辺境伯の愛する傾国

椿猫

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ようやく結婚式①

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 大きな鏡に映るその人は、誰よりも綺麗な本日の主役の一人。
 侍女たちが腕によりをかけて磨き上げた肌と髪は艶々として煌めいていて、伴侶が自ら選んでくれたネックレスとイヤリングは花嫁に相応しい一品だった。
 ティアラは、祖母が結婚式で使用した物を使わせてもらっている。
 ダイヤモンドをここぞとばかりにふんだんに使っているティアラは、普段は宝物庫に収められているが、この日のために引っ張り出された。
 というか、エデルは内心バクバクしていた。
 このティアラだけでどれだけお高いの?アリアさんに渡されたネックレスとイヤリングも相当だけど、これはもっとやばい代物だって!
 小さな宝石を一つ落としただけで、えらいことになりそうな気がする。
 テレサは、古い物だから壊れても仕方ない。壊れたら残った宝石で新しく作り替えればいい、と簡単に言っていたが、関係者全員、無事にエデルの頭に乗るまでどきどきしていた。
 エデル様、落とさないでくださいね、という無言のプレッシャーがきた。
 左手の手首には、銀の糸のような金属で作られたブレスレットをしている。 
 小指の爪くらいの大きさのラピスラズリを中心に、銀の糸が三重になっていて煌めいている。そこにも所々、小さなラピスラズリが使われていて、まぁ言ってしまえば、女性が身に着けることを前提としたデザインの物だ。
 これは、王都から来たコーリーからもらったものだ。
 正確にはコーリーではなく、その上司からの贈り物らしいが、幸運を呼び寄せる物だから、ぜひ肌身離さず身に着けていてほしいと言われたので、結婚式が終わった後も着けるつもりではいる。
 普段使いにはちょっと派手な感じはするが、エデルの中性的な美貌と相まって、はめていてもそんなにおかしくはなく、よく似合っているとアリアに褒められたので、悪い気はしていない。
 コーリーの上司が、何を思ってアリアの婚約者にコレを贈ってきたのかちょっと疑問に思ったのだが、答えが怖そうなので聞かなかった。
 コーリーも、よくお似合いですよ、と褒めてくれたので、細かいことはよしとした。
 実は、金属をこれだけ細く加工する技術は、とある地域に住む職人だけが作ることが出来る門外不出の技術で、お値段は相当なものだが、全員気が付かなかったことにした。
 エデルに至っては、もとよりそんな技術云々は知らない。
 むしろ興味を持ったのは、使われている宝石の方だった。

 『ラピスラズリは、持ち主に幸運をもたらす石なんだよ』

 昔そんな風に教えられて、一座の子供たち全員で、団長にラピスラズリがほしいとおねだりした。
 団長は笑いながら、いつか全員に用意してやるよと言っていたが、その約束は果たされることはなかった。
 それ以来、ラピスラズリは縁のない宝石だったのだが、まさかこんな時に自分の手元にやってくるとは思わなかった。
 デザイナーさんやお針子さんたちが、一生懸命作ってくれたドレス。
 アリアさんが、石から取り出して選んでくれたネックレスとイヤリング。
 コーリーさんの上司さんがくれたブレスレット。
 今日までエデルの肌を磨いて、髪を艶々にしてくれた侍女さんたち。
 そして、テレサ様のティアラ。
 エデルは改めて自分の姿を鏡で確認して、完璧だと自画自賛した。
 後は、アリアさんに指輪をはめてもらえば、それで幸せな花嫁さんが完成する。
 ちなみに、一足先にエデルの姿を見たクロノスは、ちょこっと遠い目をしていた。
 一般的にお父さんって男性だった気がするんだけどなぁ、というつぶやきは、聞かなかったことにした。
 そういうクロノスは、新しく誂えてもらった軍服がとてもよく似合っていた。
 さすがはアリアさんの息子だ。かっこいい!!
 まだお子様だけど、将来絶対に、周りから騒がれるくらいの美形に育つこと間違いなしの容姿をしている。幼い軍服姿が、さらに拍車をかけている。
 うちの息子がほしければ、俺を倒してから……はこっちが瞬殺されるからムリなので、お母さんを倒してからだ!
 ……倒せるかな?
 いや、諦めるな。エデルだって音楽で何とかいけたんだから、アリアさんの不得意な分野で挑めば多分大丈夫。
 将来の息子の嫁に思いを馳せたが、なぜか嫁がアリアに挑むことになっている。
 あれ?クロノスは、お嫁さんをもらうんだよね?
 間違っても、自分みたいな花嫁になる予定はないよね?
 でも、クロノスの理想の女性がアリアさんだったら、やっぱり花嫁衣装を着るのはクロノスになるのかな?
 あ、その時は、テレサ様のティアラと、アリアさんからもらったこのネックレスとイヤリングを身に着けてほしいなぁ。
 変な妄想をしていたら、お時間です、と侍女に言われて、いよいよその時が来たと覚悟を決めた。

