辺境伯の愛する傾国

椿猫

文字の大きさ
22 / 44

結婚式前⑳~それは、開けてはいけない扉~

しおりを挟む
 外の騒がしさがだんだん近付いて来ていたので、そろそろかな、と思っていたら、牢の前にある扉がドゴッという音と共に吹き飛んだ。
 そこに立っていたのは、剣を片手に持ち、黒い軍服を着た凛とした女性。
 こんな場所だというのに、口元にうっすらと笑みが浮かんでいる。

「アリアさん!!」

 鉄格子に両手をかけて、エデルが嬉しそうに妻の名を呼んだ。
 名を呼ばれたアリアは、牢に囚われている夫の無事な姿を確認し、さらに笑みを深めた。

「エデル、私の知らない場所に勝手に行くとは、ずいぶんといけない夫だな」
「すみません、アリアさん。俺だって、好きでこんな場所に来たわけじゃないんです」
「ふふ。……ふむ、何というか……こうして牢の中にいるお前を見ると、何やら新しい扉を開きそうだな」
「え!?そ、それは、止めてー、開けちゃだめです!」

 そういう趣味はないが、牢の中でぷるぷるしているエデルは可愛らしい。アリアを見た瞬間に、ものすごく嬉しそうな顔をして名前を呼んでくれたところも、ポイントが高い。
 鉄格子のはまった美しく整えられた部屋の中に閉じ込められた可憐な蝶(※夫です)を愛でる、というのも案外いいかもしれない。
 禁欲的な感じで襟元まできっちりした服を着せるか、それとも儚げなイメージでふわりとした服を着せた方がいいのか、より囚われ感が出るのはどちらだろう。透け透け衣装はさすがにない。
 エデルを自分だけしか訪れない部屋に閉じ込めて、二人っきりの空間で思う存分、堪能する。
 そうすればこうして行方不明になることも、誰かにエデルが(色々な意味で)狙われることもない。
 考えれば考えるほど、有り、な気がしてきた。

 
 一方エデルは、妻が開けてはいけない扉を開こうとしているのを、何としても阻止したかった。
 このままでは、エデルが決意した以上のことが行われてしまう。
 さすがにそこまでの心の準備は、出来ていない。
 アリアがその気になれば、城のどこかに鉄格子の部屋を作ってエデルを閉じ込めて……やばい、うっかり想像してしまったが、アリアが似合いすぎる。
 閉じ込められて震える夫(※自分です)と、優雅な手つきで当り前のように触れてくる妻(※夫婦です)
 お前が私だけを見ないのが悪い、とか言って微笑んで……これだけで一曲作れそう。
 一般向けには男女の役割は逆の方がいいのかな。
 でも辺境だとこのままでもいい気がする。
 いっそ次の創作会議(アリアとエデルの物語を作って広める会)に提案して、劇の題材にしてもらおうか。
 アリアが愛する夫を閉じ込める魔王役になるのか、それとも夫を救い出す勇者役になるのかは、白熱するであろう議論次第ということで。
 クロノスは……あれ?助けてくれるよね?
 両親のそんな姿を微笑ましいなぁ、という感じで見ている姿しか思い浮かばない。
 クロノスって、性格はアリアさん似だっけ?それともこれから似てくるの?
 息子はこれから何とか出来るが、まずは母を止めなくては。

「アリアさん、だめです!さすがにその扉は開けないでください!!」
「まあ、さすがに実行するつもりはないが、もしお前が身分を隠して出かける度にこうして行方不明になるのなら、城から出るのを禁止にするぞ」
「それについては申し訳ないです」

 いけない想像をしていたエデルであったが、その点については謝るしかなかった。
 最初から辺境伯の夫として乗り込んでいれば、巻き添えは食らわなかっただろう。だが、そのおかげでエクルト子爵やジェシカとも仲良くなれたので、全部が全部悪くなかったと思いたい。

「さて、そこにいるのがエクルト子爵だな?それと王都の学生か」

 牢の中で平然としている男性と、エデルよりぷるぷるしている若い男……男??

