前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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本編からこぼれ落ちた世界、またの名を蛇足

次会う時は、地獄の果てで

____なんで、こうなったのだろうか。

「久しぶりだね、異国の君。一度会っただけだけど、変わりないようで何よりだよ」

病弱で、一生の大半をベッドの上で過ごしてきた青年は、未成熟さ残る仕草でこちらに笑みを向ける。それはさながら旧友との再会を喜ぶかのような態度であるが、彼の言う通り我々は一度しかあったことがない。

彼は私の手足に着いている拘束具などまるで存在しないかのように、至って普通に、あの時・・・と同じようなフランクさで話を続ける。

「やっぱりダメ元でも我儘は言ってみるものだね。そのお陰で私は再び君と会うことが出来た。ふふっ。こんなに嬉しいことも久々だよ」

病床の青年は無邪気に笑う。彼は知っているはずだ。私が重罪人であり、行き着く先には処刑台がある身であることを。

私は本当ならこんな所に来ることなど出来ないはずである。ましてや帝国伯爵家の長男などが私を呼びつけることなど、不可能なはずである。

ただ目の前の青年の弟が私の起こした事件における最重要人物の一人であり、尚且つ彼自身が私の実験場での実況見分において重要となってくる人物であるために、特例で面会が許されたのだ。しかも私の監視役である近衛騎士は、この部屋の外にいる。彼の弟の主人が、便宜を図ったのだ。

「……じゃあ、始めよっか。君の、最後の晩餐を」

色白の青年は無垢な様子で、何も持たない手でワイングラスを持ち上げる真似をした。もちろんここには晩餐の用意などないし、私が処刑されるのはもう少し後のことであるため、最後の晩餐などにはならない。そもそも晩餐をするには日が高すぎる。色々とチグハグな発言をするのは、何も知らない彼が数少ない知識を用いてそれっぽく振舞っているからであろう。

____なんで、こうなったのだろうか。

私はそう独り言ちて、小さく溜息をついた。


* * *


「貴方は近々サルメライネン伯爵領に向かい、実験場の実況見分をしてもらいますので、その心積りでいてください」

薄暗い牢獄に入れられてからどれぐらい経ったのであろうか。私は近衛騎士から唐突にそんなことを聞かされた。それを聞いた時は驚きのあまり返事すらもままならなかった。

私こと魔力操作学者チェルソ・カルメン・ソアーヴェは皇族殺人未遂の罪で投獄され、二度と出ることは叶わず処刑されるはずであった。近衛騎士であるサムエル・ランデルに捕らえられた時からそう覚悟していたし、実際そうなるはず手筈で物事が進んでいた。

しかしそこである人物が唐突にこんなことを言い出した。

「異国の君が処刑される前に、もう一度彼と会って話がしたい」

そう言い出したのはハーララ帝国の伯爵家長男である、ユリウス・アーポ・サルメライネンであった。普通であればそんなこと許可されないが、私が帝国で実験しているのを目撃した数少ない人物の一人であったため、何かわかるかもしれないと言うことで、私は実験場の実況見分という名目でサルメライネン伯爵領へ向かい、彼と会って話をすることを皇帝より特別に許可されたのだ。そうなるように働きかけたのは帝国第四皇子であるエルネスティ・トゥーレ・タルヴィッキ・ニコ・ハーララであると聞いた。皇子にとって彼は未来の義兄になる訳だし、義兄の願いを叶えたかったのだろう。

そんなこんなで私は手足を魔封じの魔法陣があしらわれた拘束具で封じられ、近衛騎士の厳格な監視のもと、遥々サルメライネン伯爵領までやって来たのだ。ちなみに普通であれば罪人の監視は帝国騎士が行うが、私の罪状に皇族が深く関わっているため、今回は近衛騎士が監視役であるらしい。蛇足であるが。

そして私は、実験場であったサルメライネン伯爵家の私有地で形式的な実況見分が手短に済まされた後、近くにあるサルメライネン伯爵家別邸に私は連れられ、そこで療養している彼と引き合わされて今に至る、という訳だ。

そんなことを私が考えている間も、目の前の貧弱な青年は親しげに話を続ける。

「君は初めて会った時からちょっと危うげな雰囲気を醸し出していたからね。いつか何かとんでもないことをやらかすんじゃないかって心配してたけど、まさか皇族殺人未遂なんて大罪を犯すなんてね。私、びっくりしちゃったよ」

細身の青年はまるで先生に怒られた友人を茶化すかのようなテンションでそんなことを言う。彼は俗世から切り離された世界病室で人生のほとんどを生活して来たため、成人のくせに未成熟で世間知らずな性格をしている。そしてその無邪気さに、底知れない狂気を感じてしまうのは決して私だけではないだろう。

