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第2章 病棟に蠢く黒い影
第7話 出口の無い環状線
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まりあは、思わずシフォンと顔を見合せた。
(わたしと同じくらいの、光る女の子)
「もしかして、わたし以外にも生きた子が迷い込んでる?」
「どうだろう……そんな話、神様からは聞いてないよ」
シフォンは難しげに鼻を鳴らした。まりあはクラウンに先程と同じ質問を投げ掛けてみる。
「その子をどこで見たの?」
「学校だヨォ。小さい子供の霊が居たりするカラ、よく〝一人サーカス団〟の公演に赴くんだケド、その時に見掛けたんだヨネェ。声を掛けたら、逃げられちゃった」
「学校……この世界にもあるんだ」
「様々な人の思い出の詰まった場所だろうからね。まりあ、どうするの?」
シフォンに問われて、まりあは即答した。
「行ってみよう。もし、わたし以外にも同じように迷い込んじゃった子が居て、その子が一人きりだったなら、きっと今頃不安で仕方ないと思う」
自分にはシフォンが居たから良かったけれど、そうでなかったらと考えるとゾッとする。出来ることなら、その子の力になりたい。
そんなまりあの主張に、シフォンは苦笑したようだった。
「まりあは優しいね。ぼくとしては、他人のことよりも自分のことだけを優先して欲しいところだけれども。それがまりあの美点でもあるから、止められないかな」
「ちゃんと自分のことも考えてるよ。学校なら、きっとわたしの記憶の欠片もあるんじゃないかな。わたしも小学校に通ってたはずだもん」
その辺の記憶はまだ曖昧だが、通学していたという認識だけは何となく残っている。だから、学校に行くのはまりあ自身の為にもなると思った。
そう聞かせると、シフォンもようやく納得したらしい。
「そうだね。どの道他に手掛かりは無いし、次の目的地は学校にしようか」
まりあが愛犬に頷きを返すと、横からクラウンが勇んで告げた。
「そうと決まれば、ボクが道案内するヨォ」
「ありがとう、クラウン。でも、その前にそれ……大丈夫なの?」
まりあは恐る恐る目顔でクラウンの切断された腕を示す。やはり血の出ている様子は無いが、痛みも無いのだろうか。当の本人は、至ってケロリとしている。
「これ? ヘーキだヨォ。このくらい、ドクターに縫い付けてもらえればすぐに治るしィ」
「ドクター? お医者さんが居るの? それなら、先にそっちに寄ろう」
まりあの新たな提案に、シフォンは仰天、声を引っくり返らせた。
「まりあ!? 何言ってるの!? あまり寄り道してる時間は無いかもしれないんだよ!?」
「だけど、このままにはしておけないよ。わたしを庇ったせいだし、見てるだけで痛そうだし……」
「痛くはないヨォ」
「ほら、痛くないんだって!」
「でも、もしおばけに襲われた時、クラウンの両腕が使えた方がわたし達も助かるんじゃないかな」
シフォンが「ぐっ……」と言葉に詰まる。愛犬の分かりやすい反応に、まりあは表情を和ませた。
「決まりだね」
◆◇◆
遊園地の中には、駅が存在していた。園内に張り巡らされた鉄道を列車でぐるりと一周して景色を楽しむ為のアトラクション……と思われるが、それだけでは終わらない。そのまま遊園地の門外へと飛び出していき、おばけの国を全て巡るのだという。
行きも帰りもこれ一本。ぐるぐると同じ所を回り続ける環状線の形態は、出口の無いこの世界の象徴のようだ。
「町へ行くにはこれが一番早いヨ。歩きだとどのくらい掛かるか分からない上に、道中危険だしネ」
得意げに語りながら駅へと先導するクラウンに対し、まりあは不安げに足を止めて訊ねた。
「ねぇ、これ、本当に大丈夫かな?」
