聖なるじゃがいもと聖女のなり損ない~中年教師、芋と塩と砂糖で魔王(と相棒)の胃袋を掴む~

うはっきゅう

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第1話:聖なるじゃがいもと、聖女のなり損ない(と、俺)

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「うおおおおおおお! ま、眩しい! 目が、目がァァァ!」

 俺、佐藤健太郎(さとう けんたろう)、四十二歳。職業、高校教師。
 ……だった、はずだ。

 俺は確か、積み上がった期末テストの採点の山、その山頂(物理)に到達しようかという深夜三時、カフェインと疲労で限界突破した意識の向こう側で、後輩の若手教師のミスを庇って追加された反省文を書いていたはずだ。
 そう、典型的な『過労』だ。日本のミドルエイジを襲う、最強の即死魔法(フィジカル)である。

「……死んだ、のか? 俺」

 目を開けると、そこは真っ白な空間だった。大理石の床、そびえ立つ柱。典型的なアレだ。神殿ってやつだ。
 そして、俺の目の前には、薄い布一枚をまとった、とんでもない美少女が浮いていた。金髪縦ロール。青い瞳。完璧なまでの『女神』テンプレ。

「はい、おっつかれさまでーす! 佐藤健太郎さん、享年四十二歳! 魂(ソウル)の回収、完了でーす!」

 やけにチャラいノリで、女神(仮)がスマホっぽい板をいじりながら言った。

「え、あ、あの……俺は」
「あー、死因? 『過労』っスね。マジウケる。日本人、働きすぎじゃね?」
「ウケるな! こっちは命がけ(で死んでる)んだよ!」

 思わず教師時代のノリでツッコんでしまった。いかん、相手は神だぞ。

「まーまー。で、朗報! ケンタローさん、異世界転生、決定しましたー! パフパフ~!」
「かるっ!?」

 ノリが軽い! 人の人生(と死)をなんだと思ってやがる!

「いやー、今んとこ、魔王がマジヤバでさー。世界、ピンチなわけ。で、勇者、足りてないの。サトウさん、教師だったでしょ? 面倒見、いいっしょ? イケるイケる!」
「イケねえよ! 俺はしがない現代文(たまに家庭科)の教師だぞ! 魔王とか無理ゲーだろ!」

 俺の悲痛な叫びを、女神(自称)は「だいじょーぶ!」とサムズアップで一蹴した。

「もちろん、チート、あげますんで!」
「チ、チート!?」

 きた! きたぞ! これだ! 異世界転生のお約束!
 最強の聖剣か? あらゆる魔法を無効化する『絶対防御(イージス)』か? それとも、見ただけで相手を屈服させる『覇王の眼(キングス・アイ)』か!?

 俺はゴクリと唾を飲んだ。頼む、せめて『鑑定』スキルだけでも……!

 女神はニパッと笑い、空間から何かを取り出した。

「ジャジャーン! これを授けましょう! 『聖なるじゃがいも』でーす!」

「…………は?」

 俺の目の前に差し出されたのは、神々しい光を放つ、土付きのジャガイモだった。
 どう見ても、近所のスーパーで特売やってる男爵イモだった。

「いや、あの……」
「ただのじゃがいもじゃないッスよ? 『聖なる』じゃがいも、です!」
「その『聖なる』ってのは、具体的にどういう効果が!?」
「え? 『聖なる』んスよ?」
「だから何なんだよ!!」

 ダメだ、会話が成立しない! こいつ、見た目だけ一級品のアホだ!