私は彼のことが苦手であった。いいや、苦手だなんて生ぬるい、彼のことが大嫌いであった。

彼と邂逅したのは、帝国において私が実験場としていた、サルメライネン伯爵領の端にある森の中であった。私は当初、そこが伯爵家の私有地であると知らなかった。ただ実験場を探している中で人気のない自然豊かな広大な土地を見つけたため、そこを勝手に実験場にしていたまでであった。こんな辺鄙な場所に人が来るだなんて思ってもみなかったし、万が一誰かが来たとしても、魔力操作など普通の人であれば感知することが難しい上に、魔力操作の影響には遅延性がある。なので実験がバレる可能性は限りなく低く、コソコソと隠れることも、実験した証拠を隠蔽することもしなかった。ただ平然と「こんにちは」と挨拶してきた白皙の青年に、貼り付けた笑顔で挨拶を返しただけだった。

私の彼に対する第一印象は、「つまらない人間」であった。表裏のない、何の穢れのない人間。私の魔力操作で暴くものが何一つない人間なんかに、私は興味など微塵も湧き上がらなかった。

ただ執拗に私に話しかけてくる風変わりな青年に話半分で対応していく中で、無関心は徐々に嫉妬へと変貌していった。

何も知らない純粋無垢なまま大人になった彼。世界は自分の想像した通りに存在すると信じて疑わない彼が、まるで昔の自分を見ているようでイライラした。いつまで子供みたいに夢見てんだよ。早く私と同じように大人になれよ。私もお前と同じように、何も知らないままでいたかったよ。自分の見えるものが全てだと、嘘偽りのないものだと、私も信じていたかったよ。

ただ彼はそんな私の気持ちなど微塵も感じ取ることはなく最後まで自分本位に話し続け、遠くから使用人が呼ぶ声が聞こえると、名乗ることも私の名前を尋ねることもせず別れの挨拶をして去っていった。素性の知らない私のことを、「異国の君」と呼んで。ただその使用人が「ユリウス様」と叫んでいたため、私は彼の名前がユリウスであること、そして使用人を雇えるほどのそこそこ裕福な家庭であることを知っていたが。

そんな関係であるため、私は目前の華奢な青年からまるで友人かの如く接しられる言われはないはずであった。しかし人との関わりが極端に少なかった彼にとって、一度会って話をした相手は全員親友と同等であるようだった。そんな彼の傲慢な所も、私は憎くて仕方ない。

「いくら君でも、私の弟たちを傷つけるような真似をしたのはいただけなかったかな。君は死んで当然だと思うよ」

虚弱な青年はさらりとそんなことを言ってのける。大切な親友(仮)?に死んで当然だなんて言える所が、彼が倫理観を持たない幼稚な子供であることを表している。まあ家族を大切にするのは素晴らしいことではあると思うが。私はもう持ち合わせていない感情である。

「君は死んだらきっと地獄に堕ちるだろうね。地獄ってどんな所なんだろ。是非とも行ったらどんな所か教えて欲しいよ」

「……死人に口無し、デスヨ」

「あっ、やっと話を返してくれた。そうだね。死んだら何も教えられないね。なら私も地獄に堕ちるしかないかなあ」

なんてこと無しにそんなことを言い出す彼に、私は身震いをした。心が成熟しないままに大きくなってしまった人間は、自分の不幸をこんなにも短絡的に考えるようになってしまうのか。私は今初めて、自分が大人になれたことに安堵した。

「まあ私もこの先長くは無いし、きっと行き着く先は地獄だろうから、自分の目で確かめればいっか」

「……何故アナタが地獄に堕ちるんデスカ?」

「えっ?むしろ私みたいな人間こそ地獄に堕ちるべきだよ。君と同じようにね」

ニコニコとそう言う彼に、私は困惑を隠せなかった。何の罪も犯していない清廉潔白な彼が、何故地獄に堕ちるのか。そして本人は何故そうなることを願っているかのような口振りなのか。わからない。ただただ不気味だ。

このまま彼のペースに流されてしまったら世界の深淵を覗いてしまうかもしれない。せめて死ぬまで正気を保っていたい私は、話をぶった切ることにした。

「……ところで、何故アナタはワタシをここに呼んだのデスカ?」

「ん?今生の別れとなる友人と最後に話がしたいって思うことって、そんなにおかしなこと?」

「……」

「不満そうな顔。君はもしかして、こんな所で死んでたまるかとでも思ってるの?」

「……まさか。ワタシの墓場はこの国デスヨ」

「だよね。君の骨は綺麗に灰にされて祖国に返されることなくその辺に捨てられるんだ」

「……一応、慈悲なのか知りマセンガ、教会の埋葬場にばら撒かれるらしいデスケドネ」

「良かったね。もしかしたら慈悲深い神様が君を救ってくれるかもよ?」

「……まさか。ワタシは救われマセンヨ。救いを求めてもイマセン」

「ふふっ。君らしいね」

「……アナタにワタシの何がわかると言うのデス?」

「わかるよ。なんてったって、友達だからね」

彼は穢れのない笑顔でそう断言する。我々が友人だなんて、どこをどう解釈すれば思えるのだろうか。不気味で仕方ない。不快だ。

私のそんな嫌悪感を読み取ったのか否か、目の前の不気味な青年はクスクスと笑った。それを私は冷ややかな目で見つめる。一頻り笑った彼は、ふと笑い声を止め、そのままの表情で言葉を発した。