ひらり両腕を広げて示したのは、彼女が現在身に纏っているフード付きの白いポンチョだ。胴体部分にコミカルにデフォルメされたおばけの顔が描かれている。生命の光を隠す為に遊園地の土産物コーナーで仕入れてきたものだが、足は出ているし、フードの下は素顔だし、おまけに布の内側からも光が漏れているしで、あまり上手に隠せているとは言えない。
尚、ついでに靴も拝借してきた為、まりあはようやく裸足から開放されていた。
「大丈夫だよ。可愛いよ、まりあ」と応じたのは、シフォン。
「そうじゃなくって……こんなんじゃ、すぐバレそうだけど」
「大丈夫だヨォ。ハロウィンだしィ。光るおばけの仮装だと思って貰えるヨォ」クラウンはあくまでも楽天的だ。
「ここのおばけ達も仮装するの?」
このようなグッズが置いてあるということはそういうことなのだろうが、果たしてそれは意味があるのだろうか。憮然とした表情を浮かべるまりあに、クラウンは続けて言った。
「やっぱり、着ぐるみの方が良かったカナ? ナイトベアのサイズが合えば良かったんだケド」
「サイズが合ってもナイトベアは着ないよ。動くんだもん」
ふと、地面に振動を感じた。地響きのような低い唸りが徐々に増大していき、金属製の線路が悲鳴じみた軋みを上げる。
「あ、電車が来るよ」
シフォンの言う通り、レールの上を滑るように長方形の列車が走って来るのが見えた。まりあは儘よと覚悟を決めて、一人と一匹と共に開きっ放しの無人改札を抜け、ホームへと急いだ。
駅員も居なければ切符を購入する必要も無かった。土産物コーナーでもそうだったのだが、おばけの世界では通貨を使用する商売というものは存在しないのかもしれない。
幸い皆の注意は列車の方へと向いていた為、まりあの光に目を止める者も居なかった。他の乗客達に紛れて、到着した車両に乗り込む。
(おばけの国の電車なら、車両自体がモンスターだったりするのかなと思ってたけど)
なんてことはない、見た目はごく普通のそれだった。
車内は三割ほどが乗客で埋まっている。駅を利用するだけの知性がまだ残っている人々とあって、比較的形状が人型に近い者が多い。
そんな中、人間大の猿の姿をした亡者と目が合った。感情を宿さない暗い穴のような瞳で、逸らすことなく一直線にまりあのことを見つめてくる。
(もしかして、バレた?)
背筋に厭な汗が伝う。
身を強張らせていると、クラウンが視線から庇うように彼女の前に立った。大丈夫だと言う風に素顔の半面に柔和な笑みを刻んで見せる。まりあがひとまず胸を撫で下したところで、列車がホームを発った。
◆◇◆
明るいネオンの遊園地から離れると、忽ち列車の周囲は暗闇に包まれた。それでも夜空には紅い満月が昇っているので、全く何も見えないということはない。何処かに記憶の欠片の光が有りやしないかと注意深く窓の外に目を凝らしていたまりあは、ある物を目撃した。
だだっ広い荒野に立つ、無数の墓石。石の大きさも形も様々で、きちんと切り出して建てられたというよりは大部分有り物で済ませたような、投げやりな印象を受ける集合墓地だった。
まりあの口から、素朴な疑問が漏れる。
「おばけは死なないのに、お墓があるの?」
「自我と理性を完全に失って暴れるだけになったヒト達を、身動きが取れないようにして埋めておくんだヨォ。彼らは他の住人達にとっても迷惑になっちゃうからネェ」
ナイトベアもそろそろここの仲間入りカナァ、と思案げにマスクの顎を摩りながら、クラウンが答えた。
「そうなんだ……」
まりあの脳裏を過ぎったのは、哀れな毛皮だけになってしまった紫の熊の姿だった。彼は、驚くべきことにあの状態でもまだ意識があった。己の手足を穿つ短剣を外そうと、風も無いのに元気に毛皮を撓ませていたのだ。
元々が死者なのだから、どんな状態になってもこれ以上死ぬことは無い。土に埋められても安らかに眠ることさえも許されないのだ。それが罪人である彼らに与えられた罰なのだとしも、いくら何でも惨たらしい。
「まりあ、あまり考え過ぎちゃダメだよ」
彼女の心中を察したのだろう、シフォンが気遣わしげに声を掛けた。
