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3.スポーツ大会
18.感想戦モード
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負けた……
予言されたように、スキルかを使われてからはまったく手が出なかった。
「私は、弱い……」
両のてのひらに視線を落として言葉にする。
言い知れない思いが、込み上げてくる。この感情は――
「悔しい……」
言葉が漏れる。
そう、悔しかったのだ。自分の弱さ、不甲斐なさに、悔しさを感じたのだ。
今までは遥かに格上の相手――師匠――が相手だったので、負けても「仕方ない、次こそは」と闘志を燃やしていた。
正式リリース版のブレバトをインストールした後は周りが気をつかってくれたため勝つことができていた。
でも、今回は――
全力を尽くして、そして負けた。
結果的に完敗だったが、本当に手も足も出なかった訳では無い。
知らないスキルに翻弄され冷静さを欠き、後半は本来の動きが出来ていなかった。闇雲に拳を振るい、更に相手の術中に嵌って自滅した。冷静に対処していればもっと戦えていた筈だ。
悔しさに打ち震えている私に、声がかけられる。
「出来ればもう一度、闘いたいな」
「ほう。再度バトルを希望されるとは光栄だな」
思わずこぼれてしまった言葉に返事があった事に驚き振り返ると、そこにはクマ子さんの姿があった。
「ふぇっ」
驚いて、変な声が出てしまった。
「もしかして、『感想戦モード』も知らないのか。本当に初心者のようだな……
さて、自己紹介だが、はじめまして、かな?」
クマ子さんが右手を差し出してくる。どうやら、握手を求めているようだ。
「あ、はい。えっと、私、Snowっていいます」
途中途中噛みながらも、自己紹介をして握手に応じる。
「アタシの名は……今は『クマ子』だな」
女性の声。やはり師匠ではない。それに言い回しが引っかかる。
「今は?」
「ああ。今は訳あって『くまくまスーツ』を装備している手前、プレイヤー表示名が『クマ子』に変わっているんだ。
機会があれば本当の姿も見せることもあるだろうが、今はクマ子として認識してもらえればいい」
クマ子さんがその様に説明する。何かしらの理由があって正体を隠しているみたいだ。声が女性なので、師匠ではないことは明らかではある。
「さて、なにから話すべきかな。
まずは現状についてだな。ブレバトではバトルが終了してもバトルアウトしなければ『感想戦モード』となってバトルフィールドに残り続け、バトルメンバーと観戦者にて意見交換が出来る状態になるんだ」
辺りを見回してクマ子さんが説明してくれる。
「なるほど。今がその状態なんですね」
思い返せば、正式版のブレバトをプレーした今までもそうだった気がする。
病院で経験した試作版のブレバトは会敵してバトルが始まったらその場所がバトルフィールドとなったため、バトルフィールド移動という概念がなかったが、正式版はそのような仕組みがあるみたいだった。
「とりあえず、アンタはこのゲームを知らなさ過ぎだ。もっとこのゲームの事を知るべきだな。
まわりくどい言い回しが苦手なのでハッキリ言わせてもらうが、先程のあの二人、アンタに対してゲーム設定を悪意を持って変更していた。しかもパスワードロックをして、本人が変更できないようにもしていた。これは犯罪として扱われてもおかしくない行為だ。念の為、明日からもあの二人には気をつけることだな」
クマ子さんは腕を組んで真っ直ぐこちらを見て忠告してくれた。
やっぱりそうだったのか。木下さんの言葉が私の知っていたアニメのセリフと一緒だったんで、演技していたと思ったのだけど、あれはやっぱり悪い事をされていたみたいだ。結果だけ見ると、私は無事だったし、設定も元に戻して守られてるので問題ないんだけど、明日に二人には「他人のゲーム設定を勝手に弄るのは悪いことだよ」と教えてあげようと思う。二人は悪戯って言ってたので、もしかしたら悪い事だって知らない可能性もあるし……
私はうんと頷くと、クマ子さんはため息をつきながら「思った反応とは違うが、まぁいいか」と呟く。
「さて、ここからが本題だ。アンタを見ていると危なっかしいくて仕方ないな……
今が感想戦モードだということもあるので、アタシが助言をしよう。まあまもちろんキミが不要だと言わなければだけど?」
クマ子さんがチラリとこちらに視線を向ける。それは私にとって願ったり叶ったりなものなので断る理由がない。
「あの、お願いします。私、昨日ブレバトを始めたばかりなので、ゲームのことが全然分からなくて――」
「そうなのか…… だが――」
瞬間、クマ子が一歩踏み込み拳を打ち込んできた。私はとっさにその拳を『流水の捌き』でいなす。体に染み付いた動きで何とか反射的に対応できた感じだが、捌いた感覚から、もし対応出来なくても寸止めしていたと思われる。
「初心者ならば、この攻撃を難なく捌ける訳がない」
