【R18】Actually

うはっきゅう

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本編

仮面の裏の真実

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 あの日、チカが下した「降伏」とも取れる決断は、グループ内に重い、しかし奇妙な静けさをもたらしていた。
 メンバーは、事務所への不信感と、チカへの申し訳なさで、練習中もどこかギクシャクしている。

「……チカさん、本当に、よかったんスか」
 休憩中、ソウタが、煮え切らない顔でチカに詰め寄る。
「……何が」
「パートのことですよ! あんなの、絶対おかしい!」
「決まったことだ。俺たちが今やるべきは、文句を言うことじゃなく、決まったモンを完璧に仕上げることだろ」
 チカは、冷たいほど冷静に言い放ち、水を飲む。
 その、あまりにも「大人」な態度が、逆に弟たちの苛立ちを煽っていた。

「……チカさんが、そう言うなら」
 コマチが、チッと舌打ちをして、壁を蹴った。
 トキは、その様子を、何も言えずに見ている。
 チカが、あの夜、自分の部屋のドアを閉ざしてから、まともに口を利いていない。
(歌はチカの、自尊心プライドそのものだ。なのに……何を考えてる……?)
 トキは、チカの心が、完全に離れてしまったのではないかと、冷たい恐怖を感じていた。

 だが、その日の深夜。
 チカは、動いた。

 ブスくれた顔で、作業室に居残っていたコマチとソウタ。その二人の肩を、背後から現れたチカが、がっしりと掴んだ。
「ひっ……! チカさん!?」
「……おい」
 チカは、二人しかいない作業室で、まるで共犯者を募るように、その美しい顔に、悪い笑みを浮かべた。

「ちょっと俺と、悪いことしようぜ」

 その日を境に、グループの空気が、再び奇妙に変化した。
 チカと、コマチと、ソウタ。その三人が、やたらとコソコソしている。
 練習の合間、スタジオの隅でPCを囲み、真剣な顔でイヤホンを分け合っている。

「……なにやってるのかな?」
 ロクが、不思議そうにその三人を眺めている。
 トキは、不安そうだった。
 ユウトだけが、ポーカーフェイスのまま、壁に寄りかかり、その様子を黙って見つめていた。

 とある日の夜。
 作業室で三人が、ついに「何か」を完成させたらしい、小さな歓声を上げた、その瞬間。
「——――っ!」
 音もなく、背後の暗闇から、にゅっ、とユウトが神出鬼没に現れた。
「うわあああ!
「びっくりした!」
「きゅ、急に出てくるなよ、ユウト!」
 三種三様の驚き方に満足し、ユウトは、PCの画面を一瞥すると、ニッコリとで笑った。

「……そろそろ、俺が必要だろ?」




 翌朝。
 四人は、徹夜明けの、ひどいが、充実しきった顔をしていた。
 そのまま寮に直行し、まだベッドで丸まっているロク(寝坊助)と、リビングでストレッチを始めていたトキ(真面目)の首根っこを掴まえる。

「いいから、来い」
「え、ちょ、チカ!? 何!?」
 有無を言わさず、二人を引きずり出し、練習室に叩き込んだ。

 事情は、チカから説明された。
(——――と、いうわけだ)
 その、あまりにも大胆不敵な「計画」を聞かされて、トキとロクは、言葉を失っていた。

 沈黙を破ったのは、ロクだった。
 彼は、ふわりと、花が咲くように微笑んだ。
「……いいんじゃない。俺たちらしくて、好きだな」

 問題は、トキだ。
 彼は、俯いたまま、黙り込んでいる。

(怒ってる……?)

 チカは、バツが悪そうに、ゴニョゴニョと口を開いた。
「……その、黙ってて悪かったよ。揉めてる時間が、なかったし……お前は、リーダーとして、板挟みになると思って……」

 チカが、言い終わるか、終わらないか。
 その瞬間。

「~~~~っ!」

 トキが、猛然とチカに飛びかかり、全力の、バカ力で抱きしめた!
「ぐえっ!?」
 ミシリ、とチカの骨が軋む。
「チカ、やっぱ、最高……っ! 結婚して!!」
 感極まった! という様子で、トキは、チカの肩に顔をぐりぐりと押し付けてくる。
「お断りだ! 離せ! 重い! バカ!」
 チカは、忌々しげにトキを引き剥がしながらも、その表情は、徹夜明けとは思えないほど、充実感に輝いていた。




