Brave Battle Online〜病弱で虚弱な私でも、仮想空間では最強を目指せるようです〜

洲雷 無月

文字の大きさ
2 / 22
1.プロローグ

2.退院

しおりを挟む
 おおおおおおおお!!!!

 歓声が上がる。

 不可視化状態で観戦していた観客たちが、バトルが終わった私の周りに集まって来る。

「Snowちゃん、すごい。あのBearに勝っちゃうなんて」

「私、感動しました」

「やっと師匠超えだな」

「すげぇ、すげぇバトルを俺は見たよ」

 皆が口々に賛辞の言葉を掛けてくれる。中には感動で涙を流している人もいる。
 ちなみに『Snow』は私のプレイヤーネームである。
 本名の『柊木ひいらぎ 真雪まゆき』から一文字とって付けた名前である。

「まさか、この俺が敗北するとはな」

 そんなギャラリーを書き分けて、師匠が近づいてくる。

 いまは、筋肉隆々の熊ではなく、二頭身の可愛い熊の姿である。
 仮想世界で2種類見た目を変更できるうちのマスコットモードの姿である。

 周りの皆もマスコットモードの姿なので、私も現在のノーマルモードの姿から、マスコットモードの「雪の妖精ゆきんこ」姿に変更する。

「師匠。手合わせありがとうございます。
 最後の試合なので手心を加えていただいた部分があるかもしれませんが、とても良い試合でした」

「ふん。手加減などしていない。本気で戦って負けたんだ。誇っていい。
 真陰熊流の免許皆伝だ。流派を名乗ることを許そう。
 手を出せ」

 師匠の言葉に、私は右手を前に差し出す。

 すると、師匠も手を翳し、その手から光の球が私の差し出した右手に吸い込まれた。


 ピロリン


 システム音と共に『bearより、アイテムが譲渡されました。「くまくまスーツ」がSnowのアイテムストレイジに追加されました』とメッセージアイコンが表示された。

「餞別だ。
 ここを卒業しても、精進を怠らぬように」

「はい!」

 師匠は珍しく笑顔を見せる。


「おめでとう、Snowちゃん」

「「おめでとう」」


 バチパチパチ……


 誰からともなく拍手が起こる。



「Snowちゃん。卒業おめでとう!」

「「「おめでとう」」」

 ギャラリーの皆からもう一度祝福の言葉が贈られる。


 私の頬に、涙が浮かんでこぼれた。

「みんな、今までありがとうございました」

 みんなに感謝の言葉を述べて、私はVRゲーム『Brave Battle Online-Trial-』からログアウトした。


   ★

 私はゲームをログアウトすると、目元のバイザーをスライドさせ耳掛け型の端末の中にそれを収納した。

「これで、ここにダイブするのは最後か。なんか、ちょっと寂しいな……」

 独り言を呟く。

 ここは病院のベッドの上。

 色白で細い自らの手を見てこれまでを振り返る。
 私は15年間、生まれてからずっとこの白い部屋で過ごしてきた。
 先天的な病気で、筋肉が付きにくく、付けてもすぐに衰えてしまう難病を患っていたため、ベッドの上から動くことも出来なかったからだ。

 けど、生まれた時は難病と言われていた病気も科学の進歩とともに治せる病気となり、1年前に受けた手術で遂に病気を克服したのだ。
 それから大変だったリハビリを経て、ついに今日、退院することとなった。

 病気のため身体を動かす方法が分からなかった私は、それを覚えるため、この病院で導入されている仮想空間ダイブ型ゲームで初期リハビリを行った。

 そこで出会ったのがbear師匠だ。

 それまで、リハビリ用の教材かと思っていた仮想世界が実はオープンワールドの対戦格闘ゲームなのだと教えてくれたのも師匠で、戦いに勝つための修行と称して身体の動かし方を教えてくれたのも師匠だった。

 仮想世界での修行の成果か分からないが、3年はかかると言われたリハビリが1年で終了できたのだ。

 最近は朝食後のこの時間に師匠へバトルを挑むのが風物詩となっていて、みんな私のことを一生懸命応援してくれるようになっていた。

 それも今日でお終い。

 午前10時になったらお父さんとお母さんが迎えに来てくれて、ついに退院……ううん、みんなの言葉でいうところの「卒業」になるのだ。

 部屋の時計に目をやる。

 あとちょっと。

 期待に胸を膨らませながら、あと少しの時間を少しでも筋力をつけるため手を開閉する握力強化の運動をしてその時を待った。

 バン!