「ねえねえ、ならさ。今から私も連れてってよ、地獄にさ」

「……はっ?」

「どうせ私はもうじき死ぬよ。自分の身体のことは、自分が一番よくわかってるからね。そして私はどのような最後を迎えようと、地獄に堕ちることには変わりない。なら今君に殺されても同じだよ。ちょっと地獄に行く予定が早まるだけ。君だって、どうせすぐに処刑されて地獄に堕ちるんだ。そこに殺人って罪を一つ足しても、何も変わらないよ」

「……それを提案するために、ワタシを呼んだんデスネ」

目の前の子供のような笑顔を浮かべる青年に、私は深く溜息をついた。扉の向こうから、微かに物音が聞こえてきた。部屋の外で話を聞いていた監視役の近衛騎士が警戒を強めたのだろう。私は扉の方を一瞥し、すぐに彼の方へ視線を戻した。

「……嫌デスヨ。殺人未遂を犯したワタシが言うのも信憑性に欠けるかもらしれマセンガ、ワタシはそもそも殺人なんて犯したくないんデスヨ」

「そっかあ、残念」

目の前の無邪気な青年は、まるで私がそう答えると思ってたかのようにあっさり諦めた。……本当にこの人は、何がしたいんだろうか。私に何を望んでいるんだろうか。

「さて、君にフラれてしまったことだし、私はこれから不貞寝でもしようかな。久々にこんだけ人と話して、疲れちゃったし」

「……本当、アナタは最初から最後まで自分勝手デスネ」

「……そう?ごめんね。不快だった?」

「エエ、とっっっても不快デシタ」

「……そっかあ。やっぱ人と話すのは駄目だなあ私は」

目の前の脆弱な青年は困り眉で肩を落とした。先程までの狂気が演技ではなかった上に本人の自覚無しとは、つくづく恐ろしい人間である。こんな人間とはもう二度と関わりたくない。

「……じゃあ、ワタシはもうこの部屋から出ていきマスヨ」

「うん!今日は君と話せて良かったよ。最期に最高の思い出になった」

____その「最期」は、私にとってなのか、貴方にとってなのか。

喉まで出かかった言葉を、私はすんでのところで飲み込んだ。そんな分かり切ったこと、聞くまでもない。それより今は一刻も早くこの空間から……目の前の青年化け物の前から立ち去りたかった。

私が足早に扉の方へ向かい、ドアノブに手をかけた。その瞬間、彼に背後から言葉を投げかけられた。

「……またね、哀れな道化師さん。次会う時は、地獄の果てで」

____ああ、本当に。

「貴方のことなんて、大嫌いです」

私は何時ぶりか、人前で道化師の仮面を外して、言葉を零した。そして振り返ることもなくドアノブを捻り、そのまま部屋を後にした。


* * *


「……話は終えましたか」

「エエ。といっても、アレは会話だったかも分かりマセンガ」

部屋の外で待機していた近衛騎士は、何とも言えない表情を浮かべていた。扉の向こうで、ずっと我々の会話を盗み聞きしていたのだろう。監視役として、当然の業務だ。魔法学に精通しているという彼は、この人生最後の旅行の間、ほぼずっと私の傍で監視役を担っていた。所謂今回の任務の責任者なのだろう。思い返せば、第四皇子と初めて会った時にも、彼は傍にいたような気がする。その時は第四皇子の護衛として、だったが。

我々の間に微妙な空気が流れ出した頃、タイミング良く他の監視役の近衛騎士もこちらに戻ってきた。部屋を囲うように色んな所で監視していたのだろう。

「……では帝都の方へ帰りますよ。貴方の処刑日は決まってます。その日に間に合わないなんてことが起きたら、笑い事では済まされませんから」

近衛騎士は業務報告のようにそう伝えてくる。処刑日にはまだ1ヶ月の猶予があるため、そう急ぐ必要はないのだが、念には念をという訳であろう。

責任者であろう近衛騎士が先頭となり、私は近衛騎士たちに挟まれるような形で移動する。一同無言のまま、足音だけが廊下に響く。

そんな静寂の中、ふと前を歩く近衛騎士が口を開いた。

「……私はハッピーエンド至上主義なんです。絶対に地獄の果てでハッピーエンドを迎えてください」

「……アナタに指図される言われはありまセン」

私は予想外の言葉に瞠目しつつも、反発するような返事をした。何せ自分は地獄でハッピーエンドを迎える気などさらさらない。というより地獄でどうハッピーエンドを迎えろと言うのだ。

そこまで考えた時にふと、先程まで会話していた青年の顔が思い浮かんだ。彼と一緒であれば、地獄も少しはマシになるのではないか。少なくとも彼への苛立ちによって、地獄の苦行を少しは打ち消してくれるだろう。

……いや、その案は却下だな。あんな地獄より地獄な人間とこの先ずっと一緒にいるなんて、それこそどんな苦行よりも苦行だ。

私は馬鹿馬鹿しい思考を放棄して、黙って近衛騎士について行った。近衛騎士も、それ以上は何も言わなかった。
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