトレイからティーカップを机に置いた。

「ありがとうございます」

 オレが夜間遅くまで勉強をしていると、御影さんは決まって夜食なりの差し入れを持って甲斐甲斐しく世話を焼きに来た。それというのも、

「このところ、頑張り過ぎでは? 勉学に精をお出しになるのは大変結構なことですが、無理して体調を崩してはいけません。あまり遅くなる前に、切り上げてお休みになられた方がよろしいかと」

 要はオレが心配らしい。申し訳ないとは思いつつ、その気持ちが嬉しかったりもして、困る。
 折角、頭から追い出そうとしているのに、御影さんはなかなかそれを許してくれない。

「大丈夫です。今日はここまでやっちゃいたいので。もう少ししたら寝ますんで」

 誤魔化し笑いを浮かべて弁明するも、御影さんの気遣わしげな視線は付いてくる。全てを見透かすような深い紫の瞳に射抜かれていると、どうにも落ち着かない。
 躱すように目を逸らしていると、不意に御影さんが話を切り出した。

「陽様、明日は日曜日ですよね。よろしければ、私とお出掛け致しませんか?」

 予想外の誘い。思わず御影さんの顔を見返した。

「え? でもオレ……」
「娯楽を封じて勉学に邁進なさろうとするのは、誠に尊いお考えだと思います。けれど、たまには息抜きも必要でしょう。あまり根を詰め過ぎては、身体よりも先に心が参ってしまうこともあるかもしれませんよ」
「それは、そうかもしれませんが……皆の誘いを散々断ってきたのに、それだと申し訳が立たないような……」
「でしたら、変装をして皆様に気付かれないよう、こっそりと抜け出しましょう。お忍びみたいでワクワク致しませんか?」
「まぁ、確かに……」

 そう聞くと、ちょっと楽しそうではある。
 それに何より、あまり御影さんを心配させ過ぎるのも悪いし、ここらで提案に乗って安心させてあげた方がいいような気もする。

「それでは、そういうことで。明日は一日、陽様の貴重なお時間を私に下さい。諸々の準備は私が致しますので、陽様は何もご心配要りません。どうか大船に乗ったつもりで、お任せ下さいませ」

 最後はやや強引に御影さんが話を纏めた。
 こうして、明日の日曜日、オレは御影さんとお忍びで外出することとなった。
 ていうか、これって……今度こそデートじゃ!?
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