超至近距離まで近づいたクマ子さんの顔。その顔が、ふと笑う様に表情を弛緩させると、ゆっくりと距離をとった。
「キミはゲームに関しては初心者だが、戦闘に関する技術は一般人に比べて高レベル、いや達人クラスといってもいい。それだけで一定レベルの相手だったら勝つことはできるだろう。キミが識らなくてらならない事は――」
パチンと指を鳴らす。するとクマ子が目の前から消えた。
「えっ」
「ブレバトのシステムについてだな」
背後からの言葉。ビックリして振り返る。
「鍵言なし、行動起因でのスキル【空間転移】だ。
今のはちょっと意地悪だったか」
ふふっとクマ子さんが不敵に笑って見せる。
「しかし、先ほどの戦闘で経験しているのだから、スキルを使用されたと気づいてもいいものだがな」
そう指摘されて、「あう~」と声が漏れる。
「まあ、知らないのは仕方ないが、錯乱して攻撃が雑になってしまったのは君の反省点だな」
その言葉には反論の余地もなく、肩を落とすしかなかった。
「もし強くなることを望むならば、まずはスキルを知ることから始めることだな。
アドバイスするに当たって一つ確認するが、キミは強くなることを望むか?」
クマ子さんが問いかけてくる。
最初はリハビリのため始めたものだった。正式リリース版のブレバトは友達から薦められて始めたものだった。友達と楽しく遊べたらそれていいと最初は思っていたけど、今は――
クマ子さんに負けた時の気持ちを思い出す。
悔しい。勝ちたい、と思った。それが私の気持ち。私は――
「強くなりたいです」
自然と言葉が出た。その言葉を聞いて、クマ子さんは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ならば、まずはスキルを知ることだ。
先ほど披露したスキル【空間転移】も、その特性を知れば対処も可能だ。
このスキルは10メートル先の位置に転移するというもの。裏を返せば丁度10メートルの位置にしか移動できないのでそれを踏まえれば予測もできる。さらに、戦闘時のように鍵言起動ならば、言葉を耳にしてからでも対処出来て、対応の幅も広がる」
なるほど、と頷く。
「スキル設定画面で、候補のスキルを選択すれば説明が表示されるので、自分の取得できないスキルについても気になるものがあれば調べる癖をつけておくといい。
まぁ、そこに記載されているのは簡単なスキルの説明だけなので、詳しく知りたければまとめサイトで確認するのが良いかな。大抵のスキルについては対処方法まで記載されている」
「なるほど。
スキルについては数が多すぎて、自分のスキルの選定すら後回しにしていました……」
数が多くて匙を投げた過去の自分が恥ずかしい。
「そしてスキルの中で君が特に気にしなくてはいけないのは、システム系スキルだな」
「システム系?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。
「はぁ…… そこからか。
スキルには【システム系スキル】と【達人系スキル】の二種類あるんだ」
クマ子さんがため息をついた後、指を二本立てて見せる。
「システム系スキルは、管理者がシステムを利用して作り上げたスキルだ。
アタシが多用した【空間転移】【二段跳躍】のような現実では再現不能な動きや、魔術師が使用する【魔法】のような超常的な現象を起こすスキルだ。
君が使用した【超過駆動】もシステム系スキルに当たるな。
そしてもう一つ、達人系スキルは管理者が契約した達人たちの動きを再現するスキルだな。
私が最後に使用した【貫衝烈拳】がそれにあたる」
「【かんしょうれっけん】?」
首を傾げる。
「最後だったから記憶にないか。これだ。
スキル発動――【貫衝烈拳】!!」
クマ子さんがスキルを発動させる。
強く地面を踏み込み、体内を巡らせた気を接触の瞬間に爆発させる。今回は空打ちのため、突き出した拳とともに周りの空気が爆ぜるような衝撃波が広がった。
それはスキルによる技の再現。しかし。私の目には別の映像とか重なる。
「それって、私の使う奥義『崩穿華』と同じ……」
言葉が漏れる。
この技を教えてくれた師匠と見た目が一緒であるため、師匠が奥義を繰り出した姿と重なったのだ。
「やはり、アンタが使った技と一緒だったか……
この技は最強の格闘家と呼ばれた、岩隈 京士郎が提供した達人スキルだ。
達人スキルは通常では習得が難しいだけで再現可能な技でもあるんだ。
スキル提供をすると莫大な報奨金が得れるため、多くの武術の達人がその技をこのゲームに提供している。お金のためではく、後継者が居ない流派などが、ゲームのシステムを通して後世にその技術を残すこともあるというから何とも言えないがな。
アタシは剣術家の家系に生まれて剣術家として育てられたのだが、岩隈さんを心から尊敬してるんだ。このスキルを登録しているのもいつかはこの技をシステム補助なしに取得できればと思ってのことだ。
ところでアンタはその技は誰から教わった?
