オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

文字の大きさ
51 / 94
第六章 壊れた、小さな世界。

6-7 復讐を誓った天使は悪魔に身を堕とした。

しおりを挟む
「ええ、僕もお逢いしたかったですよ」

 先程抱いた印象とは真逆の言葉を、四ノ宮は吐いた。オレは驚いて彼の方を見る。相変わらず表情は固いけど、口元には薄い笑みが浮かんでいた。それは軽蔑か、はたまた自嘲か。見ようによっては、真実喜んでいるようにも見える。
 男はどう捉えたのか、変わらぬ下衆なニタニタ笑いを顔に貼り付けたまま、四ノ宮の全身に値踏みするような粘ついた視線を向けている。それを遮るように、オレは四ノ宮と男との間に立った。

「四ノ宮……大丈夫か?」

 四ノ宮は少し目を丸くしてオレを見上げた。彼が何かを口にするより先に、男が割って入る。

「君は、郁くんのお友達かな? それとも、私と同じく〝客〟かな?」
「客?」
「ああ、知らないのか。郁くんはこう見えて、とても〝いけない子〟でね」
「――さん」

 静かに落ち着いた口調で、四ノ宮が男のものらしき名を呼んだ。男はパッと振り向いて、相好を崩した。

「名前を覚えていてくれたのかい?」
「ええ、忘れる訳がありません」
「そうだろうとも。私は君の〝初めて〟の相手だもんね。君も私を忘れられなかったんだね。私も君の身体がどうしても忘れられなくて、ずっと探していたんだよ。……やっと、見つけた」

 ゾッとするような執着の瞳。底の方に澱んだ汚泥みたいな欲望が、どろりと凝っている。やばい。コイツは……四ノ宮に近付けちゃ駄目だ。

「四ノ宮、行こう」
「――さん」
「なんだい?」
「折角会いに来てくださったのに、申し訳ありません。今日は友人との先約がありますので、また日を改めてくださいませんか?」
「でも」
「ご安心ください。僕はこの通り、ここに住んでいますから。逃げも隠れもしませんよ」

 にっこりと可憐な微笑みを浮かべる四ノ宮の顔と、背後のアパートの間に視線を巡らせて、男はとりあえず納得したらしく頷いた。

「そうか……それもそうだな。急過ぎたよね。それじゃあ、また明日……会いに来るから」
「ええ、お待ちしております。それでは、また明日」

 極上の天使のスマイルで手を振って、男を見送る四ノ宮。男は上機嫌に最後までニヤついた笑みを残して、その場は去っていった。

「し、四ノ宮……今の」
「さて、お待たせしました、トキさん。ここが僕の部屋です。少々散らかっていますが、どうぞ」

 オレの疑問に構うことなく、四ノ宮はごく普通に扉を開錠してオレを内部に招き入れた。オレは動揺が去らず、今しがた見た男のことを四ノ宮にどう訊ねたものか、そもそも触れてはいけない領域ではないのかと、内心葛藤しながら彼の後に続いて玄関に足を踏み入れた。
 オレを入れると、四ノ宮は扉の鍵を入念に閉めた。そうして狭い廊下を進んで、室内へと歩を進める。

「今の男、また来るって……だ、大丈夫なのかよ」

 オレはようやく、それだけ訊いた。四ノ宮が振り返る。

「望むところですけど」
「……え? でも何かアイツ、危な」
「傑作でしょう? また僕を抱けると思ってノコノコ阿呆面を下げてやって来たキモ男共のクソ穴に、逆に極太棒をぶち込んでぶっ壊してやるんですよ。求めていたのとは真逆の展開になって、信じられないって顔で絶望に歪むキモ男共の表情……最高に滑稽で快感ですよ?」

 息を呑んだ。四ノ宮のベージュの瞳には、先刻一瞬だけ見せた憎悪の光が、狂気と混ざり合いチカチカと瞬いていた。それはまるで、救難信号のように――。

「思い知るといい。僕はもう、何も奪わせない。……奪う側の人間だ!」

 ――そうか。四ノ宮、お前。

 四ノ宮の肩に、手を伸ばした。だけど、その手は届く前に掴まれた。引き倒される。木製の古びた天井、そこにオレが居た。ウインクしてピースサインで笑う、能天気なオレのポスター。
 よく見ると、そこだけじゃない。オレの写真が至る所に貼られている。大半は雑誌に載っていたやつだけど、こないだ生徒会室で撮ったものももう現像されて仲間入りしていた。
 これをオレに見せる為に、四ノ宮はオレをここに連れてきたのか?

