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第1章:アンドロイドの少女
アンドロイドの少女とニンゲン
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「何してるの?」
彼女が言う。
「何も教えてくれないから」
「何を教えるのよ」
「昨日の場所の事とか、君の事とか」
「別に友達でも何でもないでしょ」
「待ってよ!」
僕は放課後、彼女が通るであろう道で待ち伏せをしていた。
去ろうとする彼女を追いかけながら話し掛け続ける。
「じゃあ、今は友達でも何でもないなら、今から友達になってよ。僕の友達にさ。僕だって友達いなかったからさ」
「あなたは、友達がいないかもしれないけど……」
「君にはいるの?」
「あなたには、関係無い」
彼女が早足になる。
僕も彼女に合わせて早歩きになる。
「何でだよ。友達になるくらい良いじゃないか!」
「何でもよ! あなたにはアンドロイドの気持ちなんて分からないのよ!」
ピタッと足が止まる。
彼女も、僕も。
じっと僕を見据える。
「ニンゲンには私の気持ちなんて分かるはずが無いもの……」
僕には彼女が泣いてるように見えた。
アンドロイドなのに。
涙なんて流れるはずがないのに。
僕には泣いてるように見えた。
「君だってニンゲンの気持ちは分からないだろ。でも、それでもお互いに理解しようとする事はできるんじゃないのか?」
「…………」
「君の言い方は友達がいたみたいだ。過去にいた。そう聞こえるんだ」
「…………」
「僕じゃダメなのかな。僕じゃ、君の友達には……」
「うるさい!」
唐突に突き飛ばされた僕はしりもちを付く。地面に付いた手に痛みが走る。見ると手のひらから血が滲んでいた。
どれくらいそうしていただろうか。ただただじっと手のひらを見ていた。1秒にも満たないような、数秒間見ていたような、数十秒経っていてもおかしくないような。
ふと我に返り顔を上げた。
彼女はもうそこにいなかった。
ーーーー
アンドロイド。彼女はアンドロイド。ニンゲンのようだけどニンゲンとは違う。僕には彼女の気持ちは分からないかもしれない。
でも、あれだけ強く否定するのはおかしい。きっと何か隠している。それに、あの場所。彼女が通ってるあの場所。きっとあそこに理由があるに違いない。彼女が僕を避けようとする理由が。
「食事中にボーッとして。何、考えてるの?」
母さんが話し掛けてくる。
「何でもない」
僕はそう言って、早く食べ終わろうと、ジャガイモを掻き込む。
「そんなに急いで食べなくても。父さんたちはロボットだから食べないぞ」
そんな事は知ってる。
人が考え事をしてる時に話し掛けるなんて。
これだからロボットは。
人の気も知らないで。
そうだ。
僕はふとあの場所について聞いてみた。
彼女が通っている謎の場所。
四角い石が並ぶ不思議な所。
「あのさ」
「何?」
「四角い石がいっぱいある場所があるんだけどさ。2人はその場所の事、知ってる?」
「「…………」」
父さんも母さんも黙ったまま微動だにしなくなる。ネットワークに接続して検索している時の行動だ。
僕は食事を終えて水を飲む。
しばらく時間が掛かるかもしれないと思い、食器を片付けようと立ち上がる。
「ケンタロー。もしかして、あなたの言う場所って、お墓じゃないかしら?」
「お墓?」
「死んだニンゲンを弔うための場所よ」
「死んだニンゲン? 弔う?」
母さんが何を言ってるのか全く分からない。
「ニンゲンは死ぬの。生命活動が停止するの。ロボットが壊れて動かなくなるように」
「分かるような分からないような。死んだらどうなるの?」
「分からないわ。ロボットはニンゲンじゃないもの」
「そう、だよね」
「ニンゲンはロボットのように壊れた所を修理すれば良いわけじゃないから」
「そっか」
彼女が僕を避けた理由が分かった気がする。
アンドロイドの彼女とニンゲンの僕じゃ決定的に違うんだ。
ニンゲンの僕はいつか死ぬ。ロボットやアンドロイドと違って。そして、彼女はニンゲンの友達がいたけど死んでしまったんだ。僕がニンゲンだから、友達になってもいつか死んでしまうから。
死ぬって事はそういう事なんだ。
お墓で見た景色を思い出す。あの四角い石が死んだ人の代わりで。死ぬって事は世界から消えるって事で。それで……。
「ケンタロー?」
「え?」
「泣いてるの?」
僕は〈死ぬ〉というよく分からないものが恐くなった。〈死ぬ〉事が恐くて恐くてたまらない。父さん、母さん、ロボット犬のワンダ、そして名も知らぬアンドロイドの彼女。全部が僕から切り離されて僕は1人で世界から消える。僕が僕じゃなくなる。言葉にはできない程の恐怖。抗う事すらできない圧倒的な恐怖。それが僕の全身をくまなく覆う。
「ニンゲンはいつか死ぬんだ。だから君が最後のニンゲンなんだ。そうじゃなければ、他にも沢山ニンゲンが街にいるはずだから」
「でも、ニンゲンは死ぬからいなくなったんだよね。ロボットしかいないのはニンゲンが死んだからなんだよね」
「そ、そうよ。そうだけど」
「なら、僕は最初からいない方が良かったんじゃないか! ニンゲンなんて不必要だろ!」
「ケンタロー!」
父さんの声が背中越しに聞こえた。
でも、僕は背を向けたまま部屋へ帰った。
ベッドで泣いた。
泣き続けた。
僕は何でニンゲンとしてここにいるんだろう。何でアンドロイドの彼女と出会ったんだろう。もし、彼女と出会わなければ、こんな気持ちにならなくて済んだかもしれないのに。
