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第3話:爆裂トマトと村娘
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「畑、はじめました、じゃねええええ!」
リック村長の絶叫が、新しく生まれ変わった漆黒の大地に響き渡った。 無理もない。 数時間前まで、ここは雑草すらまばらにしか生えていない、死んだ荒れ地だったのだ。 それが今、どうだ。
見渡す限り、しっとりと水分を含んだ極上の黒土。 そして、そこにまるで森のようにそびえ立ち、赤ん坊の頭ほどもある巨大な「トマト」を無数に実らせている、謎の植物群。 極めつけは、その中心に立ち、伝説の武器(みたいなクワ)を肩に担ぎ、「畑、はじめました?」などと呑気なことを言っている、元貴族の三男(追放済み)。
「坊主…いや、アルト…。お前さん、一体、何者なんだ…?」
リック村長の顔は、驚愕と、ほんの少しの恐怖で引きつっていた。 無理もない。これはもはや、魔法の領域を超えている。神の御業か、あるいは悪魔の所業か。
「い、いや、リックさん、これはその…俺のスキルがちょっと、その…目覚めた、みたいな…」
俺がしどろもどろに説明しようとした、まさにその時だった。
キィィィン! カァァァン!!
村の中心部から、甲高い警鐘の音が響き渡った! 一度ではない。狂ったように、何度も、何度も!
「「!?」」
俺とリック村長の顔色が変わる。 あの鐘は、村が設立されて以来、数えるほどしか鳴らされたことがないという、最上級の非常事態を告げる合図だ。
「魔物だ!」
リック村長が、顔面蒼白になって叫んだ。
その言葉を裏付けるように、村の方角から複数の悲鳴が上がり始めた。
「ギャアアア!」 「ゴブリンだ! ゴブリンの群れだぞ!」
「数が多い! クソッ、自警団は武器を持て! 女子供は奥へ!」
「まずい!」
リック村長が、錆びた剣を抜きながら走り出す。
「アルトの坊主! お前はここに隠れてろ! その畑は…なんだか分からねえが、とにかくここに!」
隠れてろ、か。 その言葉が、俺の胸に突き刺さった。
(そうだ、俺は戦えない) (剣も魔法も使えない、役立たずの雑草だ)
追放された日の記憶が、イザベラの嘲笑が、脳裏をよぎる。 足が、鉛のように重くなった。 恐怖で、膝が笑っているのが分かる。
《主よ》
脳内に、ガイアの冷静な声が響いた。
《何を恐れる》
「だ、だって、俺は…戦い方なんて…!」
《戦う? 違うな。汝は『農家』だ。汝が為すべきは、戦いではない》
「じゃあ、何を…」
《『害獣駆除』だ》
ガイアは、こともなげに言い放った。
《主の畑(・・)を荒らしに来た、不届きな害獣どもを、駆除する。それだけのことよ。そして――》
ガイアの声が、力を帯びる。
《汝の目の前にあるソレは、そのために実ったのだ》
俺は、ハッと顔を上げた。 目の前には、燃えるように真っ赤な【爆裂トマト】が、たわわに実っている。 まるで、「使え」と言わんばかりに、怪しいほどの艶を放ちながら。
「……害獣、駆除」
そうだ。 ここは、俺が耕した畑だ。 このテルマ村も、俺がこれから世話をする「畑」の一部だ。
それを荒らす奴らは、ゴブリンだろうがドラゴンだろうが、全部「害獣」だ。 農家として、見過ごすわけにはいかねえ!
「うおおおおお!」
俺は叫び、森のように茂るトマトの群れに飛び込んだ。 【奇跡の豊穣】スキルが発動しているのか、俺が手を伸ばすと、トマトはまるで自ら枝を離れるかのように、簡単に収穫できた。
ズシリ。 赤ん坊の頭ほどもあるソレは、見た目以上に重い。 生命力がパンパンに詰まっているのが、手のひらを通して伝わってくる。
俺はそれを両腕に2つ、3つと抱え、村の中心部へと全力で疾走した!
