前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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人間関係が広がるお年頃

覚えのない記憶

いきなり定食屋の頑固な料理人が泣き出したと、店中が大混乱だ。皆大騒ぎである。常連客らしき人々はここぞとばかりに旦那さんを揶揄した。旦那さんはそれに反発することもなく、ぐっと目頭を押さえた。

「ちょっとアンタ!何も泣くことはないだろ!」

「……だがっ!やっと!共感してくれる奴が現れたんだぞ!そら見てみろ!ワイの味覚はおかしくねえ!」

「そりゃ海の死神とか腐ったネバネバの豆とか食べる奴、アンタ以外誰がいると思うんだね!?手間暇かけて何かを作ってんなと思ったら、真っ黒な水を作り出すし!」

「……腐ったネバネバの豆?真っ黒な水?」

俺はその単語に納豆と醤油を思い浮かべた。もしかして旦那さん、納豆と醤油を作ったの……?この国、と言うよりこの大陸に和食文化なんてないよ?

「ああ!あんなモン、食べれる訳ないのに店で出そうとしたんだよ!このあんぽんたんは!」

「うっせえ!ありゃ納豆っつーれっきとした食べモンじゃい!それと黒い水じゃねえ!醤油っつー調味料だ!」

「どこがなのさ!腹壊すわ!」

俺はふとタコ飯に視線を落とす。これ、もしかして旦那さん手作りの醤油が使われてる……?

パクッとタコ飯を咀嚼する。……うん。醤油だ。美味しい。

「醤油ってもしかして、このご飯に混ぜこまれていますか?」

「んあ?ああ、タコ飯に醤油は必須だろ」

「それなら、醤油はとても美味しいですよ」

「はっ!?」

おばちゃんはギョッとして俺を凝視する。いや、そんなに驚かれても、美味しいものは美味しいし……。これだと納豆も完成度高そう。

「その、それと、納豆と言うものを食べてみてもよろしいでしょうか……?」

前世で納豆は好きな方だった。この世界でも食べられるなら食べてみたい。そう思って頼んだが、周りから猛反対された。特にヴァイナモは焦って俺の腕をガシッと掴んだ。

「腐った豆は!流石に駄目だ!」

「やめろ!やめるって言うまで離さないからな!」

「流石にそれは僕も力ずくで止めます~!」

「うぎゃっ!わっ、わかったから!見るだけ!見るだけにするから!3人とも耳元で叫ばないで!」

俺は耳がキーンとなって目を回す。3人は俺に疑惑の視線を送りつつも大人しくなってくれた。なんなの!そんなに俺のこと信用出来ない心配なのか!我皇子ぞ?君たちの主ぞ??

「……これが納豆だ」

俺たちがギャーギャー騒いでいると、旦那さんがいつの間にかに取ってきた納豆を俺に差し出した。俺はそれをまじまじと見る。……うん。納豆だ。紛うことなき納豆だ。鑑定魔法の結果もそう言ってる。

「……普通に食べられそうだけど……」

「……魔法ですか?」

「ひゃっ!」

ヴァイナモが俺の耳元に顔を寄せてヒソヒソと聞いてきた。びっくりした!ちょっと背筋がゾゾゾとしたと言うか。俺って耳弱かったっけ?割と強い方だと思ってたけど。

「……エルネスティ様?」

「あっ、はい。鑑定魔法では食べられると出ています」

「……本当にこれが……?」

ヴァイナモは上体を上げて納豆を訝しげに見つめる。まあ見た目はちょっとアレだけど、美味しいよ!

でもなんで旦那さん、納豆の作り方とか知ってるんだろ。遠い国には和食文化があるのかな?

