辺境伯の愛する傾国

椿猫

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結婚式前㉟~二人目と三人目は同時に襲来~

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 ヘンリエッタに注意がいっているのをよいことにルドルフは、そろっと部屋から出て行こうとした。
 もう少しで扉に手がかかる、という辺りまで来た時、扉が勢いよく開いた。

「おわっ!!」
「なんですか、ルドルフ。そんなところにいては邪魔ですよ。もしやわたくしの到着を知って、逃げようとしていたのではありませんね?」
「そんなことはございません!!」

 実際には逃げようとしていたのだが、ルドルフはピシっと立って否定した。

「テレサ様、この様子では、間違いなくルドルフは逃げだそうとしておりましたわ」

 年齢を感じさせない女性が二人、逃げだそうとしたルドルフの行く手を遮っていた。
 その立ち姿はピシっとしていて美しく、到着してすぐにこちらに来たのか簡素な服装なのに、異様なほどに圧倒的な存在感を放っていた。

「おばあ様、モニカ殿」

 アリアの嬉しそうな声で二人の正体は分かったが、そうでなくてもすぐに分かる。
 もう、絶対に逆らっちゃいけない方々だ。
 ヘンリエッタ様よりもラスボス感がすげぇ。
 ……クロノス、お父さん、生きて帰れないかもしれません。ってゆーか、アリアさんの最終形態ってこれ?
 ちょ、ちょっと、どうしよう。あれ?でも、ひょっとしてクロノスの最終形態もこれなのかな?
 何と言ってもクロノスは彼女のひ孫。実の父はあれだけど、隔世遺伝という飛び道具がある。

「アリア、久しいですね。元気そうで何よりです。それで、この方が貴女の夫ですか?」

 ずいっと前に出てきたのは、間違いなくアリアの祖母だ。迫力が違う。

「は、初めまして、エデルです」

 緊張しかない。ルドルフ同様、ピシっとして答えた。

「ほほほ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。アリア、貴女の好みはこういう殿方だったのですね?」

 祖母に真っ直ぐに言われて、アリアは苦笑した。

「えぇ、どうやらそうだったみたいです。自分でも知りませんでしたが、私はエデルがいいのです」
「アリアさん……!」

 アリアの言葉にエデルが感動していると、くすくすと笑い声が響いた。

「テレサ様、アリア様は貴女様によく似ておいでですわ。特にこれと決めた殿方を逃がさないところは、そっくりですわね」

 笑っていたのは、ルドルフの生みの母であるモニカだった。
 
「モニカ」
「だってそうではありませんか?テレサ様も旦那様と結婚なさると決めた時は、手段を選ばなかったではありませんか」

 はい。俺もそう聞いています。
 楽しそうに笑うモニカに、心の中だけで同意した。
 怖くて言葉にはとても出せそうにない。

「ならばアリアはわたくしに似たのね。と言いたいところだけど、まだ結ばれていないと聞いているわよ」
「あぁ、そうですね。テレサ様ならとっくの昔に押し倒しておりますねぇ」
「モニカ!」

 咎めてはいるが、身内の気安さが滲んでいる。テレサだとて本気で怒ってはいない。多分、いつものやり取りなのだろう。
 正妻と第二夫人って、こんな関係だったっけ?わりとどこの家でもギスギスしていたような……??
 少なくとも、エデルが今まで見てきた貴族の家だと、こんな和気あいあいとした感じではなかった気がする。
 どちらがより夫に愛されているかを競っている方々が多かった。
 あと、本当にテレサ様が辺境伯を押し倒したのが事実だった。
 そっちの方が衝撃なんですが……

「わたくしのことなど、もうよいでしょう。ですが、アリア、一つ忠告しておきますが、手に入れられる時に手に入れておかなければ、予期せぬ出来事でその手からこぼれ落ちることもあるのですよ」
「はい、おばあ様」

 テレサの忠告に、アリアは真剣な顔で頷いた。
 アリアさん、俺も覚悟決めた方がいいッスか……?
 手に入れるって、具体的にそういうことですよね!?
 どう考えても、祖母が孫に夫を今すぐ押し倒すように言ってるようにしか聞こえない。
 テレサとモニカと一緒に入ってきたと思われるショーンに、エデルは、ぽんっと肩を叩かれた。



 存分に孫との交流を持ったテレサは、久しぶりに辺境伯城にある自分の部屋へと戻ってきていた。
 部屋の中には、モニカとショーンと自分の三人だけだ。

「ショーン、エデル殿のことですが……」
「今、配下の者に、密かにエデル殿の足跡を辿るように指示してあります」
「そうですか。その者には、このことを伝えましたか?」
「いえ、エデル殿がエスカラのファーバティ伯爵と友人関係にありましたので、他にそういった交友関係がないかどうか確認してくるように、と言っただけです」
「ならばよいのですが……」