岩隈さんは生涯一人も弟子を取らなかったと聞くが……」
チラリとクマ子さんが視線を向けてくる。
「えっと……」
問われて言い淀む。そういえば師匠のこと全然知らなかった。退院の時に一度だけ現実の師匠にあったが、詳しいことは全くと言って知らないのだ。
「私が入院中に会った人なんですけど、詳しくは……
ゲームの中ではクマ子さんと同じ熊の姿でした」
「熊の姿、まさか」
クマ子さんは何かに気づいたのか、目を見開く。
「その人の特徴を教えてくれ」
「えっ、え。えっと、あの、ゲーム内ではめちゃくちゃ強くて。毎日バトルをしていたんだけど全然勝てなくて、打撃攻撃だけじゃなくて関節技とかも凄くて……」
雰囲気が変わり凄まじい勢いで問いかけるクマ子さんに戸惑いながらも、何とか思い出せることを言葉にして伝える。
「あ、でも一度現実でもあったんですが、すごい大怪我していた男の人でした」
「大怪我した男。あの格闘センスを持つSnowでも手も足も出ない強さ…… ま、まさかとは思ったが、ほんとうに……」
クマ子さんは遠目で見ても分かるくらい、ぶるぶると震えだす。
「Snow、すまないが先ほどアタシが見せたスキルを、実践してみてもらっていいか?」
一つ息を吐いて震えを止めると、真っ直ぐに視線をこちらに見据えて訊いてくる。
「えっ、はい。【#__超過駆動__オーバードライブ__#】は起動したままでいいですか?」
「もちろんだ」
私は頷くと、意識を集中し拳を構えた。
「行きます。真陰熊流・奥義『崩穿華』!」
ボッと突き出した拳の周りの空気が爆ぜる。
「こんな感じで、いいですか?」
振り返るとクマ子さんは目を見開いて固まっていた。
「間違いない本物の技だ。まさか、あのメールの内容はホントだったのか。チャンピオンロックベア人形を持っていたことで、まさかと思ったが……」
小声で独り言ちるクマ子さんに、私は恐る恐る「あの……」と声をかける。
「あ、すまない。ちょっと考え事をしていた」
我に返ったクマ子さんは、覚悟を決めたかのような瞳で私を見据える。
「先ほど強くなりたいと言ったな。もし君が望むならば、今日だけでなく毎日、マンツーマンで私が君を指導しても構わない。
土台があるので、私が指導すればブレバトにて強くなれる事を保証しよう。
ただし、一つ条件がある」
クマ子さんが指を一つ立てる。私はその条件を聞くことを了承するかのように首を縦に振る。
「君が教わった格闘技術をアタシに教えてくれ。
先ほども言った通り私は岩隈さんを尊敬してる。
スキル【貫衝烈拳】を習得しようとしているのもそのためだ。だが、スキルと同じ動きを再現してもスキルなしではあの技を発動することが出来ずにいる。独学であの人の域に達すことに限界を感じてたんだ。
どうだろう?」
まっすぐな視線が突き刺さる。
そんなの答えは決まっている。私に師匠の技をうまく伝えられるか不安もあるが、それでも強くなれるならば――
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう答えるのであった。
予言されたように、スキルかを使われてからはまったく手が出なかった。
「私は、弱い……」
両のてのひらに視線を落として言葉にする。
言い知れない思いが、込み上げてくる。この感情は――
「悔しい……」
言葉が漏れる。
そう、悔しかったのだ。自分の弱さ、不甲斐なさに、悔しさを感じたのだ。
今までは遥かに格上の相手――師匠――が相手だったので、負けても「仕方ない、次こそは」と闘志を燃やしていた。
正式リリース版のブレバトをインストールした後は周りが気をつかってくれたため勝つことができていた。
でも、今回は――
全力を尽くして、そして負けた。
結果的に完敗だったが、本当に手も足も出なかった訳では無い。
知らないスキルに翻弄され冷静さを欠き、後半は本来の動きが出来ていなかった。闇雲に拳を振るい、更に相手の術中に嵌って自滅した。冷静に対処していればもっと戦えていた筈だ。
悔しさに打ち震えている私に、声がかけられる。
「出来ればもう一度、闘いたいな」
「ほう。再度バトルを希望されるとは光栄だな」
思わずこぼれてしまった言葉に返事があった事に驚き振り返ると、そこにはクマ子さんの姿があった。