「あの、なんで納豆の作り方を知ってるの?こんな料理、見たことないや」

「……ワシにもわからん。ある日突然思いついた」

「アンタはよく突拍子もないレシピ開発するからね。それが美味しい時もあれば、これのようにゲテモノの時もある」

「ゲテモノじゃねえ。立派な料理だ」

「そんな料理、世界中のどこを探しても、どんな一流料理人に聞いてもなかったんだろ?」

「……それはそうだが。でもワシには納豆もタコも、れっきとした食べ物のようにしか思えんのだ」

旦那さんは縮こまるように視線を落とした。……よくわからないな。食べ物とする文化がないのに、食べ物だと認識してる?

「……なんで食べ物だと思ったの?」

「ワシにもわからん。ただこの材料を見た瞬間、これは食べ物だ、こうこうこうすれば美味しく食べられるんだ、って覚えのない知識が頭の中に流れ込んで来るんだ。そして覚えのない記憶……それを美味しく食べている自分のようで自分でない人間の姿も」

「その冗談は聞き飽きたよ。自分の料理感覚がおかしいことの、もっとマシな理由はないのかい?」

旦那さんが沈み込むように吐き出した言葉を、おばちゃんは呆れたように一蹴した。確かに支離滅裂で、嘘のようにしか思えないけど、多分本当の話である。

なんせ目の前に前世の記憶がある人間がいるからね。

俺が前世の記憶を取り戻したのと同じように、旦那さんも前世の記憶を断片的に思い出しているんだと思う。トリガーは料理。特に日本文化独特の料理やその食材によって引き起こされているのだろう。

だけどそれは周りの人に理解されにくい。この世界に前世だとか、輪廻転生だとかと言う考えは主流ではない。少なくとも我が国帝国では極少数の意見だ。文明や環境が異なる別世界があるだなんて誰も信じない。まあ前世の世界でも夢物語だったけど。そんな中でこの世界にないものを作り出しても、天才か変人かとしか思われない。ましてや前世の記憶だなんて言い出しても、鼻で笑われて終いだ。

……頑固そうで荒っぽい人だなと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。否定されても、自分を信じようと去勢を張ってる、独りぼっちな人なのかもしれない。

「……俺は信じるよ。夢で見ただとか、前世の記憶だとか、考えようは色々あるからね」

「ちょっと旦那の言うこと真に受けちゃいけないよ。そんなこと有り得る訳ないんだから」

「有り得る有り得ないって誰が決めるの?どこの誰がそんな曖昧な基準を定めているの?」

「……そりゃ、普通に考えたら……」

「意外とね、有り得ないって思われているようなことが普通に起きちゃうのがこの世界だよ。だから何の確証もなく、否定出来るものなんてないんだ」

俺が神妙に諭すと、一同息を呑んだ。まあ子供が何語ってんだって思うかもしれないけど、これだけははっきり言わないといけない。

でないと一体、天変地異で前世を思い出した俺は何者だと言うの?

その天変地異で以前より幸せになった俺は、瞞しだとでも言うの?

「……エル?」

ヴァイナモが俺の顔を覗き込んできて初めて、俺は自分が俯いていることに気づいた。いけないいけない。こんな微妙な空気を作るべきじゃない。

「……なあんてね。おじさんが結局、何が原因で珍しい料理を思いつくのかはわからないけど、旦那さんの主張を真っ向から否定するのは良くないってことはわかるよ」

「……まさかこんな子供に諭されるとはねえ」

「すみません。出過ぎた真似を」

「いや、良いのさ。旦那の表情を見てりゃ、本気だってことは察していたさ。……アタシが受け入れられなかっただけだよ」

「お前……」

旦那さんは驚くように、そして嬉しそうにおばちゃんを見た。おばちゃんは力なく笑う。旦那さんはまたしても目尻に涙を浮かべた。まあ後は当人たちの話し合いでなんとかなるかな。やっぱ夫婦はお互いを理解し合ってないとね。

「俺、おじさんの料理をもっと食べたい。また来ても良い?」

旦那さんは俺の言葉に目を丸くした後、晴れやかな笑顔を浮かべた。
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