「……トキさん。僕は、貴方に憧れていました」

 不意に、穏やかな声音で四ノ宮が語り始めた。

「お金持ちの家の息子で、容姿も良くて、自信家で、皆に好かれて、モデルなんかもやっちゃって……悩みなんか何にも無さそうな顔してて。見てるとすっごいムカつくのに、何でか目が離せなくて」

 狭い四畳半の室内。雑多に散らばる物達。黴臭い壁土。毛羽立った畳の目。そして、自分を欲望の捌け口として見てくる、大人達――ここが、四ノ宮の生きる世界。

「僕は、貴方になりたかった」

 囁くように零すと、四ノ宮はオレの頬を両手で包み込み、覗き込んだ。――いつもの笑顔。でも何故だかオレには、泣いているように見えた。

「僕の母親は美人でした。だけど、愚かで考えが甘く、ホストに入り込んで金を貢ぎ、風俗に身を堕として――誰が父親かも分からない、客の子を孕みました」

 それが、四ノ宮 郁。

「ワンチャン意中のホストの子と言い張れば結婚して貰えると思って産んだけれど、その計画は失敗したようですね。それでも、若く美しい内はまだ良かった。自分の身体には商品価値がありましたから。歳を経る毎に嫌でも加齢で容姿は衰えます。そうなると、段々売れなくなってくる。だけど、愚かな女は男に縋る以外に生きる術を知らず、その上邪魔な幼子まで抱えてしまい、生活は困窮する一方でした」

 〝ある時、女は思い付きました。成長する度に自分そっくりに、美しくなる息子。……これは、金になると。〟

「女は幼い息子に自分の客を宛てがい、春を売らせました。息子は母の愛を得る為、嫌なことでも我慢して従いました。幾ら身を尽くしても母親が愛するのは別の男であって、決して自分ではないのだと気付くことも無く――愚かで盲目なのは、母親譲りでしたね」

 ククッと、喉の奥で掠れた笑い声を漏らし、四ノ宮は自嘲わらった。空っぽな、虚ろな笑みだった。
 痛い。胸が痛い。じくじくと、内部から蝕まれて少しずつ膿んで溶けていくようで――痛くて、痛くて堪らない。

「四ノ宮……」

 呼び掛ける。その頬に、手を伸ばした。今度は触れられた。冷たい、陶器のような肌。
 お前にはが、必要な行為だったんだな。生きる為に。――心を守る為に。

「いいよ……それなら。幾らでも、ぶつけろよ。お前の痛みも、悲しみも怒りも。全部、オレが受け止めてやるからさ」

 お前の気の済むまで、付き合ってやるよ。――オレがそう告げたら、四ノ宮の顔から笑みが消えた。浮かんだのは、驚きでも怒りでもなく、ただひたすらの虚無だった。何処までも深く暗く、飲み込まれそうな程の、闇――。
 直後、挿入されたままのプラグが、四ノ宮の手により一層奥まで捻じ込まれた。入り口が押し広げられ、内壁を抉られる痛みと衝撃が駆ける。

「ぁああッ――!?」
「だから、トキさんは気に障るんですよ。お綺麗な顔で、綺麗事ばかり言う。あれだけ甚振っても、ちっとも揺らがない。……何なんですか? ムカつくなぁ」
「しの」

 ガッ、と顔を掴まれて前を向かされた。ベージュの瞳と目が合う。虚ろだったそこに、今は僅かに苛立ちの色が浮かんでいた。ままならない怒りが、底には燻っている。

「そんな高い所に居ないで、堕ちて来てくださいよ――僕の所まで」

 四ノ宮の頭上、天井からオレが見下ろしていた。ポスターに写る自分の視線から逃げるように、そっと目を瞑る。瞼の裏にタカの顔が映って、それから何故か九重の顔まで見えた。

 ――ごめんな。

 何に対してだかよく分からない謝罪を胸中で零した時、勢いよく服を引き裂かれた。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...