「クソッ! 押し切られる!」 「だめだ! ホブゴブリンがいるぞ! デカいやつだ!」
村の広場は、すでに地獄絵図と化していた。 数にして30匹は超えるだろうゴブリンの群れが、粗末な棍棒や錆びた短剣を振り回し、村の自警団を圧倒していた。 自警団はわずか5人。リック村長を含めても6人だ。 しかも、群れの中には、通常のゴブリンより一回りも二回りも大きく、筋骨隆々とした「ホブゴブリン」が3匹も混じっている。あれはC級冒険者パーティでも苦戦する相手だ。
「リリア! 逃げろ!」 「いやっ! お母さん! お母さんがまだ家の中に…!」
広場の隅で、見覚えのある少女がゴブリンに詰め寄られていた。 確か、俺に芋のスープを運んできてくれた、リック村長の娘の「リリア」だ。 彼女は、小さな子供を庇うように立ちふさがっているが、その足は恐怖で震えていた。
ニタリ、と。 ホブゴブリンの一匹が、下卑た笑いを浮かべ、リリアに狙いを定めた。 その手には、人間の頭蓋骨ほどもある、巨大な棍棒が握られている。
「やめろォォォ!!」 リック村長が叫ぶが、他のゴブリンに阻まれて間に合わない!
ホブゴブリンが、棍棒を振り上げた。 リリアが、ギュッと目を閉じた。
(間に合えェェェ!!)
俺は、その瞬間、腕に抱えていた【爆裂トマト】の一つを、野球のピッチャーが投げるかのようなフォームで、渾身の力を込めて投げつけていた!
「俺の畑に足を踏み入れるなァァァ!!」
ヒュオッ! 真っ赤な砲弾と化したトマトが、風を切り裂き、正確にホブゴブリンの顔面に向かって飛んでいく。
「……グベ?」
ホブゴブリンが、何か間抜けな声を上げた。 次の瞬間、トマトがその顔面にクリーンヒットした。
グチャ。 鈍い音が響く。
………。
広場にいた全員――ゴブリンも、村人たちも、一瞬、動きを止めた。
(あれ? 不発?) 俺は一瞬焦った。 ただの硬いトマトだったのか?
だが、ガイアは言っていた。 【爆裂トマト】と。
そして、コンマ数秒後。
ドゴォォォォォォーーーーーン!!!
「「「「は?」」」」
全員の、思考が停止した。
トマトが、文字通り「爆発」したのだ。 凄まじい爆音と衝撃波が、広場全体を揺るがした。 直撃を受けたホブゴブリンは、顔面が消し飛んだのか、首から上を真っ赤な「何か」に変え、巨体を仰向けに吹き飛ばした。
それだけじゃない。 爆発の余波で、ホブゴブリンの周囲にいたゴブリン数匹も、まるで紙切れのように吹き飛び、壁や地面に叩きつけられていた。
「…………え?」
リリアが、呆然と目を開けて、その光景を見ていた。 リック村長が、振り上げた剣を止めたまま、硬直していた。 他のゴブリンたちも、何が起こったのか理解できず、キョロキョロと辺りを見回している。
広場に広がるのは、焦げ付いたような匂いと…なぜか、非常にフルーティーで、甘酸っぱいトマトの香り。
「……マジかよ」
俺自身が、一番驚いていた。 これが、【神聖農業】の力。 これが、【爆裂トマト】。
《フハハハハ! 言ったであろう、『元気』な実だと!》
ガイアが、脳内で高笑いしている。
《生命力が凝縮しすぎた結果よ! 害獣駆除には、うってつけだろう!》
「うってつけ、どころじゃねえ!」
俺の叫びで、ゴブリンたちが我に返った。 仲間を吹き飛ばされた怒りか、あるいは本能的な恐怖か。 残りのゴブリンたちが、一斉に俺――新たな脅威――に向かって殺到してきた!
「グギギギ!」 「ガアアアア!」
「来やがれ、雑草どもがァ!」
俺は、追放された時の鬱憤を全て晴らすかのように、吼えた。
「テメェら全員、俺の畑の肥やしにしてやるぜ!」
俺は、抱えていた残りのトマトを、次々と投げつける!
「食らえ! 一発目ェ!」
ドゴンッ! ゴブリンの群れのど真ん中に着弾! 3匹まとめて吹き飛ぶ! 飛び散った真っ赤な果汁が、他のゴブリンの皮膚にかかる。
「ギギギ!? ギィィィ!?」
果汁がかかったゴブリンたちが、苦しみ出した。 見ると、果汁がかかった部分の皮膚が、ジュウジュウと音を立てて溶けている!
「うわ、強酸性かよ!?」
《生命力の塊故な。魔物のような淀んだ魔力とは、とことん相性が悪い》 「最高だぜ、ガイア!」
俺は、一旦畑に戻り(と言っても、広場のすぐ近くだ)、さらに両腕いっぱいの【爆裂トマト】を収穫する。 【奇跡の豊穣】スキルのおかげで、もぎ取ったそばから、次の実が(まだ青いが)再生し始めている。なんだこれ、無限弾薬かよ!