まりあは無言で微笑み返したが、この世界に流された亡者達の末路を想うと、気分が塞ぐのはどうにもならなかった。
(わたしと同じくらいの、光る女の子)
「もしかして、わたし以外にも生きた子が迷い込んでる?」
「どうだろう……そんな話、神様からは聞いてないよ」
シフォンは難しげに鼻を鳴らした。まりあはクラウンに先程と同じ質問を投げ掛けてみる。
「その子をどこで見たの?」
「学校だヨォ。小さい子供の霊が居たりするカラ、よく〝一人サーカス団〟の公演に赴くんだケド、その時に見掛けたんだヨネェ。声を掛けたら、逃げられちゃった」
「学校……この世界にもあるんだ」
「様々な人の思い出の詰まった場所だろうからね。まりあ、どうするの?」
シフォンに問われて、まりあは即答した。
「行ってみよう。もし、わたし以外にも同じように迷い込んじゃった子が居て、その子が一人きりだったなら、きっと今頃不安で仕方ないと思う」
自分にはシフォンが居たから良かったけれど、そうでなかったらと考えるとゾッとする。出来ることなら、その子の力になりたい。
そんなまりあの主張に、シフォンは苦笑したようだった。
「まりあは優しいね。ぼくとしては、他人のことよりも自分のことだけを優先して欲しいところだけれども。それがまりあの美点でもあるから、止められないかな」
「ちゃんと自分のことも考えてるよ。学校なら、きっとわたしの記憶の欠片もあるんじゃないかな。わたしも小学校に通ってたはずだもん」
その辺の記憶はまだ曖昧だが、通学していたという認識だけは何となく残っている。だから、学校に行くのはまりあ自身の為にもなると思った。
そう聞かせると、シフォンもようやく納得したらしい。
「そうだね。どの道他に手掛かりは無いし、次の目的地は学校にしようか」
まりあが愛犬に頷きを返すと、横からクラウンが勇んで告げた。
「そうと決まれば、ボクが道案内するヨォ」
「ありがとう、クラウン。でも、その前にそれ……大丈夫なの?」
まりあは恐る恐る目顔でクラウンの切断された腕を示す。やはり血の出ている様子は無いが、痛みも無いのだろうか。当の本人は、至ってケロリとしている。
「これ? ヘーキだヨォ。このくらい、ドクターに縫い付けてもらえればすぐに治るしィ」
「ドクター? お医者さんが居るの? それなら、先にそっちに寄ろう」
まりあの新たな提案に、シフォンは仰天、声を引っくり返らせた。
「まりあ!? 何言ってるの!? あまり寄り道してる時間は無いかもしれないんだよ!?」
「だけど、このままにはしておけないよ。わたしを庇ったせいだし、見てるだけで痛そうだし……」
「痛くはないヨォ」
「ほら、痛くないんだって!」
「でも、もしおばけに襲われた時、クラウンの両腕が使えた方がわたし達も助かるんじゃないかな」
シフォンが「ぐっ……」と言葉に詰まる。愛犬の分かりやすい反応に、まりあは表情を和ませた。
「決まりだね」
◆◇◆
遊園地の中には、駅が存在していた。園内に張り巡らされた鉄道を列車でぐるりと一周して景色を楽しむ為のアトラクション……と思われるが、それだけでは終わらない。そのまま遊園地の門外へと飛び出していき、おばけの国を全て巡るのだという。
行きも帰りもこれ一本。ぐるぐると同じ所を回り続ける環状線の形態は、出口の無いこの世界の象徴のようだ。
「町へ行くにはこれが一番早いヨ。歩きだとどのくらい掛かるか分からない上に、道中危険だしネ」
得意げに語りながら駅へと先導するクラウンに対し、まりあは不安げに足を止めて訊ねた。
「ねぇ、これ、本当に大丈夫かな?」
ひらり両腕を広げて示したのは、彼女が現在身に纏っているフード付きの白いポンチョだ。胴体部分にコミカルにデフォルメされたおばけの顔が描かれている。生命の光を隠す為に遊園地の土産物コーナーで仕入れてきたものだが、足は出ているし、フードの下は素顔だし、おまけに布の内側からも光が漏れているしで、あまり上手に隠せているとは言えない。