 数日後。
 レッスンスタジオには、異様な緊張感が漂っていた。
 チカたち六人が、ディレクターを呼び出したのだ。

「……で? 話ってなんだ。こっちは、お前らの我儘に付き合ってる暇はないんだが」
 デ強硬なポーズを崩そうとしないィレクターが、腕を組んだ、その時。

 ガチャ。
 スタジオのドアが開き、ディレクターではない、別の女性が入ってきた。
 カラフルなドレッドヘアをまとめ上げ、アーティスティックな服をまとった、プロデューサー陣の一人だった。

「プ、プロデューサー!」
 ディレクターが狼狽える。
「面白そうなことしてるなぁ、って思って、来ちゃった」
 彼女は、チカたち六人に向き直った。
「……で? あなたたち、何をコソコソ動き回ってたわけ?」

 ……どうやら、チカたちの不審な動きは、この人に筒抜けだったようだ。
 張り詰めた空気の中、チカが、静かに一歩前に出た。
「俺たちの、『答え』を、見てください」

 チカが、プレーヤーを操作する。
 流れ出したのは、あの重苦しい『Masquerade』ではない。
 軽やかで、洗練されたビート。
「イグナイト」の真骨頂とも言える、洒脱なサウンド。

「「「———!」」」
 二人は息を呑む。
『Masquerade=仮面、偽り』と名付けられた曲は、『Actually=実際には』という、真逆のタイトルに改題されていた。

 六人が、完璧なフォーメーションで、踊り出す。
 ユウトが考え抜いた、六人の個性が爆発する振り付け。
 ソウタが綴った、「本当の自分たち」を叫ぶリリック。
 そして、サビ。
 誰もが、息を呑んだ。
 そこには、カットされたはずの、チカの突き抜けるようなハイトーンが、完璧な形で、曲の「核」として響き渡っていた。

『Masquerade』も『Actually』も、二曲とも完璧に仕上げてみせた。
 これが、俺たちの、回答だ、と。

 曲が終わり、静寂が落ちる。
 ダンスの先生と歌のトレーナーは、怒るどころか、感嘆のため息を漏らしていた。
 ディレクターは「……やられた」という、複雑な表情で頭を抱えている。
 プロデューサーは、無表情のまま、口を開いた。

「……これは、誰が考え始めたの?」

 チカが、静かに一歩前に出た。

「俺です」
「……チカ」
「俺が、みんなを巻き込みました。こいつらは、俺の我儘に付き合ってくれただけです」
 チカは、プロデューサーの鋭い視線を、真っ直ぐに受け止めた。
「罰するなら、俺だけにしてください。俺が、すべての責任を取ります」

「チカさん!」「違う!」「俺たちも、やろうって!」
 ソウタやコマチが、慌てて反論しようとするが、
「静かに!!」
 プロデューサーの一喝で、スタジオは再び静まり返った。

 プロデューサーは、チカだけを、じっと見つめていた。
 そして、ふう、と、長い息を吐いた。

「……デビュー当時、あなたをリーダーにすべきでないと最終決定したのは、私なの」
「……!」
「あまりにも精神的に未熟に思えた。まわりが見えていなくて、独りよがりで、すぐに感情的ヒステリックになる」
 チカは、唇を噛み締めた。すべて、事実だった。
「あなたをリーダーにしたら、グループは、あなたのその『完璧主義』に潰されると思った。だから、人当たりが良く、俯瞰で見れるトキを推したの」

 プロデューサーは、そこで、ふっと、初めて表情を緩めた。
「……でも、その判断は、早計だったのかも知れないわね」
「え……」
「私たちが、あなたの成長を引き出せなかっただけ」
 プロデューサーは、チカに、深く頭を下げた。
「本当に、申し訳なかったわ」

「プロデューサー! そんな……!」
 チカが、狼狽える。

 プロデューサーは、顔を上げると、いつものチャーミングな笑顔を浮かべた。

「——この曲でいきましょう」

「「「!!!」」」
 メンバーの顔が、一斉に輝いた。

「私の首でもなんでも賭けて、必ず上に認めさせる。……ディレクター、急いで日程の調整を。歌と、ダンスそれぞれのトレーナーに楽曲データ送って。すぐ動かないと間に合わない」
「は、はいっ!!」
 プロデューサーは、嬉しそうに頭をかきむしると、六人に向き直った。

「で、あなたたちは、もう一回、最初からやってみせてくれる?」
 彼女は、悪戯っぽく、スマホのカメラを構えた。
「大丈夫。動画コレをみれば、きっと上もわかってくれる」

 その言葉に、メンバーは、泣き笑いのような、最高の笑顔で、顔を見合わせた。

「「「はいっ!!!」」」

 チカが、プレーヤーを巻き戻す。
 六人が、自分たちの意志で、センターに立つ。
「イグナイト」の、本当の逆襲が、今、始まろうとしていた。
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