オレとアイツの脅し愛

夜薙 実寿

文字の大きさ
81 / 94
第九章 水面に立つ波紋

9-8 決闘、勃発。

しおりを挟む
 瞬間、周囲が湧き上がった。

「なんだなんだ、仲間割れか!?」
「よくわかんねーけど、延長線か!?」
『これは面白いことになって参りました! A組内部での優勝者争いです!』

 あろうことか、アナウンスまで囃し立て始めた。

『我らが生徒会長、九重 蓮くんと、サッカー部のエース、風見 鷹斗くんの一騎討ち! 我が校のマスコット、花鏡 鴇真くんの親友の座を賭けて最強の男二人が闘います! ……あれ? 親友の座でいいんだよな?』

 何だよコレ、どうしてこうなった!? 困惑するオレを置き去りに、場は勝手に盛り上がっていく。九重ももう、すっかりやる気だ。

「ちょっと待った!!」

 そこで声を上げたのは、須崎だった。

「優勝者争いなら! 俺にも参加権限あんだろ!?」

 タカと九重が、揃って顔を顰めた。

「いや、須崎お前は関係な」
「ある!! 大有りだ!!」
『おおっと、更にA組内から挑戦者が! スポーツ特待生の須崎 凌くんです! この三人の内、誰がA組最速かを競い合います! トロフィーである花鏡くんを手にするのは、果たして! レディー、ファイ!』

 〝ファイ!〟じゃねぇえええええ!!
 オレの内心の叫びなど当然届くことはなく、急遽レース延長戦が催されることとなった。
 まばらに散り始めていた観客達も席に戻り、成り行きを見守っている。物凄い大事になってきた……。
 タカが改めて九重に訊く。

「種目はどうする?」
「ハンデは要らない。風見の得意なクロールでいい」
「俺もそれでいいぜ」

 何も訊かれていない須崎も同意して、クロールに決定された。
 オレが成す術もなくあわあわオロオロしていると、「賞品の花鏡くんは、こっちへ!」と、実行委員の人に腕を引かれた。五十メートルプールの反対側、タカ達とは向かい合う形で立たされる。

『ルールは簡単! 五十メートル自由形、一本勝負! さぁ、誰が一番速く花鏡くんの元へ辿り着けるのか!?』

 実況役、完全に悪ノリしてるな……。観客席からも一着を予想する声が上がり、最早収集のつかない雰囲気になっている。もうオレ一人が止めようとしたって、これじゃあどうにもならない。
 程なくして、スタートの合図が響き渡った。一斉に台から飛び込む三人。え、待てオレ……誰を応援したらいいんだ?

 勿論、タカを応援すべきだと思う。オレの為にとしてくれている行動なんだから。でも、九重の傍に居ると、誓ったんだ。
 最初は脅迫から始まって、無理矢理だったけどさ。でも今は……自分から一緒に居たいって思い始めてたところで。

 ――でもそれは、タカにしてみれば、酷い裏切りなんじゃないか?

 思うと、胸が塞いだ。分からない。どっちを応援していいのか。いっそ須崎か? 須崎を応援すべきなのか!?
 こんがらがった思考を持て余していても、レースは待ってくれない。三人の姿は、もう間近に迫って来ていた。ほぼ横並び、均衡しているように見える。
 待って、待ってくれ。まだオレ、何の心の準備も……。

『花鏡くんは、誰にエールを送るのか!?』

 アナウンスが絶妙なタイミングでオレに問い掛けた。別の実行委員から向けられるマイク。何だその息の合った無駄なファインプレー。皆がオレを見る。

『オレ……オレはっ』

 マイク越し、拡張された自分の声の大きさに少し驚いた。ああ、もう。

『やだよ……っこんなの!』

 訴えた。その声はプールにも届いたのか、九重と須崎の動きが刹那鈍ったように見えた。元々強い覚悟で臨んでいたタカだけは動じず、それがそのまま結果になった。
 崩れた横並び。中央のタカだけが少し突出した形で、ゴールの壁に到達する。少し遅れて須崎と九重。アナウンスが興奮気味に告げた。