「ふぇっ」
驚いて、変な声が出てしまった。
「もしかして、『感想戦モード』も知らないのか。本当に初心者のようだな……
さて、自己紹介だが、はじめまして、かな?」
クマ子さんが右手を差し出してくる。どうやら、握手を求めているようだ。
「あ、はい。えっと、私、Snowっていいます」
途中途中噛みながらも、自己紹介をして握手に応じる。
「アタシの名は……今は『クマ子』だな」
女性の声。やはり師匠ではない。それに言い回しが引っかかる。
「今は?」
「ああ。今は訳あって『くまくまスーツ』を装備している手前、プレイヤー表示名が『クマ子』に変わっているんだ。
機会があれば本当の姿も見せることもあるだろうが、今はクマ子として認識してもらえればいい」
クマ子さんがその様に説明する。何かしらの理由があって正体を隠しているみたいだ。声が女性なので、師匠ではないことは明らかではある。
「さて、なにから話すべきかな。
まずは現状についてだな。ブレバトではバトルが終了してもバトルアウトしなければ『感想戦モード』となってバトルフィールドに残り続け、バトルメンバーと観戦者にて意見交換が出来る状態になるんだ」
辺りを見回してクマ子さんが説明してくれる。
「なるほど。今がその状態なんですね」
思い返せば、正式版のブレバトをプレーした今までもそうだった気がする。
病院で経験した試作版のブレバトは会敵してバトルが始まったらその場所がバトルフィールドとなったため、バトルフィールド移動という概念がなかったが、正式版はそのような仕組みがあるみたいだった。
「とりあえず、アンタはこのゲームを知らなさ過ぎだ。もっとこのゲームの事を知るべきだな。
まわりくどい言い回しが苦手なのでハッキリ言わせてもらうが、先程のあの二人、アンタに対してゲーム設定を悪意を持って変更していた。しかもパスワードロックをして、本人が変更できないようにもしていた。これは犯罪として扱われてもおかしくない行為だ。念の為、明日からもあの二人には気をつけることだな」
クマ子さんは腕を組んで真っ直ぐこちらを見て忠告してくれた。
やっぱりそうだったのか。木下さんの言葉が私の知っていたアニメのセリフと一緒だったんで、演技していたと思ったのだけど、あれはやっぱり悪い事をされていたみたいだ。結果だけ見ると、私は無事だったし、設定も元に戻して守られてるので問題ないんだけど、明日に二人には「他人のゲーム設定を勝手に弄るのは悪いことだよ」と教えてあげようと思う。二人は悪戯って言ってたので、もしかしたら悪い事だって知らない可能性もあるし……
私はうんと頷くと、クマ子さんはため息をつきながら「思った反応とは違うが、まぁいいか」と呟く。
「さて、ここからが本題だ。アンタを見ていると危なっかしいくて仕方ないな……
今が感想戦モードだということもあるので、アタシが助言をしよう。まあまもちろんキミが不要だと言わなければだけど?」
クマ子さんがチラリとこちらに視線を向ける。それは私にとって願ったり叶ったりなものなので断る理由がない。
「あの、お願いします。私、昨日ブレバトを始めたばかりなので、ゲームのことが全然分からなくて――」
「そうなのか…… だが――」
瞬間、クマ子が一歩踏み込み拳を打ち込んできた。私はとっさにその拳を『流水の捌き』でいなす。体に染み付いた動きで何とか反射的に対応できた感じだが、捌いた感覚から、もし対応出来なくても寸止めしていたと思われる。
「初心者ならば、この攻撃を難なく捌ける訳がない」
超至近距離まで近づいたクマ子さんの顔。その顔が、ふと笑う様に表情を弛緩させると、ゆっくりと距離をとった。
「キミはゲームに関しては初心者だが、戦闘に関する技術は一般人に比べて高レベル、いや達人クラスといってもいい。それだけで一定レベルの相手だったら勝つことはできるだろう。キミが識らなくてらならない事は――」
パチンと指を鳴らす。するとクマ子が目の前から消えた。
「えっ」
「ブレバトのシステムについてだな」
背後からの言葉。ビックリして振り返る。
「鍵言なし、行動起因でのスキル【空間転移】だ。
今のはちょっと意地悪だったか」
ふふっとクマ子さんが不敵に笑って見せる。
