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第65話 短冊に書けなかった願い事
「陽様、棗様は何と?」
再度の問いかけで、ハッとした。
いけない、御影さんに不審に思われてしまう。
「え、えっと……何か、二人とも用事が出来たから先に帰ったって」
「おや、そうでしたか。陽様はこの後、如何なさいますか? もし、お疲れのようでしたら……」
「ぜ、全然! 大丈夫です!」
思わず力いっぱい答えると、御影さんはキョトンとした後に、クスクスと微笑ましげに笑った。
「畏まりました。それでは、陽様がご満足なさるまで、今宵は納涼祭を楽しみましょう」
「は、はい……」
うぅ……何か、めちゃくちゃ祭りで浮かれてる子供みたいじゃんか! 恥ずかしい。
「まずは、お食事になさいますか? 棗様から託されたたこ焼きもございますよ」
「あ、そうですね! 食べましょう!」
御影さんの提案に、ホッとして乗る。
夏祭りデートとか言われたって、もうほとんどの屋台は見て回っちゃったし、この後一体何をすればいいのかと悩んでいたところだった。
ていうか、告白なんてしないって! 棗先輩が変なこと言うから、また変に意識しちゃうじゃん!?
ベンチに座って、渡された焼きそばに割箸を付ける。ふわりと立ち昇るソースの香が何とも食欲をそそり、一口含むとすぐに懐かしいような気持ちに包まれた。
「美味しい……」
「それは、ようございました」
漏らした感嘆に、御影さんが返した。
「ハッ、ていうか御影さん、何で立ったままなんですか!? 一緒に食べましょうよ!」
「ですが、私は陽様の護衛人ですので、主と食事を共にするなど……」
「何言ってるんですか、祭りの日くらい! 無礼講ですよ!」
さあ、座って! と、ベンチの隣をぺしぺし叩いて促し、半ば強引に御影さんを座らせる。恐縮しっぱなしの御影さんが何だか新鮮で、オレは少し楽しくなってきてしまった。
「ほら、こういうのは一緒に食べた方が美味しいでしょう!?」
「確かに……とても美味ですね」
「姫寮の一流シェフが作った食事も勿論美味しいんだけど、こういう屋台で買ったパサパサの安い焼きそばとかたこ焼きも、また違った良さがあるよな。その時その時で初めて食べる味の筈なのに、何でか懐かしいというか……風情があるというか」
「ふふっ、そうですね」
御影さんが目を細めて笑う。いつもの凛とした表情とも違う無邪気な笑顔に、不意打ちでキュンとしてしまう。
こうして隣に座って一緒に食事をしていると、物理的にも心理的にも何だか距離が近くなったように感じる。
もし、御影さんと同年代で対等な関係性だったなら、こんな感じだったのかもなって、思ったり。
そんな風に何の障壁も無かったなら……今頃本当に告白とか、してたんだろうか。
「あ、陽様、お口元に青のりが」
「え?」
ぼんやり考え事をしていると御影さんに声を掛けられた。反射的に、割箸を持ったまま手の甲で口元を拭う。
「いえ、そちら側ではなく……失礼致します」
不意に、御影さんの綺麗な顔が目前に迫り、心臓が破裂しそうに驚いた。白い手袋の指先が、オレの唇の横を優しく擦る。途端、ぞくりとした衝動が背骨を駆け抜けた。真剣な表情、夜と同じ色の紫水晶の瞳が、赤くなったオレを映し出す。
やがて、それは熱と共にすぐに離れていった。
「取れましたよ」
「あ、ああありがとうございます!」
うぉお落ち着け、オレ! こんな、古のラブコメとかでありそうな如何にもなシチュエーションで、今更こんな動揺してどうする!?
こんなんじゃ、ますます告白なんて出来やしないだろ!? ……いや、だからしないけど!
パニックでのぼせかけたオレを冷やすように、風が一陣、強く吹いた。次いでツッコミよろしく、顔面にぺしりと何か平たいものが張り付く。
「うわっ!? 何だ!?」
「陽様! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……」
隣で慌てる御影さんを宥めつつ、指先でそれを抓んで剥がす。パステルブル―の細長い紙片。そこに書かれた文字。――今年こそ、レギュラーになれますように?