「とってもお綺麗です、エデル様」

 侍女たちは全員、満足そうな笑顔をしてエデルを送り出してくれた。
 この日この時にエデルを最高に仕上げてアリアのもとに送り出すために、侍女たちは腕を磨いてきたのだ。

 『うちのエデル様に敵う花嫁なんていない!』

 それが全員一致の感想であり、満面の笑みの理由だった。
 エデル的には、アリアの隣に並んで見苦しくない程度の仕上がりでよかったのだが、アリア様のお隣に並ぶのですよね?、と妙な圧力をかけられつつお肌を磨かれ、優雅で美しい花嫁の立ち居振る舞いを叩き込まれた。
 全てはこの日のためだったので、侍女さんたちが納得してくれる出来でよかった。
 ちょっとクロノスが遠い目してたけど、本当に将来お前が花嫁衣装を着ることになったら、お父さんが着た花嫁衣装を着てね。勿体ないから。
 クロノスの父親に会ったことはないけれど、母親は性格を除けば、ほっそりして小柄な女性だったし、父方の一族であるアリアの親族は、男性も細身の人が多いのでごりごりの肉体派にはならないだろう。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか花嫁が入場する大聖堂の扉の前に着いた。
 ここからアリアの待つ祭壇まで、エデルは一人で歩いて行かなければならない。
 一応、クロノスもベールを持って一緒に入るが、あくまでも主役はエデルだ。
 大勢の人間が見つめる中、花嫁一人で歩く。
 これは、辺境伯やその後継者に嫁ぐ花嫁が必ず受ける洗礼。

 辺境伯の花嫁になるんだったら、俺たちが見てる前で祭壇まで一人で歩いてみせろ。
 それくらい出来るよなぁ?
 これくらいビビらず歩く根性見せろや。
 いざって時、辺境伯家を動かすのは妻の役目なんだからよ。

 そんな意味があるらしい。
 辺境伯家やその配下の者たちにとって、当主の妻が気弱で何も出来ないような人物では困る。
 当主に何かあった場合、後継者が育っていればいいが、そうでない場合は妻の担う役割は大きいのだ。
 万が一の場合、自分たちの命を預けることが出来るかどうか、それを見極めるための儀式でもある。
 ちなみに、テレサは生まれが生まれなので、圧倒的な王女力でその場を制した。
 アリアの父は入り婿だったし、先代が存命中だったので、最初から期待されていなかった。
 エデルの場合は、直接見知っている者たちは、あのアリア様が大切になさっているし、良い影響を与えてくれている、と概ね好意的に見ているのでいいが、問題は初めてエデルと会う者たちだった。
 アリア様の夫が花嫁?どういうこと?
 そんな状態で、ちょっと混乱していることと、さすがに似合わないだろう、と思っている者たちが大半で、エデルを見極めるというよりは、後継者となったクロノスを見に来た者も多い。
 初めから、エデルのことは眼中にない者やクロノスのおまけとして見下している者もおり、睨み付けてビビらせてやろうと考えている者もいた。
 その辺りの事情はアリアに聞いているし、いくら侍女さんたちが褒めてくれて、エデル自身も女装が似合うと自負していても、男が花嫁衣装を着ることに色々と言ってくる者たちはいるだろう。
 ちなみに女性陣は、私たちの辺境伯様を奪いやがって、というやつだ。
 考えても仕方がない!男は度胸だ!だって、必要なのはアリアさんで俺じゃないし!
 エデルは、深呼吸をして覚悟を決めた。
 きりっと前を向いたエデルのベールを持ちつつ、クロノスは、この父を大勢の人の前に出して大丈夫かなぁ?、と心配をしていた。
 だって、似合いすぎている。
 というか、めちゃめちゃ美人。
 父が、男にしては細めで女顔で、旅の最中にはお母さんで十分通用して、何なら本当の女性だと思われてナンパされてたのは、目の前で見ていたから知っている。
 たまに劇団で女性役をやってたんだよ、というのも聞いていた。
 仮縫いのドレスも似合っていたし、侍女さんたちの気合いの入れ方もすごかった。
 ……全てが合わさると、効果が倍じゃ済まないことってあるんだ……。
 全てが整えられて美しく着飾ったエデルは、その美貌で圧倒するというより、一目で惹かれて目が離せなくなるような、何というか……魅せられるのだ。
 内面を知らなかったら、魔性の魅力にやられる人間は多いと思われる。
 実は、ぽやぽやな親父ですけどぉ、と声を大にして言いたい。
 この父とあの母の息子として見られるのか……。
 クロノスの目は、さらに遠くを見ていたのだった。
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