「しかし、先ほどの戦闘で経験しているのだから、スキルを使用されたと気づいてもいいものだがな」
そう指摘されて、「あう~」と声が漏れる。
「まあ、知らないのは仕方ないが、錯乱して攻撃が雑になってしまったのは君の反省点だな」
その言葉には反論の余地もなく、肩を落とすしかなかった。
「もし強くなることを望むならば、まずはスキルを知ることから始めることだな。
アドバイスするに当たって一つ確認するが、キミは強くなることを望むか?」
クマ子さんが問いかけてくる。
最初はリハビリのため始めたものだった。正式リリース版のブレバトは友達から薦められて始めたものだった。友達と楽しく遊べたらそれていいと最初は思っていたけど、今は――
クマ子さんに負けた時の気持ちを思い出す。
悔しい。勝ちたい、と思った。それが私の気持ち。私は――
「強くなりたいです」
自然と言葉が出た。その言葉を聞いて、クマ子さんは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ならば、まずはスキルを知ることだ。
先ほど披露したスキル【空間転移】も、その特性を知れば対処も可能だ。
このスキルは10メートル先の位置に転移するというもの。裏を返せば丁度10メートルの位置にしか移動できないのでそれを踏まえれば予測もできる。さらに、戦闘時のように鍵言起動ならば、言葉を耳にしてからでも対処出来て、対応の幅も広がる」
なるほど、と頷く。
「スキル設定画面で、候補のスキルを選択すれば説明が表示されるので、自分の取得できないスキルについても気になるものがあれば調べる癖をつけておくといい。
まぁ、そこに記載されているのは簡単なスキルの説明だけなので、詳しく知りたければまとめサイトで確認するのが良いかな。大抵のスキルについては対処方法まで記載されている」
「なるほど。
スキルについては数が多すぎて、自分のスキルの選定すら後回しにしていました……」
数が多くて匙を投げた過去の自分が恥ずかしい。
「そしてスキルの中で君が特に気にしなくてはいけないのは、システム系スキルだな」
「システム系?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。
「はぁ…… そこからか。
スキルには【システム系スキル】と【達人系スキル】の二種類あるんだ」
クマ子さんがため息をついた後、指を二本立てて見せる。
「システム系スキルは、管理者がシステムを利用して作り上げたスキルだ。
アタシが多用した【空間転移】【二段跳躍】のような現実では再現不能な動きや、魔術師が使用する【魔法】のような超常的な現象を起こすスキルだ。
君が使用した【超過駆動】もシステム系スキルに当たるな。
そしてもう一つ、達人系スキルは管理者が契約した達人たちの動きを再現するスキルだな。
私が最後に使用した【貫衝烈拳】がそれにあたる」
「【かんしょうれっけん】?」
首を傾げる。
「最後だったから記憶にないか。これだ。
スキル発動――【貫衝烈拳】!!」
クマ子さんがスキルを発動させる。
強く地面を踏み込み、体内を巡らせた気を接触の瞬間に爆発させる。今回は空打ちのため、突き出した拳とともに周りの空気が爆ぜるような衝撃波が広がった。
それはスキルによる技の再現。しかし。私の目には別の映像とか重なる。
「それって、私の使う奥義『崩穿華』と同じ……」
言葉が漏れる。
この技を教えてくれた師匠と見た目が一緒であるため、師匠が奥義を繰り出した姿と重なったのだ。
「やはり、アンタが使った技と一緒だったか……
この技は最強の格闘家と呼ばれた、岩隈 京士郎が提供した達人スキルだ。
達人スキルは通常では習得が難しいだけで再現可能な技でもあるんだ。
スキル提供をすると莫大な報奨金が得れるため、多くの武術の達人がその技をこのゲームに提供している。お金のためではく、後継者が居ない流派などが、ゲームのシステムを通して後世にその技術を残すこともあるというから何とも言えないがな。
アタシは剣術家の家系に生まれて剣術家として育てられたのだが、岩隈さんを心から尊敬してるんだ。このスキルを登録しているのもいつかはこの技をシステム補助なしに取得できればと思ってのことだ。
ところでアンタはその技は誰から教わった?