「これ、短冊だ」
納涼祭は遅めの七夕祭りも兼ねているので、在学生には予め短冊が配られている。願いを書いたら各々場内に飾られた好きな笹に吊るすことになっているのだが、その内の一つが風に流されて、どこかから飛んできてしまったらしい。
「おや、こんな所にまで」
「大変だ! 後で笹に吊るし直しに行きましょう。このままだと、この人の願いが叶わなくなっちゃう」
「畏まりました。陽様はお優しいですね」
そう言って、微笑う御影さん。その視線があまりにも優しくて、何だかまた落ち着かなくなってしまう。
「いや、だって……普通じゃん?」
目を逸らして、言い訳じみた言葉を零す。以後何も言えなくなってしまったオレをフォローするように、彼は話題を変えた。
「陽様も短冊を書かれていましたよね。差し支えなければ、なんと書かれたのかお聞きしても?」
「んっと……何を願ったらいいのか分からなかったから、"皆の願いが叶いますように"って」
本当は、願い事が沢山あり過ぎて、決められなかっただけだ。
家族が健康でありますように。この先の学園生活が全部上手くいきますように。ミドリさんの計画が上手くいきますように。(これは叶った!)棗先輩が幸せになりますように。……それから。
ちらりと、隣の彼を横目で窺う。
――御影さんと、ずっと一緒に居られますように。
当の彼はオレの心中などいざ知らず、「陽様らしいですね」と、感心しきりに頷いている。
この人が思っているよりも、オレはずっと欲張りだ。
短冊に書けなかった願い事を胸中に並べては、己の浅ましさに苦笑した。
オレがこんなことを思ってるって知ったら、御影さんはどう感じるんだろう。
もしも嫌われたりしたら……と怖くなって、やっぱり伝えない方がいいなと思った。
温い夏の風が、香ばしいソースの香りをどこかへと運んでいった。
再度の問いかけで、ハッとした。
いけない、御影さんに不審に思われてしまう。
「え、えっと……何か、二人とも用事が出来たから先に帰ったって」
「おや、そうでしたか。陽様はこの後、如何なさいますか? もし、お疲れのようでしたら……」
「ぜ、全然! 大丈夫です!」
思わず力いっぱい答えると、御影さんはキョトンとした後に、クスクスと微笑ましげに笑った。
「畏まりました。それでは、陽様がご満足なさるまで、今宵は納涼祭を楽しみましょう」
「は、はい……」
うぅ……何か、めちゃくちゃ祭りで浮かれてる子供みたいじゃんか! 恥ずかしい。
「まずは、お食事になさいますか? 棗様から託されたたこ焼きもございますよ」
「あ、そうですね! 食べましょう!」
御影さんの提案に、ホッとして乗る。
夏祭りデートとか言われたって、もうほとんどの屋台は見て回っちゃったし、この後一体何をすればいいのかと悩んでいたところだった。
ていうか、告白なんてしないって! 棗先輩が変なこと言うから、また変に意識しちゃうじゃん!?
