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第2章 病棟に蠢く黒い影
第8話 おばけの町のお医者さん
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鉄道の旅は穏やかに過ぎた。途中、霧に覆われた長閑な日本の田園風景が広がる〝絶対に降りてはいけない駅〟(クラウン談)を通り過ぎたり、木々が動き回る所為で徒歩だと必ず道を見失う〝迷いの森〟を通ったりなどして、最終的に辿り着いたのは、意外や高層ビル群に囲まれた現代都市だった。
「ココだヨ」
「何か……思ってたのと違うっていうか、すごく近代的」
おばけの町というからには、まりあはハロウィンイラストで見るような、おどろおどろしい昔の西洋の町並みなんかを想像していた。
「ここの景色は、見る人によって違うらしいヨォ。それぞれ自分に馴染みのある故郷の風景に見えるんだってサ」
「そうなんだ」
周囲が都会風な為か、単線なのに駅舎もそれなりの大きさに見える。しかし、これもまりあの目にだけそう映っているのかもしれない。ここではどんな奇妙なことが起こるか分からない。警戒を強めながら町に出た。
駅前通りは、おばけでごった返していた。歩行者天国、スクランブル交差点。頭上にはカボチャ提灯がずらりと列を成し、空中を飛び回るコウモリや魔女達が時折ぶつかっては、揺れたり落下したり。
聴こえてくるのは、調子っぱずれな半音進行の曲。紫とオレンジに彩られたビル群、愉快気に踊る骸骨の映像が流れる巨大スクリーン。
Happy Halloween! Happy Halloween! 喧騒の中を歓喜に喚きたてながら、地上では様々なおばけ達が練り歩く。何処へ向かうでもない、目的も無く歩くことこそが目的といった風に。それはさながら、百鬼夜行だった。
あまりに賑やかな光景に、まりあは圧倒されて立ち尽くした。
「ここでも、ハロウィンの仮装行列するんだね」
「ハロウィンの時期は、運が良ければ自分達も元の世界に帰れるかもしれないからネェ。ここの住人達にとっては、一番重要なイベントなんだヨォ。もっとも、ハロウィン以外を祝う習慣は特に無いんだケドネ」
そこへ、何を思ってか列を離れてこちらに近付いてくる者が居た。青白い肌に尖った耳。真っ赤な瞳の、吸血鬼伯爵じみた黒マントの男性だ。
「Trick or Treat?」
血のような液体の入ったワイングラスを片手に、彼はクラウンの切断された腕を指した。クラウンは小首を傾げ、腕をワイングラスの上で絞ってみせたが、残念ながら血の一滴も出て来はしなかった。
「ごめんネ。これで許シテ」
ポケットから赤いセロファンに包まれた如何にもなキャンディを取り出して、クラウンは吸血鬼に渡した。吸血鬼はそれを無言で見つめた後、不服だったのだろうか、クラウンの後ろに身を隠していたまりあへと突き出した。
「えっ?」
キョトンとする彼女に、吸血鬼は繰り返す。「Trick or Treat?」さあ、言ってごらん。そう促すように。
「と、とりっくおあとりーと?」
戸惑いがちにまりあが返すと、吸血鬼は鋭い牙を覗かせて満面の笑みを湛えて見せた。押し付けるようにキャンディをまりあの手に握らせ、それで満足したのか身を翻して列の中へと戻っていく。
「何だ、あれ」シフォンが呆れたように呟いた。
まりあはキャンディの扱いに困り、試しにセロファンを開いてみた。血管の筋がやけにリアルな眼球型の飴がコロリと飛び出してきて、喉からひゅっと息が漏れた。
「いちごみるく味だヨ」クラウンが呑気に告げる。
「そんな変な物食べちゃダメだよ、まりあ」母親じみたお小言をくれたのはシフォンだ。
まりあはげんなりしながら目玉キャンディを包み直し、ポンチョの裏ポケットにしまいこんだ。
「美味しいのにナァ」唇を尖らせるクラウンに、
「そんなことより、早く目的地へ向かおうよ」と、シフォンが催促した。
「そうだネェ。学校も病院も駅から離れた所にあるカラ、ここから結構歩くヨォ」
クラウンに導かれ、先を目指す。百鬼夜行の群れの傍を通る時は緊張したが、誰もまりあの生命の光に言及してはこなかった。クラウンの言うように仮装だと思ってくれているのか、単純にヒトの多さに紛れているのか。
彼らをやり過ごして駅前通りを抜けると、次第に音も人気も薄れていく。賑わう商店街から閑静な住宅地へ、都会然とした景色が下町じみた風情に移ろいゆく中、一行は只管歩を進めた。お目当ての病院は、すっかり寂れた町外れの一角にあった。