「あのな! じゃがいモ一個でどうやって魔王と戦えってんだ! 素手で殴るよりマシかもしれんが、投擲用か!? 食料か!?」
「あ、わかってんじゃん。食料っスよ」
「食料かよ!!」

 俺が膝から崩れ落ちると、女神は「もー、心配性だなー」と、さらに二つのアイテムを取り出した。

「ほら! これもあげる! 『奇跡の塩』と、『祝福の砂糖』!」

「調味料セットォォォ!!」

 もうダメだ。終わった。俺の異世界ライフ、始まる前に終わった。
 聖剣じゃなくてジャガイモ。防具じゃなくて塩と砂糖。
 俺は魔王を倒しに行くんじゃない。キャンプにでも行くのか。

「あのな、サトウさん。『サトウ』だけに『砂糖』とか、ウケね?」
「ウケねえよ! 俺の苗字で遊ぶな! しかも一個は塩だし!」
「ま、とにかく! これらを使って、魔王を倒しちゃってくださーい!」
「無茶言うな!」
「あ、そうだ。パートナー、用意しときましたんで!」

 女神がパン、と手を叩く。

「パートナー?」
「そ! 聖都が誇る、最高の神童! 『聖女』ソアラちゃん! マジ可愛いから! まー、ちょっと『ワケあり』だけど、ケンタローさん教師だし? なんとかできるっしょ!」
「その『ワケあり』ってのが一番怖いんだよ! 説明しろぉぉぉ!」

 俺の最後の叫びも虚しく、女神(アホ)は「んじゃ、転送(トランスファー)!」と指を鳴らした。
 足元に魔法陣が浮かび上がり、俺の意識は再び、光の中へと吸い込まれていった。

「神は、死んだ(俺の中で)……!」

 ---

「……いてっ」

 次に俺が目を覚ました時、そこは硬い石畳の上だった。
 見渡す限り、美しい中世ヨーロッパ風の街並み。……いや、美しかった、であろう、街並み。

 視界の半分は、燃えていた。

「ゴホッ、ゲホッ! なんだこれ!? 空襲か!?」

 煙が立ち込め、人々が「きゃあああ!」と逃げ惑っている。
 明らかに、俺が転送されてくる前からヤバい状況だった。

「魔王軍の襲撃か!? おいおい、初手でハードモードすぎんだろ!」

 俺がポケットを探ると、確かに感触があった。
 土付きの『聖なるじゃがいも』(ほんのり温かい)、小瓶に入った『奇跡の塩』(やけにサラサラしてる)、そして小袋に入った『祝福の砂糖』(やけにキラキラしてる)。

「……どうしろと」

 俺が絶望に打ちひしがれていると、ひときわ大きな爆発音が、街の中心部から響き渡った。

 ドッゴオオオオオオオオオン!!!

「ひいぃぃ!?」

 爆風で吹き飛ばされそうになりながら、俺は爆心地を見た。
 そこには、巨大なクレーターができていた。街のシンボルだったらしい噴水が、跡形もなく消し飛んでいる。

 そして、そのクレーターの中心に、一人の少女が立っていた。

 銀色に輝く、腰まで届く美しい髪。汚れ一つない(ように見えたが、よく見るとススだらけの)聖女の装束。
 そして、その手に不釣り合いなほどの魔力を集束させている。

「う、うう……」

 少女は、泣いていた。

「また……またやっちゃった……」

 人々が遠巻きに叫んでいる。
「出たぞ! 『聖女のなり損ない』だ!」
「ソアラ様がまた暴走してるぞ!」
「誰か止めろよ!」
「馬鹿! 近づいたら消し炭にされるぞ!」

「…………」

 俺は、女神(アホ)の言葉を思い出していた。

『聖都が誇る、最高の神童! 『聖女』ソアラちゃん!』
『まー、ちょっと『ワケあり』だけど』

「これかあああああ!!!」

 ワケありすぎだろ!
 神童どころか、歩く戦略級破壊兵器じゃねえか!
 魔王軍の襲撃じゃなかった。内乱だ! いや、事故だ! 一人による、大規模破壊事故だ!

 彼女が、ソアラ。俺の、パートナー。

「おいおいおい……嘘だろ……」

 俺が呆然としていると、ソアラがこちらをギロリと睨んだ。
 いや、睨んだというか、涙目で焦点が合ってないだけか。

「だ、誰ですの!? わたくしに近づかないでください! また、暴発したら……!」

 彼女の周囲に、バチバチと魔力の火花が散る。空気が歪むほどの膨大な魔力。
 こりゃ、神童ってのは嘘じゃねえな。ただ、出力の調整が一切できていない!
 例えるなら、蛇口をひねったらダムが決壊するようなもんだ!

