【R18】Actually

うはっきゅう

文字の大きさ
26 / 45
本編

毒入りの夜会と、騎士たちの誓い

しおりを挟む
 後日、『新人賞候補スペシャル対決』のユニットが正式発表された。

 トキが組むことになったのは、Breach HeartのNo.2人気、ハル。
 オーディション番組では「もしボクが有権者なら、ボクはボクではなくソラに入れるよ」と発言したことで話題をさらった、退廃的な雰囲気を持つメンバー。
 二番手でデビューを決めた時も、「ボクに入れたの? センス無さすぎ」とファンをディスり、賛否を得た(ただし、ファンは黄色い悲鳴をあげていたとか…?)。
 
 センターのコマチのパートナーは、ジウ。
 Breach Heartでは珍しい素朴な容姿と、たどたどしい日本語が初々しい。
 
 クールで知的な眼鏡キャラのランはロクと。
 グループの最年少メンバー・ヒカルは、同じく最年少のソウタと。
 そして、最もダンススキルの高いケースケが、ユウトとダンス対決を行う座組となった。

 週に二、三度、テレビ局が準備してくれたスタジオや練習室を使い、合同練習が開かれることになったのだが………。

 記念すべき、初練習の日の夜。
 仕事から帰ってきたメンバーを迎えたのは、いつもの温かいシチューの匂いでも、ゲームの騒がしい電子音でもなかった。
 イグナイトの寮のリビングは、まるで葬儀場のような、重く、湿った空気に包まれていた。

「……ただいま」
 遅れて帰宅したトキが、恐る恐るドアを開ける。
 リビングのソファには、すでに帰宅していた四人が、それぞれの定位置で死んだように項垂れていた。
 テレビもついていない。照明も心なしか暗い。
 いつもなら「おかえりー!」「トキさん、アイス買ってきてくれた?」なんて声が飛んでくるところだが、今日は全員が、深海の底にいるような顔で沈黙している。

「……あー、みんな。お疲れ」
 トキが声をかけると、一番手前に転がっていた巨大な物体――ソウタが、のそりと顔を上げた。その目は、死んだ魚のように濁っている。
「……トキさん。……俺、もう人間不信っス」
「……ソウタ?」
「ヒカルの野郎……あいつ、悪魔だ……」
 ソウタは、スマホの画面をトキに突きつけた。そこには、BHの最年少・ヒカルとのツーショット写真がアップされている。
『イグナイトのソウタくんと! やっぱりテレビで見るよりお顔がおっきくて、男らしくて素敵~☆』
 コメント欄には、さらにヒカル自身のアカウントからの追撃があった。
『ソウタくんの顔の面積、俺の倍あって頼りがいある~! カッコイイ!』
「……これ、褒めてるように見えて、全力で『顔デカい』ってマウント取られてるんスよ……」
 ソウタが涙目で訴える。
「しかも練習の合間に、『ソウタくんは引き立て役として優秀だね』って、笑顔で言われた……」

「マシな方だろ、それは」
 横から、氷を噛み砕くような音がした。
 コマチだ。彼は空になった炭酸飲料の缶を、握力だけでベコベコに潰していた。
「こっちなんて、日本語わからないフリして、散々面と向かって悪口言われたぞ」
「え? ジウくんって、日本語まだ勉強中じゃ……」
「嘘だね。あいつ、俺が席外したと思った瞬間、流暢な日本語で『暑苦しい昭和顔』だの『バタくさいイケメン』だの吐き捨てやがった」
 コマチの額に、どす黒い血管が浮き出る。
「戻ったら『あ~ん、わかんな~い♡』だと。……あのクソガキ、本番で絶対泣かしてやる」

「……美学がない」
 部屋の隅で、膝を抱えていたロクが、ポツリと呟いた。
「え?」
「メガネ……ランとか言ったっけ。……あいつ、俺たちの歌を『感情過多で三流』だって」
 ロクにしては珍しく、その声には明確な怒気が混じっていた。
「ダンスも、数値化してダメ出ししてきた。……機械みたいで、冷たくて。……あんなの音楽じゃない」