「二発目! 三発目ェ!」
ドガーン! ドゴォォォン! もはや、ただの農家とは思えない、正確無比な投擲! 俺の【神聖農業】スキルは、投擲の精度まで補正してくれているらしい!
阿鼻叫喚。 広場は、ゴブリンたちの断末魔と、トマトの爆発音で埋め尽くされた。 残っていたホブゴブリンも、爆発に巻き込まれて動けなくなったところを、リック村長たち自警団がとどめを刺していく。
「す、すげえ…」 「なんだあれ…」 「アルトさんが、ゴブリンを、トマトで…?」
自警団の人たちが、戦いながらも呆然と呟いている。
そして、数十秒後。 あれほど脅威だったゴブリンの群れは、広場に転がる「赤いシミ」と化していた。
「……ハァ、ハァ……」
静寂が戻った広場に、俺の荒い息遣いだけが響く。 手には、投げそびれた最後の一個のトマトが握られていた。 まだ温かい。まるで、生きているみたいだ。
「……俺が、やったのか…?」 剣も魔法も使えなかった、この俺が。 村を、みんなを、守った…?
「あ、あの……!」
か細い声に、俺はハッと振り返った。 そこには、尻餅をついたまま、俺を呆然と見上げているリリアがいた。 彼女は、俺の姿(トマトの果汁まみれ)を見ると、ビクッ、と体を震わせた。
(やべ、怖がらせたか? 人が育てたとは思えないトマト投げて爆殺とか、普通にドン引きだよな…)
俺が、どう弁明しようかと口ごもった、その時。
「あ、アルトさん……!」
リリアは、恐怖で震えていたんじゃない。 その頬は、トマトのように真っ赤に染まっていた。 恐怖ではなく、別の何かで潤んだ瞳で、俺を真っ直ぐに見つめていた。
「すごい…! すごかったです…! かっこよかった…!」
「…………え?」
か、かっこよかった? トマト投げてただけだけど?
「(え? なにこの展開?)」
俺が、人生で初めて女の子から(たぶん)好意的な視線を向けられ、完全にフリーズしていると。
「坊主……いや、アルト様…!」
リック村長が、震える足で俺に歩み寄ってきた。その顔は、恐怖でも驚愕でもなく、今はただ「尊敬」の色に染まっていた。
「あんたは、一体…いや、あんたは、この村の…救世主だ!」
「アルト様なんてやめてください、リックさん」
俺は、照れ隠しと、まだ高ぶる興奮を抑えるように、ニカッと笑ってみせた。
「俺はただの…そう、ただの『農家』ですよ」
その言葉を合図にしたかのように、家々から恐る恐る顔を出していた村人たちが、堰(せき)を切ったように広場になだれ込んできた。
「うおおおおお!」 「助かったぞ!」 「アルトさんのおかげだ!」 「あのトマト、すげえ!」 「ありがとう、アルトさん!」
歓声。 賞賛。 感謝。
俺が18年間、実家で一度も向けられたことのない感情の奔流が、俺に叩きつけられる。
「あ…」 目頭が熱くなった。 雑草だった俺が、初めて、誰かに必要とされた。 誰かを、守ることができた。
俺は、歓声の中心で、左手に握られた【爆裂トマト】と、右手にいつの間にか戻っていた相棒――【ガイア】を、強く、強く握りしめた。 追放された雑草は、今日、この辺境の地で、村を救うヒーロー(最強農家)として、その第一歩を、確かに踏み出したのだった。
リック村長の絶叫が、新しく生まれ変わった漆黒の大地に響き渡った。 無理もない。 数時間前まで、ここは雑草すらまばらにしか生えていない、死んだ荒れ地だったのだ。 それが今、どうだ。
見渡す限り、しっとりと水分を含んだ極上の黒土。 そして、そこにまるで森のようにそびえ立ち、赤ん坊の頭ほどもある巨大な「トマト」を無数に実らせている、謎の植物群。 極めつけは、その中心に立ち、伝説の武器(みたいなクワ)を肩に担ぎ、「畑、はじめました?」などと呑気なことを言っている、元貴族の三男(追放済み)。
「坊主…いや、アルト…。お前さん、一体、何者なんだ…?」
リック村長の顔は、驚愕と、ほんの少しの恐怖で引きつっていた。 無理もない。これはもはや、魔法の領域を超えている。神の御業か、あるいは悪魔の所業か。
「い、いや、リックさん、これはその…俺のスキルがちょっと、その…目覚めた、みたいな…」
俺がしどろもどろに説明しようとした、まさにその時だった。
キィィィン! カァァァン!!