ベンチに座って、渡された焼きそばに割箸を付ける。ふわりと立ち昇るソースの香が何とも食欲をそそり、一口含むとすぐに懐かしいような気持ちに包まれた。
「美味しい……」
「それは、ようございました」
漏らした感嘆に、御影さんが返した。
「ハッ、ていうか御影さん、何で立ったままなんですか!? 一緒に食べましょうよ!」
「ですが、私は陽様の護衛人ですので、主と食事を共にするなど……」
「何言ってるんですか、祭りの日くらい! 無礼講ですよ!」
さあ、座って! と、ベンチの隣をぺしぺし叩いて促し、半ば強引に御影さんを座らせる。恐縮しっぱなしの御影さんが何だか新鮮で、オレは少し楽しくなってきてしまった。
「ほら、こういうのは一緒に食べた方が美味しいでしょう!?」
「確かに……とても美味ですね」
「姫寮の一流シェフが作った食事も勿論美味しいんだけど、こういう屋台で買ったパサパサの安い焼きそばとかたこ焼きも、また違った良さがあるよな。その時その時で初めて食べる味の筈なのに、何でか懐かしいというか……風情があるというか」
「ふふっ、そうですね」
御影さんが目を細めて笑う。いつもの凛とした表情とも違う無邪気な笑顔に、不意打ちでキュンとしてしまう。
こうして隣に座って一緒に食事をしていると、物理的にも心理的にも何だか距離が近くなったように感じる。
もし、御影さんと同年代で対等な関係性だったなら、こんな感じだったのかもなって、思ったり。
そんな風に何の障壁も無かったなら……今頃本当に告白とか、してたんだろうか。
「あ、陽様、お口元に青のりが」
「え?」
ぼんやり考え事をしていると御影さんに声を掛けられた。反射的に、割箸を持ったまま手の甲で口元を拭う。
「いえ、そちら側ではなく……失礼致します」
不意に、御影さんの綺麗な顔が目前に迫り、心臓が破裂しそうに驚いた。白い手袋の指先が、オレの唇の横を優しく擦る。途端、ぞくりとした衝動が背骨を駆け抜けた。真剣な表情、夜と同じ色の紫水晶の瞳が、赤くなったオレを映し出す。
やがて、それは熱と共にすぐに離れていった。
「取れましたよ」
「あ、ああありがとうございます!」
うぉお落ち着け、オレ! こんな、古のラブコメとかでありそうな如何にもなシチュエーションで、今更こんな動揺してどうする!?
こんなんじゃ、ますます告白なんて出来やしないだろ!? ……いや、だからしないけど!
パニックでのぼせかけたオレを冷やすように、風が一陣、強く吹いた。次いでツッコミよろしく、顔面にぺしりと何か平たいものが張り付く。
「うわっ!? 何だ!?」
「陽様! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……」
隣で慌てる御影さんを宥めつつ、指先でそれを抓んで剥がす。パステルブル―の細長い紙片。そこに書かれた文字。――今年こそ、レギュラーになれますように?
「これ、短冊だ」
納涼祭は遅めの七夕祭りも兼ねているので、在学生には予め短冊が配られている。願いを書いたら各々場内に飾られた好きな笹に吊るすことになっているのだが、その内の一つが風に流されて、どこかから飛んできてしまったらしい。
「おや、こんな所にまで」
「大変だ! 後で笹に吊るし直しに行きましょう。このままだと、この人の願いが叶わなくなっちゃう」
「畏まりました。陽様はお優しいですね」
そう言って、微笑う御影さん。その視線があまりにも優しくて、何だかまた落ち着かなくなってしまう。
「いや、だって……普通じゃん?」
目を逸らして、言い訳じみた言葉を零す。以後何も言えなくなってしまったオレをフォローするように、彼は話題を変えた。
「陽様も短冊を書かれていましたよね。差し支えなければ、なんと書かれたのかお聞きしても?」
「んっと……何を願ったらいいのか分からなかったから、"皆の願いが叶いますように"って」
本当は、願い事が沢山あり過ぎて、決められなかっただけだ。
家族が健康でありますように。この先の学園生活が全部上手くいきますように。ミドリさんの計画が上手くいきますように。(これは叶った!)棗先輩が幸せになりますように。……それから。
ちらりと、隣の彼を横目で窺う。
――御影さんと、ずっと一緒に居られますように。
当の彼はオレの心中などいざ知らず、「陽様らしいですね」と、感心しきりに頷いている。
この人が思っているよりも、オレはずっと欲張りだ。
短冊に書けなかった願い事を胸中に並べては、己の浅ましさに苦笑した。
オレがこんなことを思ってるって知ったら、御影さんはどう感じるんだろう。
もしも嫌われたりしたら……と怖くなって、やっぱり伝えない方がいいなと思った。
温い夏の風が、香ばしいソースの香りをどこかへと運んでいった。
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