72 / 101
第70話 密かな萌芽
緋色に染まる帰路。夕焼けの沈む海岸線を眺めながら歩いていると、前方に見知った後ろ姿を見つけた。
「あ」
東雲さんだ! オレは早速小走りで駆け寄って、声を掛けた。
「東雲さん!」
東雲さんは、少し驚いたように振り向いた。彼の手には近場のコンビニ袋が提げられている。どうやら、その寄り道のお蔭でタイミング良く会えたようだ。
「あの、先刻はありがとうございました。助けて頂いて」
ようやくお礼が言えて、ホッとした。しかし、東雲さんは、
「別に、あんたを助けた訳じゃない。他の客に迷惑だったから止めただけだ」
と、突き放すように言った。
――あ。
不快そうに眇められた目。拒絶するような視線に射抜かれて、心が瞬時に委縮した。
「そう、ですよね……すみません、オ……私、迷惑ばかり掛けてしまって……」
何を勘違いしていたんだろう。店長にああ言われたからって、勝手に相手のことを分かった気になって浮かれて。ミスばかりする上に騒ぎまで起こすような奴、同僚が快く思う訳がない。
己の不甲斐なさに落ち込んでいると、頭上から舌打ちが聞こえた。
「チッ」
「!」
ひぃっ! お、怒……ッ!?
顔を上げて窺うと、東雲さんはバツが悪そうにそっぽを向きながら、片手で頭を抱えていた。
――え?
「あー……違う。あんたを責めてる訳じゃない。迷惑って言ったのは、あいつらのことだ。その……言い方が悪かった」
たどたどしく、言葉を探すように視線を泳がせながら、言い募る彼。
「初日から何でも完璧に出来る奴なんて居ねーし、絡まれたのは完全に向こうの問題で、あんたのせいじゃねーし……とにかく、あんたが一所懸命なのは、見てりゃ分かるから……だから、その……」
――もしかして、励まそうとしてくれてる?
強面の彼がどこか必死に弁明する様に、オレは思わず……。
「ふっ」
「!?」
「あ、ごめん、笑っちゃって。馬鹿にしてるとかじゃなくて、ただ……店長の言った通りだったなって」
笑み零したオレにギョッとした東雲さんだったが、その言葉を聞いて怪訝そうに眉根を寄せた。
「店長が?」
「東雲さんは優しい人だって」
「はぁ!?」
思いっきり顔を顰める東雲さん。やはり仁王像のようで妙な迫力があるものの、今はもう、彼が怒っている訳ではないのだと分かる。
――そうだ。この人はきっと、不器用なだけだ。
「あの人、またそんな余計なことを……」
「すみません……オ、私、誤解してました。東雲さんのこと、最初は怖い人だと思ってて」
ちゃんと関わったことも無いのに、相手がどんな人か勝手に決めつけてしまうのは良くないことだと、棗先輩の時にも学んだはずだったのに……オレはまだまだだ。
オレが反省を示すと、東雲さんは目を丸くして、それからまた決まり悪げに前髪を搔き上げて舌打ちした。
「チッ……あー、いや、悪い……舌打ちは、言葉に詰まると出るっつーか……」
成程、当人にとっては吃音みたいなものなのか。
「とにかく、俺がこんなだから人を怖がらせちまう訳で、別にあんたが……日向が謝ることはねーよ」
「ふふっ」
「……なんだよ」
誤解していたオレを責めるでなく、フォローしてくれようとするなんて――。
「やっぱり、優しい人だなって」
何だか嬉しい気持ちになって、自然と頬が緩んだ。胸がぽかぽかと温かい。
潮風に誘われたウェーブロングの髪を、片手で耳に掛ける。波の音が刹那の静寂に響いた。
破顔するオレに気圧されるように、東雲さんが息を呑んだ――その時。
「陽様!」
聞き覚えのある……なんて、もんじゃない。この所、ずっと聞けてなくて聞きたかった声がオレの名を呼んだものだから、あまりに予想外な出来事にオレは瞬間頭が真っ白になって、ナメクジも斯くやという緩慢な動作で声の方向へと顔を振り向けた。そこには、やはり……。
「み、御影さん!?」
例の執事風燕尾服ではなく、紺の半袖カットソーに白のパンツというきれいめな私服を身に纏った彼が居た。
――どうして、ここに!?