そんな事をグルグルと考えながら気付けば朝に目が覚めた。
僕はこの日初めて学校に行かなかった。
彼女が言う。
「何も教えてくれないから」
「何を教えるのよ」
「昨日の場所の事とか、君の事とか」
「別に友達でも何でもないでしょ」
「待ってよ!」
僕は放課後、彼女が通るであろう道で待ち伏せをしていた。
去ろうとする彼女を追いかけながら話し掛け続ける。
「じゃあ、今は友達でも何でもないなら、今から友達になってよ。僕の友達にさ。僕だって友達いなかったからさ」
「あなたは、友達がいないかもしれないけど……」
「君にはいるの?」
「あなたには、関係無い」
彼女が早足になる。
僕も彼女に合わせて早歩きになる。
「何でだよ。友達になるくらい良いじゃないか!」
「何でもよ! あなたにはアンドロイドの気持ちなんて分からないのよ!」
ピタッと足が止まる。
彼女も、僕も。
じっと僕を見据える。
「ニンゲンには私の気持ちなんて分かるはずが無いもの……」
僕には彼女が泣いてるように見えた。
アンドロイドなのに。
涙なんて流れるはずがないのに。
僕には泣いてるように見えた。
「君だってニンゲンの気持ちは分からないだろ。でも、それでもお互いに理解しようとする事はできるんじゃないのか?」
「…………」
「君の言い方は友達がいたみたいだ。過去にいた。そう聞こえるんだ」
「…………」
「僕じゃダメなのかな。僕じゃ、君の友達には……」
「うるさい!」
唐突に突き飛ばされた僕はしりもちを付く。地面に付いた手に痛みが走る。見ると手のひらから血が滲んでいた。
どれくらいそうしていただろうか。ただただじっと手のひらを見ていた。1秒にも満たないような、数秒間見ていたような、数十秒経っていてもおかしくないような。
ふと我に返り顔を上げた。
彼女はもうそこにいなかった。
ーーーー
アンドロイド。彼女はアンドロイド。ニンゲンのようだけどニンゲンとは違う。僕には彼女の気持ちは分からないかもしれない。
でも、あれだけ強く否定するのはおかしい。きっと何か隠している。それに、あの場所。彼女が通ってるあの場所。きっとあそこに理由があるに違いない。彼女が僕を避けようとする理由が。
「食事中にボーッとして。何、考えてるの?」
母さんが話し掛けてくる。
「何でもない」
僕はそう言って、早く食べ終わろうと、ジャガイモを掻き込む。
「そんなに急いで食べなくても。父さんたちはロボットだから食べないぞ」
そんな事は知ってる。
人が考え事をしてる時に話し掛けるなんて。
これだからロボットは。
人の気も知らないで。
そうだ。
僕はふとあの場所について聞いてみた。
彼女が通っている謎の場所。
四角い石が並ぶ不思議な所。
「あのさ」
「何?」
「四角い石がいっぱいある場所があるんだけどさ。2人はその場所の事、知ってる?」
「「…………」」
父さんも母さんも黙ったまま微動だにしなくなる。ネットワークに接続して検索している時の行動だ。
僕は食事を終えて水を飲む。
しばらく時間が掛かるかもしれないと思い、食器を片付けようと立ち上がる。
「ケンタロー。もしかして、あなたの言う場所って、お墓じゃないかしら?」
「お墓?」
「死んだニンゲンを弔うための場所よ」
「死んだニンゲン? 弔う?」
母さんが何を言ってるのか全く分からない。
「ニンゲンは死ぬの。生命活動が停止するの。ロボットが壊れて動かなくなるように」
「分かるような分からないような。死んだらどうなるの?」
「分からないわ。ロボットはニンゲンじゃないもの」
「そう、だよね」
「ニンゲンはロボットのように壊れた所を修理すれば良いわけじゃないから」
「そっか」
彼女が僕を避けた理由が分かった気がする。
アンドロイドの彼女とニンゲンの僕じゃ決定的に違うんだ。
ニンゲンの僕はいつか死ぬ。ロボットやアンドロイドと違って。そして、彼女はニンゲンの友達がいたけど死んでしまったんだ。僕がニンゲンだから、友達になってもいつか死んでしまうから。
死ぬって事はそういう事なんだ。
お墓で見た景色を思い出す。あの四角い石が死んだ人の代わりで。死ぬって事は世界から消えるって事で。それで……。
「ケンタロー?」
「え?」
「泣いてるの?」
僕は〈死ぬ〉というよく分からないものが恐くなった。〈死ぬ〉事が恐くて恐くてたまらない。父さん、母さん、ロボット犬のワンダ、そして名も知らぬアンドロイドの彼女。全部が僕から切り離されて僕は1人で世界から消える。僕が僕じゃなくなる。言葉にはできない程の恐怖。抗う事すらできない圧倒的な恐怖。それが僕の全身をくまなく覆う。
「ニンゲンはいつか死ぬんだ。だから君が最後のニンゲンなんだ。そうじゃなければ、他にも沢山ニンゲンが街にいるはずだから」
「でも、ニンゲンは死ぬからいなくなったんだよね。ロボットしかいないのはニンゲンが死んだからなんだよね」
「そ、そうよ。そうだけど」
「なら、僕は最初からいない方が良かったんじゃないか! ニンゲンなんて不必要だろ!」
「ケンタロー!」
父さんの声が背中越しに聞こえた。
でも、僕は背を向けたまま部屋へ帰った。
ベッドで泣いた。
泣き続けた。
僕は何でニンゲンとしてここにいるんだろう。何でアンドロイドの彼女と出会ったんだろう。もし、彼女と出会わなければ、こんな気持ちにならなくて済んだかもしれないのに。
そんな事をグルグルと考えながら気付けば朝に目が覚めた。
僕はこの日初めて学校に行かなかった。
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