 テレサとショーンの会話の意味が分からず、モニカが首を傾げた。

「テレサ様、何か気になることがございましたか?」
「モニカは、ずっと辺境の地にいたものね。分からなくて当然なのだけれど……エデル殿を見て驚いたわ。エデル殿は、今の皇帝陛下に似ているのよ」
「え?まさか…!!」
「本当よ、似ているわ。でもね、エデル殿は陛下よりも、わたくしの祖父にそっくりなのよ」

 モニカが今の皇帝を見たのは、ほんの数回しかない。それも遠目で見ただけだ。
 だがテレサは、トワイライトの王族だ。
 辺境伯の元に嫁いで以来、それほど交流があったわけではないが、間近で見る機会は何度かあった。だが、それ以上にエデルにそっくりな存在を、テレサは知っていた。

「……わたくしの祖父は、病弱であまり表に出られなかった方だったそうだけれど、当時、祖父のことを知っていた者たちは、彼のことを「傾国の美女」と呼んでいたそうよ」
「失礼ですが、男性を傾国の美女と呼んでいたのですか?」
「そうよ。色白で儚い感じが、何ともいえなかったそうよ。祖父が亡くなった時、当時の皇帝陛下が息子の忘れ形見であった母を引き取って、王宮で育ててくださったの。一緒に育った母のことを溺愛していた従兄の後宮にそのまま側室として入ったのだけれど、母の部屋の中には両親を描いた絵が飾ってあったわ。幼い頃のわたくしはその絵を見ながら、わたくしは将来、おじい様のような傾国の美女になるの、とのんきに叫んでいたものよ」
「……それはどうかと思いますが……元気に叫んでいる時点で、不可能なことだったと思います」
 
 絵の中の祖父は、どんな貴族令嬢よりも令嬢感が漂っている男性だった。祖母と並んでいる絵など、女性同士にしか見えないくらいだった。
 ただ、あまりにも古い話なので、テレサの祖父を実際に見たことがある人間などもはやいないし、わずかに残っている絵姿は、テレサが持っている物か王宮のどこかにしまってある物だけだろう。

「少なくとも、エデル殿には、どこかでトワイライトの血が入っていると思うわ。そうでなければ、トワイライトの王子であった祖父にあれほど似ていることはないもの」

 何となく遠い目をしているモニカを放置して、テレサは続けた。

「テレサ様、お心当たりはありませんか?」

 ショーンの問いに、首を横に振る。
 皇帝であった兄とは手紙での交流がほとんどだったので、実際のところは分からないが、少なくとも辺境伯の密偵は、皇帝が他の女性に手を出したなんて報告を上げてこなかった。
 もしやテレサの祖父の血筋なのかとも思ったが、文字通り王宮の箱入り息子だった祖父に、外部の人間と接触する機会などまずなかったはずだ。

「残念ながら分からないわ。それにエデル殿のあの髪色は、北方の国特有の色合いなの。トワイライト王家には他国から嫁いでいらした方も多いから色々な国の血が混じってはいるけれど、北方の血は入っていないわ。エデル殿が気付かれていない理由は、王族にはないあの髪色と、陛下と違っていつもにこにこしているからね」

 ひょっとすると、他国から嫁いできた方の血に北の国の血が混じっていたのかもしれないが、それがこんな風に出てくるものだろうか。

「少なくとも、ご両親のどちらかが北方の国の方のはずよ。もしエデル殿が今の皇帝陛下の息子だったとしたら、陛下の近くにそんな女性がいればすぐに噂になるわよね」
「確かにそうですね」
 
 北方出身の女性が皇帝のすぐ近くにいたら、それだけで噂なんてすぐに立つ。
 秘密裏に皇帝と逢瀬を重ねて、その子を密かに産む。
 そんなことが、誰にも見つからずに出来るはずがない。

「アリア様には、お伝えしないのですか?」
「不確定要素が多すぎて……それに、もしエデル殿が本当に陛下の子だとしても、陛下が何も言ってこない以上、エデル殿はアリアの婿、それだけよ」
「左様でございますな。エデル殿はもはやロードナイトの人間です。万が一、エデル殿がトワイライトの者に拉致でもされた日には、全面戦争に発展しかねません」

 今回は、エデルが行方不明になったという報告が届いてすぐにアリアが動き、無事に連れ帰ることが出来た。
 拉致された理由も、単純に巻き込まれただけで、特にエデル本人が理由ではなかった。
 だが、もしトワイライトが明確な意志を持ってエデルを害するのならば、アリアは許さないだろう。

「アリア様も、とんでもないお婿さんを持ったものですわねぇ」

 モニカが、しみじみとした声で呟いた。

「あら?もしかして、ですけれど、アリア様とエデル様の間にお子様が生まれた場合、ロードナイトの正統な王でありながら、トワイライトの最も濃い血を持つ方になるのかしら……?」

 従兄妹同士の王族の間に生まれたテレサ。そのテレサの血を引くアリア。テレサの兄の孫にあたる(?)エデル。
 テレサの異母兄、そして現王、両方とも王妃は他国の姫君だ。今の王子には、半分以上、他国の血が入っている。

「……ショーン、気付かれちゃダメよ」
「はっ!!肝に命じます」

 もし事実だった場合、とんでもない爆弾になりそうだった。
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