「これは、奇遇ですね。私も少々海が見たくなりまして。まさか、陽様がこのような場所においでだとは」
「ハル、さま?」
疑問符を投げかけてきたのは、東雲さんだ。彼は突然の第三者の登場に目を白黒させている。その反応を見て、オレは現在自分の置かれている状況を思い出した。
「あ、あー! ほら、あだ名! 陽葵の陽は〝はる〟とも読むでしょ!? だから、そう!」
「お、おう……つーか、誰?」
「え、えっと、おに……お兄ちゃん! その……親戚筋の! お兄ちゃん、みたいな人!? っていうか、そんな感じ!」
「……ふぅん?」
我ながらあまりにも苦しい言い訳だと思うが、それでも東雲さんは一応は納得してくれたようだった。
「それで、陽様、こちらの方は?」
今度は御影さんが訊いてきた。
「バイト先の同僚の東雲さん! オ……私、今、海の家でバイトしてて!」
女装なのは事情を察してくれ! どうか、今はツッコまないでいてくれ!
必死に心中で訴えかけるオレを余所に、御影さんは飄々とした態度で東雲さんに笑み掛ける。
「さようでございますか。それは、それは。陽様のことを、どうぞよろしくお願い致します。陽様は何分このように愛らしいものですから、蜜に群がる虫の如く不埒な輩に目を付けられやすくて……東雲さん、でしたか? 貴方がそうでないことを願いますよ」
紫電の瞳が、一瞬妖しげな紅を帯びる。その鋭い光に気付いているのか否か、東雲さんは困惑したように「……はぁ」と生返事を零した。
オレは慌てて二人の間に割って入った。
「御影さん! もう、失礼だから! すみません、東雲さん」
「……いや」
「そのっ、じゃあオレ、いや私! この人と積もる話もあるので! また!」
「……ああ。気を付けて帰れよ」
御影さんの腕に両腕を絡めて、ぐいぐいと引き剥がす。不自然な笑顔と共に暇を告げて、オレはそのまま同僚を置いて帰路とは反対の道を進んだ。
「あ」
東雲さんだ! オレは早速小走りで駆け寄って、声を掛けた。
「東雲さん!」
東雲さんは、少し驚いたように振り向いた。彼の手には近場のコンビニ袋が提げられている。どうやら、その寄り道のお蔭でタイミング良く会えたようだ。
「あの、先刻はありがとうございました。助けて頂いて」
ようやくお礼が言えて、ホッとした。しかし、東雲さんは、
「別に、あんたを助けた訳じゃない。他の客に迷惑だったから止めただけだ」
と、突き放すように言った。
――あ。
不快そうに眇められた目。拒絶するような視線に射抜かれて、心が瞬時に委縮した。
「そう、ですよね……すみません、オ……私、迷惑ばかり掛けてしまって……」
何を勘違いしていたんだろう。店長にああ言われたからって、勝手に相手のことを分かった気になって浮かれて。ミスばかりする上に騒ぎまで起こすような奴、同僚が快く思う訳がない。
己の不甲斐なさに落ち込んでいると、頭上から舌打ちが聞こえた。
「チッ」
「!」
ひぃっ! お、怒……ッ!?
顔を上げて窺うと、東雲さんはバツが悪そうにそっぽを向きながら、片手で頭を抱えていた。
――え?
「あー……違う。あんたを責めてる訳じゃない。迷惑って言ったのは、あいつらのことだ。その……言い方が悪かった」
たどたどしく、言葉を探すように視線を泳がせながら、言い募る彼。
「初日から何でも完璧に出来る奴なんて居ねーし、絡まれたのは完全に向こうの問題で、あんたのせいじゃねーし……とにかく、あんたが一所懸命なのは、見てりゃ分かるから……だから、その……」
――もしかして、励まそうとしてくれてる?
強面の彼がどこか必死に弁明する様に、オレは思わず……。
「ふっ」
「!?」
「あ、ごめん、笑っちゃって。馬鹿にしてるとかじゃなくて、ただ……店長の言った通りだったなって」
笑み零したオレにギョッとした東雲さんだったが、その言葉を聞いて怪訝そうに眉根を寄せた。
「店長が?」
「東雲さんは優しい人だって」
「はぁ!?」
思いっきり顔を顰める東雲さん。やはり仁王像のようで妙な迫力があるものの、今はもう、彼が怒っている訳ではないのだと分かる。
――そうだ。この人はきっと、不器用なだけだ。
「あの人、またそんな余計なことを……」
「すみません……オ、私、誤解してました。東雲さんのこと、最初は怖い人だと思ってて」
ちゃんと関わったことも無いのに、相手がどんな人か勝手に決めつけてしまうのは良くないことだと、棗先輩の時にも学んだはずだったのに……オレはまだまだだ。
オレが反省を示すと、東雲さんは目を丸くして、それからまた決まり悪げに前髪を搔き上げて舌打ちした。
「チッ……あー、いや、悪い……舌打ちは、言葉に詰まると出るっつーか……」
成程、当人にとっては吃音みたいなものなのか。
「とにかく、俺がこんなだから人を怖がらせちまう訳で、別にあんたが……日向が謝ることはねーよ」
「ふふっ」
「……なんだよ」
誤解していたオレを責めるでなく、フォローしてくれようとするなんて――。
「やっぱり、優しい人だなって」
何だか嬉しい気持ちになって、自然と頬が緩んだ。胸がぽかぽかと温かい。
潮風に誘われたウェーブロングの髪を、片手で耳に掛ける。波の音が刹那の静寂に響いた。
破顔するオレに気圧されるように、東雲さんが息を呑んだ――その時。
「陽様!」
聞き覚えのある……なんて、もんじゃない。この所、ずっと聞けてなくて聞きたかった声がオレの名を呼んだものだから、あまりに予想外な出来事にオレは瞬間頭が真っ白になって、ナメクジも斯くやという緩慢な動作で声の方向へと顔を振り向けた。そこには、やはり……。
「み、御影さん!?」
例の執事風燕尾服ではなく、紺の半袖カットソーに白のパンツというきれいめな私服を身に纏った彼が居た。
――どうして、ここに!?