「同感だ」
 最後に口を開いたのは、氷嚢で肩を冷やしていたユウトだった。
「あっちのダンスリーダー……ケースケだったか。練習で、本気でぶつかってきやがった」
「ぶつかるって……比喩じゃなくて?」
「物理的にだ。……あれはダンスじゃない。ただの暴力だ。技術はあるが、共演者への敬意なんて欠片もない」
 ユウトは、ため息交じりに天井を仰いだ。
「……どいつもこいつも、性格がねじ曲がってる。水と油どころか、混ぜたら爆発する劇薬だぞ、あいつらは」

 全員の報告を聞き終え、トキは言葉を失った。
 予想以上だ。
 単に相性が悪いというレベルではない。Bleach Heartのメンバー全員が、明確な敵意と悪意を持って、イグナイトを攻撃してきている。

(……俺のところも、大概だったけどな)
 トキは、今日のリハーサルを思い出した。
 パートナーになったハルという男は、ソラの狂信的な信者らしかった。
『裏切り者の臆病者』
『ソラさんの邪魔をするな』
 浴びせられた罵倒の数々は、まだ甘んじて受け入れよう。だが、許せなかったのは。
『チカとかいう、色目使い』
 あいつが、チカを侮辱したことだ。
 思い出すだけで、腹の底が煮えくり返る。

 重苦しい沈黙が続くリビング。
 その空気を破ったのは、ユウトの冷静な、しかし核心を突く声だった。
「……トキ」
「ん?」
「今まで、お前のプライベートなことだと思って、あえて触れなかったけど」
 ユウトが、氷嚢を置いて、真っ直ぐにトキを見た。
「お前、BHのソラと、なんかあるのか?」
 全員の視線が、トキに集まる。
 そこには、責めるような色はなく、ただ純粋な疑問と、心配の色があった。
「……あいつらの敵意は、異常だ。単なるライバル心じゃない。……明らかに、お前と、そしてチカを含めた『イグナイト全体』を、個人的に憎んでるように見える」

 トキは、小さく息を吐き出した。
 もう、隠し通せる段階ではない。
 それに、これ以上メンバーを危険に晒さないためにも、話すべきだと思った。
 ただし――最も重要な、「チカへの不純な動機」だけは伏せて。

「……ごめん。俺のせいだ」
 トキは、観念したように語り始めた。
「ソラとは……元々、知り合いだったんだ。昔、俺が前の事務所を辞めて荒れてた頃、よく一緒にいた」
「へえ……意外な接点」
「ある日、二人で歩いてた時に……偶然、通りかかったんだ。チカが練習してるスタジオの前に」
 トキは、言葉を選びながら慎重に続ける。
「ソラは、そこでチカのダンスを見て……衝撃を受けたみたいだった。『あっち側に行く』って、その日にアイドルを目指すことを決めたんだ」
「……そうだったんだ」
 ソウタが驚いたように目を丸くする。
「で、その頃……俺も、偶然、今の事務所の関係者に声をかけられて。……気づけば、チカのいるこのグループに合流することになってた」
 嘘は言っていない。
 ただ、「俺がチカを狙ってオーディションを受けた」という事実を、「偶然」という言葉に置き換えただけだ。
「ソラからすれば……自分が憧れて、目指した場所に、俺が先に、しかも何も言わずに収まってたのが許せなかったんだと思う。『出し抜かれた』って」
 トキは、膝の上で拳を握った。
「だから……あいつは俺を憎んでる。そして、俺を受け入れたこのグループごとも。……今回の敵意は、全部、俺への逆恨みが原因なんだ」

 トキは、深々と頭を下げた。
「ごめん。俺の過去のせいで、みんなにまで嫌な思いさせて」

 リビングに、再び沈黙が落ちた。
 だが、それは先ほどまでの重苦しいものではなかった。

「……なーんだ。そんなことか」
 最初に口を開いたのは、コマチだった。
「ビビらせやがって。……トキさんがなんか犯罪でもしたのかと思ったじゃん」
「は?」
「逆恨みじゃん、完全に。……タイミングが悪かっただけでしょ? そんなの、トキさんが謝ることじゃないっスよ」
 コマチは、あっけらかんと笑い飛ばした。
「そうだよ」
 ロクも、ぼんやりと頷く。
「トキくんがイグナイトに来てくれて、よかった。……それが『偶然』でもなんでも、結果オーライだよ」
「ソラって人、心が狭いね」
 ソウタがぷんすかと怒る。
「自分が勝手に勘違いして、八つ当たりしてくるなんて! そんな奴に、俺たちのリーダーが悪く言われる筋合いないよ!」
「……そういうことだ」
 ユウトが、ポン、とトキの肩に手を置いた。
「事情はわかった。……なら、遠慮はいらないな」