「ひっ……うう……わたくし、わたくし……《火球(ファイアボール)》を練習してただけなのに……どうしていつも《超新星(スーパーノヴァ)》になっちゃうんですの……」

「練習の規模がおかしいだろ!!」

 俺は全力でツッコんだ。近所迷惑とかいうレベルじゃない。都市機能停止レベルだ。

 騎士団らしき連中が、恐る恐る盾を構えて近づいてくる。
「ソアラ様! お鎮まりください! これ以上は聖都が持ちませんぞ!」
「こ、来ないで! 来ないでって言ってるじゃないですか! わたくしだって、止めたくても止められないんですの!」

 ソアラの魔力が、さらに高まる。まずい。あふれそうだ。
 あんなもんが炸裂したら、俺の異世界ライフ、五分で終わるぞ。

 その時だった。

「ぐううううううううう~~~~~」

 緊迫した空気の中、盛大な、腹の虫の音が響き渡った。
 音源は、もちろん。

「…………え?」

 ソアラが、顔を真っ赤にして固まった。
 俺も固まった。騎士団も固まった。

「は、はぅっ! い、今のは違います! 魔力の共鳴ですわ! そう、魔力が満ちすぎて、空間が、その、ねじれて……!」

「「「「…………」」」」

 全員が、生暖かい目になった。

 俺は、はあー、とクソデカいため息をついた。
 ダメだこり(・)ゃ(・)。
 聖女でも、神童でも、なり損ないでもない。

 こいつはただの、腹ペコで、キャパオーバーで、泣きべそかいてる、女子生徒だ。

「……あー、もう」

 俺は頭をガシガシとかきむしると、ポケットから『聖なるじゃがいも』を取り出し、魔力(デンジャー)地帯にズカズカと歩いて行った。

「き、来ないでください! 死にますわよ!」
「ああ、うるさいうるさい」

 俺は、ソアラの目の前に、ゴトリ、とじゃがいもを差し出した。

「え……?」

 ソアラが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、きょとん、としている。

「食うか?」

「……じゃが、いも?」

「ああ。どうも『聖なる』らしいぞ」

 俺は続けた。教師のカンだ。
「腹が減ってるから魔力が暴走するんだ。違うか?」

「!」

「問題児ってのはな、大抵、腹が減ってるか、寝不足か、構ってほしいかのどれかなんだよ。お前は……見たところ、全部だな」

 ソアラの目から、再び涙がこぼれた。さっきまでのパニックの涙とは違う、安堵の涙、か?

「……お腹、すきました……昨日の夜から、何も食べてなくて……」
「だろうな」

 ソアラが、おずおずと『聖なるじゃがいも』を受け取る。
 ほんのり温かい。というか、これ、蒸かしたてのホクホク状態だ。
 なるほど、「聖なる」ってのは「自動で調理(ふかし芋)される」って効果か! 地味! だが助かる!

 俺はさらにポケットから『奇跡の塩』を取り出した。

「塩、かけるか?」

「……はい」

 ソアラは、こくり、と頷いた。
 俺はサラサラと塩をかけてやる。
 ソアラは、クレーターのど真ん中で、熱々のじゃがいもにかじりついた。

「おいひい……」

 途端、ソアラの周りで荒れ狂っていた魔力が、スウウウウ……と霧散していく。
 騎士団が「お、おさまった……?」「じゃがいもで……?」とザワついている。

 俺は佐藤健太郎。享年四十二歳。職業、元・高校教師。
 現在の所持品、じゃがいも(残りわずか)、塩、砂糖。
 相棒(仮)、聖都を半壊させた『聖女のなり損ない』(いまは夢中で芋を食ってる)。

(どうすんだよこれェェェェ!!)

 俺は天を仰いだ。
(待ってろ魔王! お前を倒す前に、まず俺はこの子の腹を満たしてやる! 俺の異世界教師(兼料理人?)生活は、こうして最悪の形で幕を開けたのである!)
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