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EX この感情の名を、俺はまだ知らない。

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 魔王アークが死んだ。
 人間を守る為。大臣達に単身立ち向かい、命を落とした。

 だが、彼は脅威となっていた魔導兵器を破壊してくれた。その隙を突いて魔王城に乗り込み、人類滅亡計画の影の参謀者たる大臣達を捕えることが出来た。――戦は、終わったのだ。

 人間と魔族、異種族間での怨恨はそう簡単には断ち切れないだろう。それでも、次代への平和の礎は築けた。
 いつか、人と魔族の双方が、どちらも侵し侵されることもなく、手を取り合って共に歩める日が来ることを……俺は願っている。

 祝杯が上がる。永きの争いの末に、訪れた平穏の一日に。皆が歓び、歌を歌う。恋人達が愛を語らい、家族が互いを慈しんで、身を寄せ合う。
 この待ち侘びた、幸福の景色の中に――何故、お前が居ない。

 この景色をもたらしたのは、魔王、お前だ。
 お前が命を賭して、我々に与えてくれた平和なのだ。
 それなのに、何故……最も讃えられるべき功労者が、ここに居ない。

「……お前にも、この光景を見せたかった」

 呟く声は、誰の耳にも届かない。
 足元の粗末な墓石を見下ろす。

 魔王の墓は、街を一望する丘の上に建てた。そこならば、お前にもこの平和の景色が見られると思ったからだ。
 墓石には、名前が刻まれていない。人間の中には、魔王の真実を知らず、恨みを抱く者もいる。……刻めなかったのだ。

 だが俺は、絶対にお前を忘れない。
 たった一人、己の正義を貫き、闘った――勇敢な魔王を。

 花を供える。今朝、庭にひっそりと咲いた、どこかお前に似た小さく可憐な紫の花だ。
 花に似ているなどと言ったら、きっとお前は怒るだろうが。

「――約束は、必ず果たす」

 それだけ告げると、足を踏み出した。立ち止まっている暇はない。やるべきことは、まだ山のように残っているのだ。
 ……それでも、時折ここを訪れることを、許して欲しい。

 腕の中で、お前の命が零れいくあの感覚が、今尚残っている。
 家族が居ないと、お前は言った。お前の横顔には、いつも孤独の影があった。
 ふざけるな、と思った。孤独のまま、逝かせてたまるか。
 お前はまだ、色々なことに気が付いたばかりなのだ。この世界に、新たに生まれ落ちたも同然だったのだ。
 これから、沢山の歓びを知るはずだった。それを――。

 胸を抉るような痛みに、あの日、俺は誓った。
 来世でもきっと、お前を見つけ出す。そうして、今度こそ、独りにはさせないと。
 その横顔に浮かぶ孤独の影など、俺が吹き飛ばしてしまおう。

 だから、待っていろ、魔王。お前がどれ程鬱陶しがろうと、俺はお前の傍に行く。
 そして――今度こそ、お前を離さない。


  ◆◇◆


 いつもの夢で目が覚めた。前世の、俺の記憶。
 決意は、今尚失われていない。

 生まれ変わったお前を、無事に見つけ出すことに成功はしたが(まさか、女子になっていたとは驚いたが)、お前の横顔には、相変わらず孤独の影があった。

 だから、俺は今日もお前に挑もう。お前が、馬鹿馬鹿しい、と笑えるように。
 表情に疎いお前の、心からの真の笑顔を――いつか、見られるように。
 何度でも、何度でも。

「頼もう! 魔王、勝負だ!」


【了】
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