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天使アーリンとの再会 その2

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アーリンが両手を前に突き出して手のひらをタケルに向けると、大きな水の渦が発生する。
水の女神に仕える天使アーリンの得意とする魔法、アクア・サーペントだ。
水魔法に特化した彼女の魔法は、地上なら第五階梯に匹敵する威力を持つ。

「アクア。サーペント!」
巨大な水の渦が10メートルを超える長さの水蛇となり、牙をむき出しにして俺に向かって来る。

「プロテクション・スフィア」
俺は急いでプロテクション・スフィアを展開した。ネビュラの力を含んで黒い筋の浮かぶ光球は、以前よりもはるかに防御力を増している。
巨大な水蛇がスフィアを直撃するが、光球はビクともしない。

「そんなッ?!、下界の者が私の魔法を防ぐなんて」
<天使族の、ましてや水属性に特化した私のアクア・サーペントをこうも容易く防ぐとは、やはりこの少年は危険だ>。

「待ってくれッ、俺は争うつもりはないぞ」

「あなたの魔力は危険すぎます。大人しくしないというのなら・・・」

俺の言うことは届いていないようだ。アーリンが祈るようなしぐさで新たな呪文の詠唱を行うと、はるか頭上の空間にとてつもない量の水の塊が召喚される。

「アクア・ドラクーン」
アーリンの詠唱で水塊は30メートルを超える巨大な水龍にへと形を変えると、周りの木々をなぎ倒し地形をも変化させながらゆっくりとタケルの周囲を囲み。その超質量で押しつぶそうとする。
人族を大きく上回る魔力を誇る天使族のアーリンが持つ攻撃魔法、その中でも最高の攻撃力を持つアクアドラクーンは、到底地上の者に防げるわけもない。
タケルの持つ底知れぬ魔力に恐れを抱いたアーリンは、周囲への被害も顧みず自身の持つ最大の魔法を使用したのだ。

<あれはヤバイ。とんでもない魔力が込められているぞ>
今までお目にかかったこともない巨大な魔法に感嘆しながらも、さすがにあれを喰らうわけにはいかない。

「どうなっても知らないからな」
怪我はさせたくないが、こうなっては悠長なことは言っていられない。俺は今使える最大の魔法で対抗することを決め、現在持っている唯一のネビュラ系魔法を発動する。

「ネビュラ・スパイラル」
光を含んだ暗黒物質の激流が俺の周囲で渦を巻くと、俺を押しつぶそうとしていた水龍に襲いかかる。
超大質量の水龍に絡みついた暗黒の激流は、徐々に対象を侵食し始める。
水龍は暗黒物質の渦に包まれて、少しづつその巨大な姿を削られて行き、最後にはボロボロになって朽ち果ててしまった。

「きゃあッ」
ネビュラ・スパイラルの余波を受けて、吹き飛ばされ尻もちをつくアーリン。
<だめだ全然歯が立たない。信じられない。この世界に来てからわずかな時間で、ここまでのパワーアップを果たすなんて>

「そ、その魔法は一体?」

「これか、ネビュラ・スパイラルはネビュラ・メイガスに覚醒した俺が、最初に覚えたスペルなんだ。」

「ネビュラ・メイガスッ!」
<ああ・・・聞きたくはなかった。単なるメイガスであればまだしもネビュラ・メイガスだなんて・・・。
ネビュラ系統の魔法を使えるということは、すなわちダークマターの力に目覚めているということ。
ダークマターは天界の最も恐れる力、まだ完全に習得しているわけではないようだが、それでもネビュラメイガスであるというのなら、この少年の運命は決まったようなものだ。>

拘束命令を受けたとはいえアーリン自身はタケルに含むところはない。それどころか自分が担当した若者としてその身を案じて、擁護しようとすら考えていたのだ。
しかしタケルがネビュラ・メイガスと分かってしまえば、すべては変わってしまう。
天界はもうアーリンの言葉には耳を貸さないだろう。

「タケルさん!大丈夫ですかッ?」
「ウォン、ウォン」
俺とアーリンが戦闘で上げた音を聞きつけてセフィアルとスノウがこちらに走って来る。
まあ、あれだけ派手に魔法を使えば気がつかないはずはない。

「あなたは何者です?タケルさんに危害を加えようというのなら容赦しませんよ。」
「グウゥゥゥゥ」
セフィアルがダガーを構えてかばうように俺の前に立つとスノウも同じ様にその横に並んで唸り声を上げる。

「タケル、何があったの?」
「タケルお兄ちゃん!」
遅れてユーディット、レクイルもやって来た。

「どうやら今回はここまでのようですね。タケル、今ならまだ間に合うかもしれんせん。自分から出頭しなさい。私もできる限りは口添えするつもりです。いいですね。」
アーリンは白く大きな翼を羽ばたかせると空中に浮かび、そのまま高速で飛び去ってしまった。

「タケルさん、今の人は一体?」

「彼女はアーリン、天使族だ。」

「天使族ッ?!天使がどうしてタケルさんを襲ったりするんです。」

「それについては、皆に話して起きたいことがあるんだ。」

俺達は予定を変更して書庫に戻ると、エクレールも含めて皆に俺が異世界から来たことを明かした。

「タケルさんが、異世界人・・・」
さすがにセフィアルもショックを受けているようだ。

「エクレールは、気がついていたみたいだな。」
「薄々はそんなこともあるかと思っていました。黒い髪とタケルさんの容姿は、この辺りの者とは少し違いましたし、なによりあのINTに一点振りされたステータスは、通常ではありえない物でしたから。」

「タケルお兄ちゃんは違う世界から来たの?」
「ああ、俺は地球と呼ばれる星から転移してきたんだ。」
「地球ですか?不思議な感じなのです。」

「この世界に異世界から来た者がいるのは、知っていたわ。でもまさかタケルがそうだったなんて。
やっぱり私の眼に狂いはなかったわね。」
好奇心に駆られて俺達について来たユーディットは、驚きよりも興味が優ったようだ。
満足そうにウンウンと頷いている。

「眷属の契約を解消してもいいんだぞ。」
「まさか、私達はタケルさんが異世界人だから契約を結んだのではありません。タケルさんを自分の眼で見て、ちょっと変わっているけど信頼できる人だと思ったから眷属となったのです。
今になってタケルさんが異世界人だと分かっても、その気持ちは変わりません。」
セフィアルは俺が異世界人と分かっても、変わらぬ信頼を寄せてくれるようだ。それならば俺もその信頼に応えなくてはなるまい。

「それにしても天界が天使まで派遣してくるとなると、うかうかとはしていられませんね。何か対策を立てないといけません。」
エクレールの言う通りで、アーリンは一旦退いたが、このまま俺の事を放っておくとは思えない。
俺達は今後の行動について、夜を徹して話し合った。
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