「これは、奇遇ですね。私も少々海が見たくなりまして。まさか、陽様がこのような場所においでだとは」
「ハル、さま?」
疑問符を投げかけてきたのは、東雲さんだ。彼は突然の第三者の登場に目を白黒させている。その反応を見て、オレは現在自分の置かれている状況を思い出した。
「あ、あー! ほら、あだ名! 陽葵の陽は〝はる〟とも読むでしょ!? だから、そう!」
「お、おう……つーか、誰?」
「え、えっと、おに……お兄ちゃん! その……親戚筋の! お兄ちゃん、みたいな人!? っていうか、そんな感じ!」
「……ふぅん?」
我ながらあまりにも苦しい言い訳だと思うが、それでも東雲さんは一応は納得してくれたようだった。
「それで、陽様、こちらの方は?」
今度は御影さんが訊いてきた。
「バイト先の同僚の東雲さん! オ……私、今、海の家でバイトしてて!」
女装なのは事情を察してくれ! どうか、今はツッコまないでいてくれ!
必死に心中で訴えかけるオレを余所に、御影さんは飄々とした態度で東雲さんに笑み掛ける。
「さようでございますか。それは、それは。陽様のことを、どうぞよろしくお願い致します。陽様は何分このように愛らしいものですから、蜜に群がる虫の如く不埒な輩に目を付けられやすくて……東雲さん、でしたか? 貴方がそうでないことを願いますよ」
紫電の瞳が、一瞬妖しげな紅を帯びる。その鋭い光に気付いているのか否か、東雲さんは困惑したように「……はぁ」と生返事を零した。
オレは慌てて二人の間に割って入った。
「御影さん! もう、失礼だから! すみません、東雲さん」
「……いや」
「そのっ、じゃあオレ、いや私! この人と積もる話もあるので! また!」
「……ああ。気を付けて帰れよ」
御影さんの腕に両腕を絡めて、ぐいぐいと引き剥がす。不自然な笑顔と共に暇を告げて、オレはそのまま同僚を置いて帰路とは反対の道を進んだ。
あなたにおすすめの小説
処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる
猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。
しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。
当然そんな未来は回避したい。
原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。
さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……?
平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。
ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
穏やかに生きたい(隠れ)夢魔の俺が、癖強イケメンたちに執着されてます。〜平穏な学園生活はどこにありますか?〜
春凪アラシ
BL
「平穏に生きたい」だけなのに、
癖強イケメンたちが俺を狙ってくるのは、なぜ!?
トラブルを避ける為、夢魔の血を隠して学園生活を送るフレン(2年)。
彼は見た目は天使、でも本人はごく平凡に過ごしたい穏健派。
なのに、登校初日から出会ったのは最凶の邪竜後輩(1年)!?
他にも幼馴染で完璧すぎる優等生騎士(3年)に、不良だけど面倒見のいい悪友ワーウルフ(同級生)まで……なぜか異種族イケメンたちが次々と接近してきて――
運命の2人を繋ぐ「刻印制度」なんて知らない!
恋愛感情もまだわからない!
それでも、騒がしい日々の中で、少しずつ何かが変わっていく。
個性バラバラな異種族イケメンたちに囲まれて、フレンの学園生活は今日も波乱の予感!?
甘くて可笑しい、そして時々執着も見え隠れする
愛され体質な主人公の青春ファンタジー学園BLラブコメディ!
月、水、金、日曜日更新予定!(番外編は更新とは別枠で不定期更新)
基本的にフレン視点、他キャラ視点の話はside〇〇って表記にしてます!