『ゴォオオオオル!! 一着は風見 鷹斗くんだぁあああ!!』

 水泳大会の熱に侵された観客席から、盛大な歓声が追従した。
 逸るようにタカがプールサイドに上がってくる。『風見くん、勝利の感想を!』なんて実行委員から向けられたマイクには取り合わず、タカは真っ直ぐオレの元にやってくると、タオルで身体を拭うのも忘れてオレを抱き締めた。

「トキ! これで……」

 〝これでもう、大丈夫〟――だろうか。感極まったようなタカの熱っぽい声。力強い腕。塩素の匂い。冷たい水を纏って尚、高揚した体温。
 オレは何も応えられず、ただ唖然と硬直していた。視界の端に、後から上がった九重の姿を捉える。俯き加減の彼が、今どんな表情かおをしているのか――見るのが怖くて、思わず目を伏せた。

『九重』

 めげないマイクが、タカの呼び掛けを拾う。

『俺の勝ちだ。約束通り、今後一切トキには近寄るな』

 たかが、口約束……されど。公衆の面前、三年を除くほぼ全校生徒の前で言い渡された接近禁止令は、ゲームマスターのルールじみた逆らい難い絶対の効力を持って響いた。


   ◆◇◆


 ――にも関わらず。

「お前、通常運転だな?」

 帰宅するなり九重にバックハグで腕の中に閉じ込められたオレは、何だか拍子抜けした心地で呟いた。
 あの後水泳大会は今度こそ終了し、生徒達は各々部活に行くなり帰路に着くなり、解散の運びとなった。タカはオレを家まで送っていくと言い張ったけど、タカには部活があるし、オレはオレで生徒会の一員として水泳大会の後始末があるしで、とりあえずはそう説得していつも通りに別れた。

 一応、周囲の目を気にして九重とは別々に(オレはタクシーで)帰ったけど……。タワマンにいて九重はこの通り水泳大会での騒動などまるでなかったかのような振る舞いだ。いや、むしろ拗ねていつもより甘えんぼモードになってる気すらする。
 彼の主張はこうだ。

「あんなの、従う必要は無いだろ。学校ではまた面倒なことになったが、帰宅後のことなんて風見も知りようがないしな」
「……まぁ、それもそうかもしんねーけど」

 そんな適当でいいのか?
 タカの真剣さを思い出すと、オレは九重ほど楽観視出来ない気分だった。押し黙るオレに、九重は不機嫌そうに零した。

「大体、何だアイツは急に。お前が消えた後風見と一緒に戻ってきたが、あの時に何かあったのか」
「それは……えぇと。み、水着が破けちまって」
「は?」
「縫おうかと思って、裁縫セット取りに教室戻ってたら、オレが居ないのに気付いてタカが探しに来て……それで一緒に戻ったっつーか」
「……本当にそれだけか?」

 我ながら苦しい言い訳だが、ここは頷いておくしかない。
 九重が何某か続けようと口を開いたその時、不意に緊張感のない陽気なメロディが場に流れた。青いネコ型ロボットの国民的アニメソング。オレの携帯電話の着信音。この曲は――。

「五十鈴先輩?」

 途端に、九重の声が尖った。

「何の用だ」
「オレに聞かれても」

 それは当人に聞いてみなければ分からない。鞄に入れっ放しだったスマホを取り出し、通話ボタンを押して耳に当てる。

「はい」
『あ、トッキー?』

 耳馴染みの良いバリトンボイスが聞こえてきた。でも、そこにいつもののんびりした調子はなく、何だか少し慌てた様子だった。

「センパイ、どうしたんですか?」
『あのね、インターホンが鳴ったからドアスコープを覗いて確認してみたんだけど』
「あ、センパイ今オレのマンションですか?」
『そう』

 次にセンパイの放った言葉に、オレは自分の耳を疑うこととなった。

『それで今、玄関の前にタカっちが居るんだけど』

 ――え!?
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...