大きくも小さくもない建物だった。三階建ての無骨な四角いデザイン。〝○○医院〟と掲げられた看板の文字は、掠れて判読不能。煤けた灰色の壁面には所々罅が入り、一見すると廃墟のように荒れているが、窓からは蛍光灯の白い光が薄く漏れていた。
ぎゃあぎゃあと上空を羽ばたくカラスは、果たして本当にカラスなのだろうか。紅い満月をバックに建つ夜の病院は一種異様な雰囲気を放ち、まりあの心を竦ませた。
「ココだヨ」
クラウンはお構いなしにズカズカと突入していく。汚れで曇ったガラスの自動扉は、それでもきちんと反応を示した。
一歩中に入ると、患者の姿がそれなりにあることに気付く。ロビーの椅子に腰掛けて大人しく順番を待つ者。松葉杖や点滴をしたまま歩く者。姿も状態も様々だ。死者も病院に通うのか、なんて場違いな感心が湧く。
(みんな、どこが悪いんだろう。おばけに病気なんてあるのかな)
電気は点いているのに、院内はそこはかとなく暗い。まりあの光がよく目立つものだから、待合のおばけ達がじろりとこちらに視線を向けてくる。足元でシフォンが警戒して背中を盛り上げるが、とりあえず襲い掛かってくる者は居なかった。ここでもポンチョの仮装が役立っているのか、皆そんな元気が無いだけか。
彼らのことも無人の受付もスルーして、クラウンは奥へと突き進んだ。足を止めたのは、〝外科〟と書かれた診察室の前。ノックもせずにいきなり開扉する。
「ドクター、居るゥ?」
室内には三人程、突然の訪問に驚いたようで全員がぴたりと動きを止めていた。一人は全身に包帯を巻き、その上にメガネを掛けて白衣を着たミイラ男。もう一人は看護服の女性ゾンビ。最後に、患者と思しき緑の皮膚の河童の姿があった。
白衣のミイラ男が河童の割れた頭頂部の皿を、ピンセットと接着剤のようなものでパズルよろしく復元しているところだった。
「何だ、クウランか。ノックくらいしろ。また誰か刻んだのか」
うんざりと応じたのは、やはり白衣のミイラ男だった。たった一瞥くれただけで、すぐに興味を失ったように手元に目線を落として作業に戻る。
「今日はただでさえハロウィンで羽目を外して怪我する奴が多いんだから、これ以上患者を増やすのは勘弁してくれ」
クラウンは頬を膨らませた。「心外だナァ。ボクは悪いヤツか襲ってくるヤツしか刻まないヨォ。それに、今回はボク自身が患者だヨォ」
「お前が? 珍しいな、相手は誰だ」
ドクターは改めて顔を上げてこちらを見た。そこで初めてまりあの存在に目がいったようで、ハッとした気配があった。
「どうした、その子は……まさか生者か? 何処から攫ってきた」
「攫ってないヨォ。ナイトベアに襲われてるところを保護したんだヨォ」
「相手はナイトベアか。遂に闘り合ったのか、お前達。……で、その子をどうするつもりだ」
「元の世界に帰る為に記憶の欠片を探してるんダッテ。ボクはそのお手伝いをしようと思うんだケド、あんまり時間は無いみたいだカラ、とりあえずコレ先に繋げてくれるゥ?」
そう言って、クラウンは切断された自身の腕を掲げてぷらぷらと左右に振ってみせた。ドクターは盛大に溜息を吐く。
「平素なら、きちんと順番に並べと言いたいところだが、そういうことなら仕方がないな。急いでこれだけ終わらせるから、少し待て」
「ハ~イ」
素直な良い返事と共に、クラウンは己の腕にぴょこんと挙手をさせた。
「ココだヨ」
「何か……思ってたのと違うっていうか、すごく近代的」
おばけの町というからには、まりあはハロウィンイラストで見るような、おどろおどろしい昔の西洋の町並みなんかを想像していた。
「ここの景色は、見る人によって違うらしいヨォ。それぞれ自分に馴染みのある故郷の風景に見えるんだってサ」
「そうなんだ」
周囲が都会風な為か、単線なのに駅舎もそれなりの大きさに見える。しかし、これもまりあの目にだけそう映っているのかもしれない。ここではどんな奇妙なことが起こるか分からない。警戒を強めながら町に出た。
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聴こえてくるのは、調子っぱずれな半音進行の曲。紫とオレンジに彩られたビル群、愉快気に踊る骸骨の映像が流れる巨大スクリーン。
Happy Halloween! Happy Halloween! 喧騒の中を歓喜に喚きたてながら、地上では様々なおばけ達が練り歩く。何処へ向かうでもない、目的も無く歩くことこそが目的といった風に。それはさながら、百鬼夜行だった。
あまりに賑やかな光景に、まりあは圧倒されて立ち尽くした。
「ここでも、ハロウィンの仮装行列するんだね」