「エデル、そこの学生は男性か?」

 見た目は男性っぽいのだが、アリアの勘が違うと告げていた。表情もどこか女性っぽい。

「あ、一応、女性です。ただ、王都では男子学生として通っているらしくて」
「ほう。男装の麗人、というやつか」

 性別を隠していない、すばらしく軍服の似合う男装の麗人がそう言ったので、エデルは、アリアさんがそれ言っちゃう?と思って、「そうですね」としか言えなかった。

「まぁ、いい。落ち着いたら理由を話してもらおうか。エクルト子爵、無事で何よりだ」
「お手数をおかけしました、ロードナイト辺境伯。今回のことは、私の失態です」

 エクルト子爵は、アリアに深々を頭を下げた。
 今回の演奏会の主催者として、客を守らなくてはならなかったのに、こうして助け出される側になってしまったのはエクルト子爵の失態だ。まして誘拐された場所がエクルト子爵の屋敷とあっては、言い訳のしようもない。
 ここは素直に認めて頭を下げるのが、最良の一手だ。

「今回のことは、私の夫も身分を隠して来ていたことだから、表だってどうこうということはしない。ただ、子爵夫人とも話したが、あの屋敷については取り壊させてもらうぞ」
「もちろんです」
「これから先のことは、戻ってから話そう。まずはお前たちをそこから出す」

 アリアたちが話をしている間に、一緒に付いて来ていたテオドールが鍵を見つけて扉を開けた。

「テオドール、無事でよかった」
「エデル様もです。本当によかった」

 テオドールは強いからきっと大丈夫だと思ってはいたけれど、牢の中は情報が入ってこなかったので、こうして無事な姿を見られてよかった。
 そのままテオドールは、震えていたジェシカを連れ出した。その後をエクルト子爵が出て、最後にエデルが牢から出た。

「エデル」

 牢から出ると、アリアがエデルの頬に剣を持っていない方の手で触れた。

「アリアさん、本当にごめんなさい」
「いい。こうしてお前が無事ならばな。だが、心配をかけさせた罪は重いぞ。クロノスも心配していた。しばらくは一人での外出は禁止だ。もしどうしてもどこかへ行きたいというのならば、私と一緒でなくては許可は出せない」

 お出かけ禁止は当然のことだ。それでもアリアは、こうして抜け道を用意してくれている。
 お出かけは、アリアと一緒。
 そんなのご褒美でしかない。

「困ったな。でもアリアさんはお忙しいから、当分は城に籠もっています」
「そうしてくれ。せめて式までは、ずっと籠もっていてくれ」

 きっとわがままを言えば、アリアは叶えようと無茶をしてくれる。でもそれだとアリアの負担が大きい。エデルはぎゅっとアリアに抱きついた。

「はい。俺は大人しくしています」
「ああ」

 頬に触れていた手をエデルの腰に回して、アリアも彼を抱きしめた。
 安心しきったようにアリアに抱きつくエデルと、彼を抱きしめて優しく微笑むアリアの姿を、見てはいけないものを見たような感じになり全員が目をそらした。
 さすがにこの場でそれ以上は困るので、誰か止めろよ、と目配せで押しつけ合った結果、テオドールがしぶしぶ、ごほん、と咳をした。
 はっとしたエデルがアリアから急いで離れてわたわたした。アリアは……なぜかエデルを抱きしめた方の手を見ていた。