村の中心部から、甲高い警鐘の音が響き渡った! 一度ではない。狂ったように、何度も、何度も!
「「!?」」
俺とリック村長の顔色が変わる。 あの鐘は、村が設立されて以来、数えるほどしか鳴らされたことがないという、最上級の非常事態を告げる合図だ。
「魔物だ!」
リック村長が、顔面蒼白になって叫んだ。
その言葉を裏付けるように、村の方角から複数の悲鳴が上がり始めた。
「ギャアアア!」 「ゴブリンだ! ゴブリンの群れだぞ!」
「数が多い! クソッ、自警団は武器を持て! 女子供は奥へ!」
「まずい!」
リック村長が、錆びた剣を抜きながら走り出す。
「アルトの坊主! お前はここに隠れてろ! その畑は…なんだか分からねえが、とにかくここに!」
隠れてろ、か。 その言葉が、俺の胸に突き刺さった。
(そうだ、俺は戦えない) (剣も魔法も使えない、役立たずの雑草だ)
追放された日の記憶が、イザベラの嘲笑が、脳裏をよぎる。 足が、鉛のように重くなった。 恐怖で、膝が笑っているのが分かる。
《主よ》
脳内に、ガイアの冷静な声が響いた。
《何を恐れる》
「だ、だって、俺は…戦い方なんて…!」
《戦う? 違うな。汝は『農家』だ。汝が為すべきは、戦いではない》
「じゃあ、何を…」
《『害獣駆除』だ》
ガイアは、こともなげに言い放った。
《主の畑(・・)を荒らしに来た、不届きな害獣どもを、駆除する。それだけのことよ。そして――》
ガイアの声が、力を帯びる。
《汝の目の前にあるソレは、そのために実ったのだ》
俺は、ハッと顔を上げた。 目の前には、燃えるように真っ赤な【爆裂トマト】が、たわわに実っている。 まるで、「使え」と言わんばかりに、怪しいほどの艶を放ちながら。
「……害獣、駆除」
そうだ。 ここは、俺が耕した畑だ。 このテルマ村も、俺がこれから世話をする「畑」の一部だ。
それを荒らす奴らは、ゴブリンだろうがドラゴンだろうが、全部「害獣」だ。 農家として、見過ごすわけにはいかねえ!
「うおおおおお!」
俺は叫び、森のように茂るトマトの群れに飛び込んだ。 【奇跡の豊穣】スキルが発動しているのか、俺が手を伸ばすと、トマトはまるで自ら枝を離れるかのように、簡単に収穫できた。
ズシリ。 赤ん坊の頭ほどもあるソレは、見た目以上に重い。 生命力がパンパンに詰まっているのが、手のひらを通して伝わってくる。
俺はそれを両腕に2つ、3つと抱え、村の中心部へと全力で疾走した!
「クソッ! 押し切られる!」 「だめだ! ホブゴブリンがいるぞ! デカいやつだ!」
村の広場は、すでに地獄絵図と化していた。 数にして30匹は超えるだろうゴブリンの群れが、粗末な棍棒や錆びた短剣を振り回し、村の自警団を圧倒していた。 自警団はわずか5人。リック村長を含めても6人だ。 しかも、群れの中には、通常のゴブリンより一回りも二回りも大きく、筋骨隆々とした「ホブゴブリン」が3匹も混じっている。あれはC級冒険者パーティでも苦戦する相手だ。
「リリア! 逃げろ!」 「いやっ! お母さん! お母さんがまだ家の中に…!」
広場の隅で、見覚えのある少女がゴブリンに詰め寄られていた。 確か、俺に芋のスープを運んできてくれた、リック村長の娘の「リリア」だ。 彼女は、小さな子供を庇うように立ちふさがっているが、その足は恐怖で震えていた。
ニタリ、と。 ホブゴブリンの一匹が、下卑た笑いを浮かべ、リリアに狙いを定めた。 その手には、人間の頭蓋骨ほどもある、巨大な棍棒が握られている。
「やめろォォォ!!」 リック村長が叫ぶが、他のゴブリンに阻まれて間に合わない!
ホブゴブリンが、棍棒を振り上げた。 リリアが、ギュッと目を閉じた。
(間に合えェェェ!!)