「ハロウィンの時期は、運が良ければ自分達も元の世界に帰れるかもしれないからネェ。ここの住人達にとっては、一番重要なイベントなんだヨォ。もっとも、ハロウィン以外を祝う習慣は特に無いんだケドネ」
そこへ、何を思ってか列を離れてこちらに近付いてくる者が居た。青白い肌に尖った耳。真っ赤な瞳の、吸血鬼伯爵じみた黒マントの男性だ。
「Trick or Treat?」
血のような液体の入ったワイングラスを片手に、彼はクラウンの切断された腕を指した。クラウンは小首を傾げ、腕をワイングラスの上で絞ってみせたが、残念ながら血の一滴も出て来はしなかった。
「ごめんネ。これで許シテ」
ポケットから赤いセロファンに包まれた如何にもなキャンディを取り出して、クラウンは吸血鬼に渡した。吸血鬼はそれを無言で見つめた後、不服だったのだろうか、クラウンの後ろに身を隠していたまりあへと突き出した。
「えっ?」
キョトンとする彼女に、吸血鬼は繰り返す。「Trick or Treat?」さあ、言ってごらん。そう促すように。
「と、とりっくおあとりーと?」
戸惑いがちにまりあが返すと、吸血鬼は鋭い牙を覗かせて満面の笑みを湛えて見せた。押し付けるようにキャンディをまりあの手に握らせ、それで満足したのか身を翻して列の中へと戻っていく。
「何だ、あれ」シフォンが呆れたように呟いた。
まりあはキャンディの扱いに困り、試しにセロファンを開いてみた。血管の筋がやけにリアルな眼球型の飴がコロリと飛び出してきて、喉からひゅっと息が漏れた。
「いちごみるく味だヨ」クラウンが呑気に告げる。
「そんな変な物食べちゃダメだよ、まりあ」母親じみたお小言をくれたのはシフォンだ。
まりあはげんなりしながら目玉キャンディを包み直し、ポンチョの裏ポケットにしまいこんだ。
「美味しいのにナァ」唇を尖らせるクラウンに、
「そんなことより、早く目的地へ向かおうよ」と、シフォンが催促した。
「そうだネェ。学校も病院も駅から離れた所にあるカラ、ここから結構歩くヨォ」
クラウンに導かれ、先を目指す。百鬼夜行の群れの傍を通る時は緊張したが、誰もまりあの生命の光に言及してはこなかった。クラウンの言うように仮装だと思ってくれているのか、単純にヒトの多さに紛れているのか。
彼らをやり過ごして駅前通りを抜けると、次第に音も人気も薄れていく。賑わう商店街から閑静な住宅地へ、都会然とした景色が下町じみた風情に移ろいゆく中、一行は只管歩を進めた。お目当ての病院は、すっかり寂れた町外れの一角にあった。
大きくも小さくもない建物だった。三階建ての無骨な四角いデザイン。〝○○医院〟と掲げられた看板の文字は、掠れて判読不能。煤けた灰色の壁面には所々罅が入り、一見すると廃墟のように荒れているが、窓からは蛍光灯の白い光が薄く漏れていた。
ぎゃあぎゃあと上空を羽ばたくカラスは、果たして本当にカラスなのだろうか。紅い満月をバックに建つ夜の病院は一種異様な雰囲気を放ち、まりあの心を竦ませた。
「ココだヨ」
クラウンはお構いなしにズカズカと突入していく。汚れで曇ったガラスの自動扉は、それでもきちんと反応を示した。
一歩中に入ると、患者の姿がそれなりにあることに気付く。ロビーの椅子に腰掛けて大人しく順番を待つ者。松葉杖や点滴をしたまま歩く者。姿も状態も様々だ。死者も病院に通うのか、なんて場違いな感心が湧く。
(みんな、どこが悪いんだろう。おばけに病気なんてあるのかな)
電気は点いているのに、院内はそこはかとなく暗い。まりあの光がよく目立つものだから、待合のおばけ達がじろりとこちらに視線を向けてくる。足元でシフォンが警戒して背中を盛り上げるが、とりあえず襲い掛かってくる者は居なかった。ここでもポンチョの仮装が役立っているのか、皆そんな元気が無いだけか。
彼らのことも無人の受付もスルーして、クラウンは奥へと突き進んだ。足を止めたのは、〝外科〟と書かれた診察室の前。ノックもせずにいきなり開扉する。
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「相手はナイトベアか。遂に闘り合ったのか、お前達。……で、その子をどうするつもりだ」
「元の世界に帰る為に記憶の欠片を探してるんダッテ。ボクはそのお手伝いをしようと思うんだケド、あんまり時間は無いみたいだカラ、とりあえずコレ先に繋げてくれるゥ?」
そう言って、クラウンは切断された自身の腕を掲げてぷらぷらと左右に振ってみせた。ドクターは盛大に溜息を吐く。
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