 ユウトの目が、鋭く光った。
「俺たちのリーダーを『裏切り者』呼ばわりして、俺たちの音楽を否定してくる連中だ。……徹底的に、叩き潰す」
「おうよ!」
 コマチが拳を鳴らす。
「あいつらに思い知らせてやろうぜ。俺たちが、どれだけ結束の固いチームかってことを!」
「特に!」
 ソウタが、鼻息荒く立ち上がった。
「チカさんですよ! ソラって奴、チカさんに執着してるんでしょ!? なんか、今日のチカさん、すげえ疲れてたし……絶対、なんかされたんだ!」
「……ああ」
 トキの胸が、ズキリと痛む。
 自分が本当のことを言えないばかりに、チカを矢面に立たせてしまっている。
(ごめん、チカ……)
 心の中で謝罪するトキをよそに、弟たちの妄想と正義感は、斜め上の方向へと暴走を始めていた。

「許せねえ……! 俺たちの姫を、あんな野獣に狙わせるなんて!」
「そうだ! 俺たちがいかにチカさんと仲良しか、見せつけてやるんだ!」
「チカさんは俺たちのもんだって、わからせてやろうぜ!」
「ガード固めなきゃ。……リハの休憩中も、トイレ行く時も、絶対一人にさせないようにして」
「いいね! 鉄壁の布陣でいこう!」

 盛り上がる弟たち。
 その目は、「打倒BH」の闘志と、「チカさんを守る騎士団」としての謎の使命感に燃え上がっていた。
 トキは、そのあまりの熱気に、止めようにも止められず、ただ曖昧に笑うしかなかった。
(……まあ、いいか。結果的にチカが守られるなら)
 少しだけ胃が痛むのを感じながらも、トキはこの頼もしい「騎士団」の結成を、黙認することにした。

 ガチャリ。
 その時、玄関のドアが開く音がした。
「……た、ただいま……」
 幽霊のような声と共に、チカがリビングに入ってきた。
 髪は乱れ、顔色は青白く、疲労困憊の様子だ。
 ソラとのマンツーマンリハーサルで、精神をごっそりと削られたのだろう。

「チカさん!!」
 ソウタが、弾かれたように駆け寄った。
「お、おかえりなさい! 無事でしたか!?」
「え、あ、ああ……」
「大丈夫っスか!? どこか触られませんでした!? 変なこと言われませんでした!?」
「なんだよ、急に……」
 チカが引いていると、コマチとロクも駆け寄ってきて、チカの両脇をがっちりと固めた。
「チカさん、荷物持ちます!」
「肩、揉もうか? ……お風呂、一番に入れるように沸かしておいたよ」
「はあ……?」
 さらに、ユウトまでが温かいハーブティーを持って現れた。
「飲め。落ち着くぞ」
「……お前ら、どうしたんだ? 何か悪いモンでも食ったか?」
 あまりの待遇の良さに、チカは恐怖すら感じて後ずさる。
 そんなチカの背後に、いつの間にかトキが回り込んでいた。
「……あはは」
 トキは、困ったように、でもどこか楽しそうに笑いながら、チカの耳元で囁いた。

「みんな、決めたんだってさ」
「……何を」
「チカの『騎士ナイト』になるんだって」

「…………は?」

 チカの思考が停止した。
 目の前では、弟たちが「俺たちが守りますから!」「BHなんて目じゃないですよ!」と、拳を振り上げている。
 その熱気と、背後のトキの胡散臭い笑顔。
 状況が全く飲み込めないまま、チカはただひたすらに目を白黒させるしかなかった。

 こうして。
 最悪の出会いから始まった合同ユニット企画は、イグナイト側に「チカ親衛隊」という謎の結束を生み出し、波乱の幕開けを迎えたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...