俺は、その瞬間、腕に抱えていた【爆裂トマト】の一つを、野球のピッチャーが投げるかのようなフォームで、渾身の力を込めて投げつけていた!
「俺の畑に足を踏み入れるなァァァ!!」
ヒュオッ! 真っ赤な砲弾と化したトマトが、風を切り裂き、正確にホブゴブリンの顔面に向かって飛んでいく。
「……グベ?」
ホブゴブリンが、何か間抜けな声を上げた。 次の瞬間、トマトがその顔面にクリーンヒットした。
グチャ。 鈍い音が響く。
………。
広場にいた全員――ゴブリンも、村人たちも、一瞬、動きを止めた。
(あれ? 不発?) 俺は一瞬焦った。 ただの硬いトマトだったのか?
だが、ガイアは言っていた。 【爆裂トマト】と。
そして、コンマ数秒後。
ドゴォォォォォォーーーーーン!!!
「「「「は?」」」」
全員の、思考が停止した。
トマトが、文字通り「爆発」したのだ。 凄まじい爆音と衝撃波が、広場全体を揺るがした。 直撃を受けたホブゴブリンは、顔面が消し飛んだのか、首から上を真っ赤な「何か」に変え、巨体を仰向けに吹き飛ばした。
それだけじゃない。 爆発の余波で、ホブゴブリンの周囲にいたゴブリン数匹も、まるで紙切れのように吹き飛び、壁や地面に叩きつけられていた。
「…………え?」
リリアが、呆然と目を開けて、その光景を見ていた。 リック村長が、振り上げた剣を止めたまま、硬直していた。 他のゴブリンたちも、何が起こったのか理解できず、キョロキョロと辺りを見回している。
広場に広がるのは、焦げ付いたような匂いと…なぜか、非常にフルーティーで、甘酸っぱいトマトの香り。
「……マジかよ」
俺自身が、一番驚いていた。 これが、【神聖農業】の力。 これが、【爆裂トマト】。
《フハハハハ! 言ったであろう、『元気』な実だと!》
ガイアが、脳内で高笑いしている。
《生命力が凝縮しすぎた結果よ! 害獣駆除には、うってつけだろう!》
「うってつけ、どころじゃねえ!」
俺の叫びで、ゴブリンたちが我に返った。 仲間を吹き飛ばされた怒りか、あるいは本能的な恐怖か。 残りのゴブリンたちが、一斉に俺――新たな脅威――に向かって殺到してきた!
「グギギギ!」 「ガアアアア!」
「来やがれ、雑草どもがァ!」
俺は、追放された時の鬱憤を全て晴らすかのように、吼えた。
「テメェら全員、俺の畑の肥やしにしてやるぜ!」
俺は、抱えていた残りのトマトを、次々と投げつける!
「食らえ! 一発目ェ!」
ドゴンッ! ゴブリンの群れのど真ん中に着弾! 3匹まとめて吹き飛ぶ! 飛び散った真っ赤な果汁が、他のゴブリンの皮膚にかかる。
「ギギギ!? ギィィィ!?」
果汁がかかったゴブリンたちが、苦しみ出した。 見ると、果汁がかかった部分の皮膚が、ジュウジュウと音を立てて溶けている!
「うわ、強酸性かよ!?」
《生命力の塊故な。魔物のような淀んだ魔力とは、とことん相性が悪い》 「最高だぜ、ガイア!」
俺は、一旦畑に戻り(と言っても、広場のすぐ近くだ)、さらに両腕いっぱいの【爆裂トマト】を収穫する。 【奇跡の豊穣】スキルのおかげで、もぎ取ったそばから、次の実が(まだ青いが)再生し始めている。なんだこれ、無限弾薬かよ!
「二発目! 三発目ェ!」
ドガーン! ドゴォォォン! もはや、ただの農家とは思えない、正確無比な投擲! 俺の【神聖農業】スキルは、投擲の精度まで補正してくれているらしい!
阿鼻叫喚。 広場は、ゴブリンたちの断末魔と、トマトの爆発音で埋め尽くされた。 残っていたホブゴブリンも、爆発に巻き込まれて動けなくなったところを、リック村長たち自警団がとどめを刺していく。
「す、すげえ…」 「なんだあれ…」 「アルトさんが、ゴブリンを、トマトで…?」
自警団の人たちが、戦いながらも呆然と呟いている。
そして、数十秒後。 あれほど脅威だったゴブリンの群れは、広場に転がる「赤いシミ」と化していた。
「……ハァ、ハァ……」
静寂が戻った広場に、俺の荒い息遣いだけが響く。 手には、投げそびれた最後の一個のトマトが握られていた。 まだ温かい。まるで、生きているみたいだ。
「……俺が、やったのか…?」 剣も魔法も使えなかった、この俺が。 村を、みんなを、守った…?