岩隈さんは生涯一人も弟子を取らなかったと聞くが……」
チラリとクマ子さんが視線を向けてくる。
「えっと……」
問われて言い淀む。そういえば師匠のこと全然知らなかった。退院の時に一度だけ現実の師匠にあったが、詳しいことは全くと言って知らないのだ。
「私が入院中に会った人なんですけど、詳しくは……
ゲームの中ではクマ子さんと同じ熊の姿でした」
「熊の姿、まさか」
クマ子さんは何かに気づいたのか、目を見開く。
「その人の特徴を教えてくれ」
「えっ、え。えっと、あの、ゲーム内ではめちゃくちゃ強くて。毎日バトルをしていたんだけど全然勝てなくて、打撃攻撃だけじゃなくて関節技とかも凄くて……」
雰囲気が変わり凄まじい勢いで問いかけるクマ子さんに戸惑いながらも、何とか思い出せることを言葉にして伝える。
「あ、でも一度現実でもあったんですが、すごい大怪我していた男の人でした」
「大怪我した男。あの格闘センスを持つSnowでも手も足も出ない強さ…… ま、まさかとは思ったが、ほんとうに……」
クマ子さんは遠目で見ても分かるくらい、ぶるぶると震えだす。
「Snow、すまないが先ほどアタシが見せたスキルを、実践してみてもらっていいか?」
一つ息を吐いて震えを止めると、真っ直ぐに視線をこちらに見据えて訊いてくる。
「えっ、はい。【#__超過駆動__オーバードライブ__#】は起動したままでいいですか?」
「もちろんだ」
私は頷くと、意識を集中し拳を構えた。
「行きます。真陰熊流・奥義『崩穿華』!」
ボッと突き出した拳の周りの空気が爆ぜる。
「こんな感じで、いいですか?」
振り返るとクマ子さんは目を見開いて固まっていた。
「間違いない本物の技だ。まさか、あのメールの内容はホントだったのか。チャンピオンロックベア人形を持っていたことで、まさかと思ったが……」
小声で独り言ちるクマ子さんに、私は恐る恐る「あの……」と声をかける。
「あ、すまない。ちょっと考え事をしていた」
我に返ったクマ子さんは、覚悟を決めたかのような瞳で私を見据える。
「先ほど強くなりたいと言ったな。もし君が望むならば、今日だけでなく毎日、マンツーマンで私が君を指導しても構わない。
土台があるので、私が指導すればブレバトにて強くなれる事を保証しよう。
ただし、一つ条件がある」
クマ子さんが指を一つ立てる。私はその条件を聞くことを了承するかのように首を縦に振る。
「君が教わった格闘技術をアタシに教えてくれ。
先ほども言った通り私は岩隈さんを尊敬してる。
スキル【貫衝烈拳】を習得しようとしているのもそのためだ。だが、スキルと同じ動きを再現してもスキルなしではあの技を発動することが出来ずにいる。独学であの人の域に達すことに限界を感じてたんだ。
どうだろう?」
まっすぐな視線が突き刺さる。
そんなの答えは決まっている。私に師匠の技をうまく伝えられるか不安もあるが、それでも強くなれるならば――
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう答えるのであった。
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