「えー、大変申し上げにくいのですが、一応、敵陣ですので、それ以上は城に帰ってからでお願いします」
「え、あ、ち、違!違わないけど違うから!!」

 なに必死に否定してんだか。
 顔を赤らめたエデルを放置して、テオドールはアリアへと向き直った。

「アリア様。どうしますか?」
「何名かはエデルたちを護衛して外に出ろ。残った者は出来る限り、犯人を捕まえろ。それとなるべく証拠となるような書類を探せ」

 さすがに切り替えたアリアの指示に従って、辺境軍は屋敷内をしらみつぶしに探し回ることになった。

「いや、何というか噂とは全然違う方だね。エデル殿に対する、あれは溺愛でいいのかな?は凄まじいね」

 エクルト子爵は入ってくる噂の女帝とは全く違う姿に、やはり噂とは当てにならないものだとづくづく思った。

「普段からあんな感じの言動をなさる方ですけれど、あそこまで凄いのはエデル様限定です。他の人には、もう少しおとなしめな対応です」

 護衛に残されたテオドールの言葉に、エデルの方が驚いた。

「え?そうなの?アリアさんって、誰に対してもあんな感じじゃないの?」

 エデルの今更な言葉に、その場にいた辺境軍の者たちが、とても残念な子を見る目をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

復讐の悪女になるはずが、天使系義兄からピュアな執着と溺愛で邪魔されてます!

鈴宮(すずみや)
恋愛
 サウジェリアンナ王国の王女エルシャは、不幸だった前世の記憶を持って生まれてきた。現世ではみんなから愛され、幸せになれると信じていたエルシャだったが、生後五ヶ月で城が襲撃されてしまう。  絶体絶命かと思いきや、エルシャは魔術師の男性から救出された上『リビー』という新たな名前を与えられ、養女として生きることに。  襲撃がジルヴィロスキー王国によるものと気づいたリビーは、復讐のため王太子妃になることを思いつく。けれど、義理の兄であるゼリックがあまりにもリビーを溺愛するため、せっかく王太子アインハードに近づくことに成功しても、無邪気に邪魔され計画がうまく進まない。  ゼリックの干渉を減らすためリビーは彼の婚約者を探したり、ゼリック抜きでアインハードとお茶をして復讐を成功させようと画策する。  そんな中、十六歳に成長したリビーはアインハードと同じ学園に入学し、本格的なアプローチを開始する。しかし、ゼリックが講師として学園へ来てしまい、チャンスをことごとく潰されてしまう。 (わたしは復讐がしたいのに!)  そう思うリビーだったが、ゼリックから溺愛される日々はとても幸せで……?

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

裏の顔ありな推しとの婚約って!?

花車莉咲
恋愛
鉱業が盛んなペレス王国、ここはその国で貴族令嬢令息が通う学園であるジュエルート学園。 その学園に通うシエンナ・カーネリアラ伯爵令嬢は前世の記憶を持っている。 この世界は乙女ゲーム【恋の宝石箱~キラキラブラブ学園生活~】の世界であり自分はその世界のモブになっていると気付くが特に何もする気はなかった。 自分はゲームで名前も出てこないモブだし推しはいるが積極的に関わりたいとは思わない。 私の前世の推し、ルイス・パライバトラ侯爵令息は王国騎士団団長を父に持つ騎士候補生かつ第二王子の側近である。 彼は、脳筋だった。 頭で考える前に体が動くタイプで正義感が強くどんな物事にも真っ直ぐな性格。 というのは表向きの話。 実は彼は‥‥。 「グレース・エメラディア!!貴女との婚約を今ここで破棄させてもらう!」 この国の第二王子、ローガン・ペレス・ダイヤモルト様がそう叫んだ。 乙女ゲームの最終局面、断罪の時間。 しかし‥‥。 「これ以上は見過ごせません、ローガン殿下」 何故かゲームと違う展開に。 そして。 「シエンナ嬢、俺と婚約しませんか?」 乙女ゲームのストーリーにほぼ関与してないはずなのにどんどんストーリーから離れていく現実、特に何も目立った事はしてないはずなのに推しに婚約を申し込まれる。 (そこは断罪されなかった悪役令嬢とくっつく所では?何故、私?) ※前作【悪役令息(冤罪)が婿に来た】にて名前が出てきたペレス王国で何が起きていたのかを書いたスピンオフ作品です。 ※不定期更新です。

お兄様「ねえ、イケナイ事をしよっか♡」

小野
恋愛
父が再婚して新しく出来たお兄様と『イケナイ事』をする義妹の話。

処理中です...