尚、ついでに靴も拝借してきた為、まりあはようやく裸足から開放されていた。
「大丈夫だよ。可愛いよ、まりあ」と応じたのは、シフォン。
「そうじゃなくって……こんなんじゃ、すぐバレそうだけど」
「大丈夫だヨォ。ハロウィンだしィ。光るおばけの仮装だと思って貰えるヨォ」クラウンはあくまでも楽天的だ。
「ここのおばけ達も仮装するの?」
このようなグッズが置いてあるということはそういうことなのだろうが、果たしてそれは意味があるのだろうか。憮然とした表情を浮かべるまりあに、クラウンは続けて言った。
「やっぱり、着ぐるみの方が良かったカナ? ナイトベアのサイズが合えば良かったんだケド」
「サイズが合ってもナイトベアは着ないよ。動くんだもん」
ふと、地面に振動を感じた。地響きのような低い唸りが徐々に増大していき、金属製の線路が悲鳴じみた軋みを上げる。
「あ、電車が来るよ」
シフォンの言う通り、レールの上を滑るように長方形の列車が走って来るのが見えた。まりあは儘よと覚悟を決めて、一人と一匹と共に開きっ放しの無人改札を抜け、ホームへと急いだ。
駅員も居なければ切符を購入する必要も無かった。土産物コーナーでもそうだったのだが、おばけの世界では通貨を使用する商売というものは存在しないのかもしれない。
幸い皆の注意は列車の方へと向いていた為、まりあの光に目を止める者も居なかった。他の乗客達に紛れて、到着した車両に乗り込む。
(おばけの国の電車なら、車両自体がモンスターだったりするのかなと思ってたけど)
なんてことはない、見た目はごく普通のそれだった。
車内は三割ほどが乗客で埋まっている。駅を利用するだけの知性がまだ残っている人々とあって、比較的形状が人型に近い者が多い。
そんな中、人間大の猿の姿をした亡者と目が合った。感情を宿さない暗い穴のような瞳で、逸らすことなく一直線にまりあのことを見つめてくる。
(もしかして、バレた?)
背筋に厭な汗が伝う。
身を強張らせていると、クラウンが視線から庇うように彼女の前に立った。大丈夫だと言う風に素顔の半面に柔和な笑みを刻んで見せる。まりあがひとまず胸を撫で下したところで、列車がホームを発った。
◆◇◆
明るいネオンの遊園地から離れると、忽ち列車の周囲は暗闇に包まれた。それでも夜空には紅い満月が昇っているので、全く何も見えないということはない。何処かに記憶の欠片の光が有りやしないかと注意深く窓の外に目を凝らしていたまりあは、ある物を目撃した。
だだっ広い荒野に立つ、無数の墓石。石の大きさも形も様々で、きちんと切り出して建てられたというよりは大部分有り物で済ませたような、投げやりな印象を受ける集合墓地だった。
まりあの口から、素朴な疑問が漏れる。
「おばけは死なないのに、お墓があるの?」
「自我と理性を完全に失って暴れるだけになったヒト達を、身動きが取れないようにして埋めておくんだヨォ。彼らは他の住人達にとっても迷惑になっちゃうからネェ」
ナイトベアもそろそろここの仲間入りカナァ、と思案げにマスクの顎を摩りながら、クラウンが答えた。
「そうなんだ……」
まりあの脳裏を過ぎったのは、哀れな毛皮だけになってしまった紫の熊の姿だった。彼は、驚くべきことにあの状態でもまだ意識があった。己の手足を穿つ短剣を外そうと、風も無いのに元気に毛皮を撓ませていたのだ。
元々が死者なのだから、どんな状態になってもこれ以上死ぬことは無い。土に埋められても安らかに眠ることさえも許されないのだ。それが罪人である彼らに与えられた罰なのだとしも、いくら何でも惨たらしい。
「まりあ、あまり考え過ぎちゃダメだよ」
彼女の心中を察したのだろう、シフォンが気遣わしげに声を掛けた。
まりあは無言で微笑み返したが、この世界に流された亡者達の末路を想うと、気分が塞ぐのはどうにもならなかった。
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