「真雪! 迎えに来たよ」

 扉が開く音にビックリして振り返ると、お父さんが駆け寄ってきて私に抱きついて来た。

「こらっ、あなた! 病院は静かにですよ」

 お母さんが、お父さんを叱り付けるが

「仕方ないだろ。この時を、この時をどれだけ待ち望んだことか。真雪。真雪。本当に元気になって良かった。良かったよぉぉ……」
 お父さんは、私に頬擦りしながら泣いていた。

「まったくもう、あなたったら……」
 お母さんも涙を浮かべていた。

「真雪ちゃん。よくがんばったね。まだ一人で歩くのは危ないので、車までは車椅子で行こうな」
 主治医であるお医者さんが車椅子を運んできた。

「ほら、真雪。手を貸すぞ」
 お父さんが手を差し出すが、それを首を横に振って断る。
 お父さんは「えっ」と不安そうな顔をしたが、私は笑顔で答える。

「お父さん、見てて。私、一人で出来るから」

 そう言うと、私は布団から足を出して、ゆっくりと床に足をつけると、まだぎこちないけれども、一人で立って数歩歩いて車椅子に座った。

「す、すごい。あの真雪が一人で歩いて……」

 不安げに見ていたお父さんも、私が車椅子に座ると感動で涙を零した。

「では、私が押しますね」

 涙を流し続けるお父さんの代わりに、お母さんが車椅子の背後に着く。

「真雪ちゃん。退院、おめでとう」
 お世話になったナースのお姉さんが花束を渡してくれる。

「「「真雪ちゃん、退院おめでとう」」」

 部屋から廊下に出ると医者やナース、よく顔を合わせる患者さんが総出で見送ってくれた。

 エレベーターを使い、待合室を進んでいた時、ふとある患者さんに目が止まる。

「お母さん。ちょっと止まってもらっていい?」

「あら、どうしたの?」

 お母さんが車椅子を止める。

「どうしても、お礼を言いたい人がいるの。だから、ちょっと待っててね」

 そう言うと、私はゆっくりと車椅子から立ち上がる。

 みんなが私を注目している。

 それでも構わず、ゆっくりと歩く。

 先程、目についた患者さんの元へ。

 その患者さんは全身を包帯で包まれ、所々はギプスで固められた、異様な雰囲気を纏った男性であった。
 車椅子に座り、その後ろには引率のものと思われる黒尽くめの男の人が佇んでいた。

 私がその患者さんの前まで歩いて近づくと、包帯の患者さんにギロリと睨まれてしまった。

「お嬢さん、何か用ですか?」

 代わりに後ろの黒尽くめの男が問いかけてきた。
 サングラスに黒マスクと、その男の人の表情は伺えなかったけど、口調はとても穏やかであった。

 包帯の男は興味を失ったのか、「ふん」と鼻を鳴らして目を閉じてしまった。

「用はこちらの方に」

 そう答えて、包帯の患者さんに視線を向ける。

「師匠、ですよね?」

「……」

 問いかけるが、包帯の男は答えない。ただ、少し反応を見せ、目蓋を開いて視線をこちらに向けた。

 しかし、この一瞬で確信する。

 やはり師匠だ。

 自分の身体が動かなかった分、他人の動きの機微を見抜くことは得意なのだ。
 目の動き、言葉を掛けたときのものぐさな身体の反応。それは間違いなく師匠のものであった。

 私は深々と頭を下げる。

「師匠。分からないかもしれませんが、私『Snow』です。色々とお世話になりました!」

 想いを伝える。

 相手からの言葉はなかったが、それでもいい。
 顔を上げると、踵を返して家族の元に戻ろうとする。

「待て」

 背中に声をかけられ振り返る。

「こっちの世界でも、餞別をやろう」

 男は包帯の巻かれた震える手を動かし、懐から何かを取り出した。

 それは掌サイズのぬいぐるみ。チャンピオンベルトを巻いた愛らしい熊のぬいぐるみであった。

「おい、それって」

 後ろの黒尽くめの男が驚きの声を上げる。

「これくらいしか、やれるもんがないからな」

 包帯の男はそう言うと、ぬいぐるみを口元に持っていき音声入力で所持者の解除と譲渡の命令を呟く。

 最近のおもちゃには小型端末が内蔵されていて、持ち主が誰か登録することができるのだ。

 包帯の男は、全身の怪我のせいか、震える手で熊のぬいぐるみを差し出す。

 私はそのぬいぐるみを受け取ると、もう一度頭を下げて礼を言う。

「どんな困難があろうと強くあれ。俺の最高の弟子『Snow』」

 力強い言葉をかけられ、私は顔を上げると「はい!」と答えた。

 私はそのまま家族の元に戻ると、お母さんは私がぬいぐるみをもらったことに気づき、車椅子に座する包帯の男に頭を下げて謝意を伝える。
 包帯の男はそれには応えず、代わりに黒尽くめの男が手をヒラヒラと振って応えた。


 こうして、私は皆に見届けられて、ずっと入院していた病院を退院したのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

処理中です...