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第1章:アンドロイドの少女

ロボット犬のワンダと僕

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「今日もいない…………」

 学校に行かなくなってから三日。
 彼女が通る道に毎日通っていた。
 三日。三日続けて彼女は現れなかった。

 父さんも母さんも墓地まで行く事を許してくれなかったし、行き方を教えてもくれなかった。最初は自分で探そうと思った。いつも使う道しか知らない僕がおぼろげな記憶を頼りに歩き回った。でも道に迷うばかりで墓地へたどり着く事はおろか、家に帰る事すら困難な有り様だった。だから僕はここで彼女を待つ以外の選択肢はなくなった。

 空が赤く染まる。

 今日は、今日も、諦めるしかなかった。

 家に帰ると父さんも母さんも何も言わなかった。僕は日課の野草採りをする為に籠を持ってロボット犬ワンダに声を掛ける。
 ワンダは母さんと僕の顔を交互に見た。
 ロボットでも何か感じる事ができるのだろうか。ふと、そんな事を僕は考えた。

「野草摘みに行ってくるよ」

「…………」


 黙々と空き地で野草を摘む。
 ニンゲンだから、ロボットと違って食べないと生きていけない。ニンゲンはめんどくさいのだ。ニンゲンだけじゃない。生き物は生きる為に食べるし、寝るし、ロボットよりもずっとめんどくさい存在なんだ。
 野草をそのまま食べてみた。
 苦くて不味い。
 淡々とルーティングをこなす日常を変えてみた所でこの程度なんだ。
 ロボットとニンゲンには越えられない壁があるんだ。

「くぅん」

「ワンダ……」

 僕はワンダの頭を撫でてやった。
 本当に良く出来たロボットだ。
 きっと本物の犬もこんな風にニンゲンにすり寄るのだろう。

「ふぅ」

 ワンダのお陰で少し気持ちが落ち着いた。
 ニンゲンが犬をペットに選んだ理由が分かった気がする。そして、ペットロボットのモデルとしても選んだ理由も。

「帰るか」

 僕は野草が籠半分になった所でワンダに声を掛ける。
 僕の感情とは別にいつも通り、僕に寄り添って歩くワンダ。
 相手がロボットでも何だか癒されるような気がした。

「ただいま」

「おかえり」

 ワンダに気持ちが救われたからなのか、冷静になれた自分がいた。
 すっと自然に「ただいま」って言えた事に驚いた。

「機嫌、直ったのかしら?」

「ワンダと一緒にいて落ち着いたんだよ」

「そう」

「ねえ、母さん」

「何?」

「僕が墓地に行っちゃいけない理由でもあるの?」

「?」
 母さんの三角の頭にハテナマークが表示される。

「僕は、父さんも母さんもロボットだから僕の気持ちなんて分からないと決めつけていた」

「…………」

「でも、何か理由があって止めたかもしれないなって思ったんだ。だから、理由があるならちゃんと聞こうって」

「そうね。ケンタローは自分が休んでる所に知らないロボットが来たらどう思う?」

「そりゃ嫌だよ。知ってるロボットでも嫌だけど、知らないロボットなんて怖いって」

「お墓は死んだニンゲンが眠ってる場所なのよ。そこに他人のケンタローが行くって事はどういう事?」

「そっか。僕が知らない誰かの部屋にいきなり入るようなものなのか。そりゃ良くないね」

「だから止めたのよ」

「分かった。勝手にお墓に行こうとするのは止めるよ」

「さ、ご飯を用意しましょ。お父さんにお願いしてくるわね」

 母さんは野草の入った籠を持ってキッチンへ行ってしまった。

「僕も部屋へ行くか」

 ワンダはいつの間にかいなくなっていた。きっと充電スポットに向かったんだろう。

「ワンダ、ありがとう」

 僕はそう呟いて部屋へと戻った。

 彼女に悪い事したな。
 今度会った時にちゃんと謝ろう。
 許してくれるかな。
 仲良くしてくれるかな。
 少しでも彼女の事を理解したくて、アンドロイドについての項目を端末で開く。
 僕はまだアンドロイドについて何も知らないから。今さらだけど、ちゃんと知りたいから。

 ☆ ☆ ☆

 ●アンドロイド:ロボットの一種ではあるが、人類に似せた造りになっており、非常に豊かな感情表現能力を有する。人類の新しいパートナーとしての役割が期待される。

 ☆ ☆ ☆

 ………………。
 あのお墓に眠ってるニンゲンは彼女のパートナーだったんだろうな。
 僕はニンゲンとアンドロイドは分かりあえないって勝手に決めつけていた。
 でも、今は違う。
 僕が何も知らなかったから。僕が彼女の領域に勝手に入ろうとしたから。そりゃ、彼女だって僕を拒絶しようとするよな。

 一人で勝手に悲しんで。
 でも会いたくなって。
 会えなくて。
 
 母さんが〈恋〉って言ってたけど、これがその〈恋〉なんだろうか。

 そうだ。
 学校にも行こう。
 お墓探しを止めると決めた以上、学校に行くくらいしかやる事ないし。ロボットとは言え、僕がいない間、先生も寂しがってたりするのかな、なんて。
 彼女と会えたのも学校の帰りだったし、タイミングが合えばまた会えるかもしれない。

「ケンタロー。ご飯出来たわよ」

 母さんが僕を呼ぶ。
 
「はーい!」

 僕は急いで食卓へと向かった。
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