「あ、あの……!」
か細い声に、俺はハッと振り返った。 そこには、尻餅をついたまま、俺を呆然と見上げているリリアがいた。 彼女は、俺の姿(トマトの果汁まみれ)を見ると、ビクッ、と体を震わせた。
(やべ、怖がらせたか? 人が育てたとは思えないトマト投げて爆殺とか、普通にドン引きだよな…)
俺が、どう弁明しようかと口ごもった、その時。
「あ、アルトさん……!」
リリアは、恐怖で震えていたんじゃない。 その頬は、トマトのように真っ赤に染まっていた。 恐怖ではなく、別の何かで潤んだ瞳で、俺を真っ直ぐに見つめていた。
「すごい…! すごかったです…! かっこよかった…!」
「…………え?」
か、かっこよかった? トマト投げてただけだけど?
「(え? なにこの展開?)」
俺が、人生で初めて女の子から(たぶん)好意的な視線を向けられ、完全にフリーズしていると。
「坊主……いや、アルト様…!」
リック村長が、震える足で俺に歩み寄ってきた。その顔は、恐怖でも驚愕でもなく、今はただ「尊敬」の色に染まっていた。
「あんたは、一体…いや、あんたは、この村の…救世主だ!」
「アルト様なんてやめてください、リックさん」
俺は、照れ隠しと、まだ高ぶる興奮を抑えるように、ニカッと笑ってみせた。
「俺はただの…そう、ただの『農家』ですよ」
その言葉を合図にしたかのように、家々から恐る恐る顔を出していた村人たちが、堰(せき)を切ったように広場になだれ込んできた。
「うおおおおお!」 「助かったぞ!」 「アルトさんのおかげだ!」 「あのトマト、すげえ!」 「ありがとう、アルトさん!」
歓声。 賞賛。 感謝。
俺が18年間、実家で一度も向けられたことのない感情の奔流が、俺に叩きつけられる。
「あ…」 目頭が熱くなった。 雑草だった俺が、初めて、誰かに必要とされた。 誰かを、守ることができた。
俺は、歓声の中心で、左手に握られた【爆裂トマト】と、右手にいつの間にか戻っていた相棒――【ガイア】を、強く、強く握りしめた。 追放された雑草は、今日、この辺境の地で、村を救うヒーロー(最強農家)として、その第一歩を、確かに踏み出したのだった。
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かつて「英雄」と讃えられた青年アレンは、仲間の裏切りによって王国を追放された。
雪原の果てで出会ったのは、心を閉ざした氷の精霊・リィナ。
絶望の底で交わした契約が、やがて滅びかけた王国の運命を変えていく――。
氷と炎、愛と憎しみ、真実と嘘が交錯する異世界再生ファンタジー。
彼はなぜ忘れられ、なぜ再び立ち上がるのか。
世界の記憶が凍りつく時、ひとつの約束だけが、彼らを導く。
追放された凡人魔導士ですが、実は世界最強の隠しステ持ちでした〜気づかないうちに英雄扱いされて、美少女たちに囲まれていました〜
にゃ-さん
ファンタジー
「お前は凡人だ。パーティから追放だ」
勇者パーティの役立たずと蔑まれ、辺境へと追放された下級魔導士エイル。
自分でも平凡だと信じて疑わなかった彼は、辺境でのんびり暮らそうと決意する。
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「……え?俺のステータス、バグってないか?」
魔力無限、全属性適性、成長率無限大。
常識外れどころか、世界の理そのものを揺るがす「世界最強の隠しステ」を抱えた、規格外のチートだった。
自覚がないまま災厄級の魔物をワンパンし、滅亡寸前の国を片手間で救い、さらには救われた美少女たちから慕われ、いつの間にかハーレム状態に。
一方、エイルを追放した勇者たちは、守ってもらっていた無自覚チートを失い、あっという間に泥沼へと転落していく。
「俺、本当に凡人なんだけどなあ……」
本人だけが自分を凡人だと思い込んでいる、無自覚最強魔導士の、追放から始まる自由気ままな英雄譚。
ざまぁ上等、主人公最強&ハーレム要素たっぷりでお届けします。
役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く
腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」
――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。
癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。
居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。
しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。
小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。
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