上 下
27 / 65
三章:ライアンからの依頼

26 強奪

しおりを挟む
「逃げた!」

 目で追うがやっと。
 その姿を確認する事叶わず。
 ただ、石だけが消えていた。

「ウソ!?」

「な、何が起こったんでしょうか?」

 全員がこの状況を理解できなかった。

「まだ来るかもしれん! 最大級に警戒しろよ!」

「わ、分かりました!」

「オーケー」

 各々が武器を手に周囲に神経を張り巡らす。
 石だけが目的ならすでに遠くに行ってしまっているだろう。
 
 どう判断すべきか。

「人間ならシーフ、モンスターなら狼や虎みたいな獣型の可能性が高いな」

「ええ」

「わ、私が眠らせる歌とかが使えれば良いんですけど……」

「気にするな。十分役に立ってくれてるよ」

「獣型モンスターなら私がテイムする方法もあるわ」

「その時は頼む」

 気配はまだあるか?

 僅かな草の動きすら見逃さない、葉の擦れる音さえ聞き逃さないように集中する。

 そういえば、テイマーはモンスターの気配を察知する事に長けているという。

 マルチナが何も言わないのなら、モンスターでは無い可能性が高いかもしれない。

「マルチナ、モンスターの気配は感じているか?」

「分からない。モンスターじゃないのかも」

 分からない?

「さっきも気配は感じてたけど、モンスターと違うような感じだったの」

「どういう事だ?」

「人とは違う感覚なんだけど、私の知ってるモンスターの気配とも違うの」

 マルチナの知らないモンスターなのか?

 しばらく経ったが何も起こらない。
 いつまでもここにこうしているわけにもいかない。

「荷物を運ぶぞ」

 俺は二人に指示を出す。

 荷車を引く俺。
 二人は後ろから押す。

「警戒は怠るな」

「ええ。何かあったらすぐ大声を出す。ジンさんもね」

「分かった」

 道はまっすぐ街へと続いている。

 見晴らしは良い。

 気を付けるのは左右に広がる森からの襲撃の可能性だ。

 道中、数組の人間とすれ違った。

 いずれもただの旅人や冒険者。

 マルチナも「感じた気配とは違う」と言う。

 石を盗んだ犯人はどこに消えてしまったのだろう。

 そうこうしている内に街に着く。
 早速、依頼主の所に荷物を運ぶ。

「やあやあ、ありがとう。無事に届いたようだな」

「ええ。リストの物は間違いなく全て揃ってますよ」

 ミファが軽く俺の脇を小突く。
 何が言いたいのかは分かっていた。

 俺はただ横に首を振った。

「ふむ。間違いなくありますな」

 にこやかに俺たちに向かって依頼主の商人は言った。

 安堵の雰囲気が俺たちの間に漂う。

「フィガロさ~ん!」

 商人に向かって来る一人の男。
 革の鎧を身に纏っている所から見るに、俺たち同様の仕事を請け負った冒険者らしい。

「やられました!」

「何!?」

 向こうのチームは荷物を守りきれなかったようだ。
 革の鎧の戦士から少し間があって、他のメンバーらしき冒険者も来る。魔法使い、ポーター、そして全身鎧を着た重戦士。

「そ、それで、全部か!? 全部盗られたのか!?」

 慌てる商人のフィガロ氏。
 この慌てようは尋常ではなさそうだ。
 何か重要なアイテムでも運んでいたのか?

「は、はい!」

「くそ! 高かったんだぞ! あの魔法石、いくらしたと思ってんだ!」

 ポカンとした表情の相手チーム。

「いえ? そんな物はありませんでしたよ」

「お前たち、中身を見たのか? 契約では中身を見る事は禁止されてたはずだ」

 変な汗が出てくる。
 チラリと視線を向ける。
 どうやらミファやマルチナも同じらしい。

「では何故無かったと言いきれる!」

「だって、俺らを襲ったやつらが『目的の石はどこだ!』って怒ってましたもん。もし、入っていたならそんな事言いませんて」

「そんな、バカな……。わざわざ囮のチームを雇ってまで運ばせたのに」

 ガックリと膝を落とすフィガロ氏。

「あの、もしかして、そっちのチームの荷物にその魔法石、入ってませんか?」

 革の鎧の戦士がおどおどしながらも余計な事を口にする。

 おい、俺たちを巻き込むな。
 このまま穏便に知らない振りして済ませようと思ってたのに。

「無かったよ。あっちにはリストを渡して中身を確認してもらってる。リスト通りの商品数が間違いなくあった」

 フィガロ氏はそう答えた。

「だから、そこに間違って石も紛れてたんじゃないですか」

 尚も食い下がる相手チームの男。

 まてまてまて。

 それ以上は何も言うな。

「ジンくん。石、入ってた?」

 疑うような眼差しのフィガロ氏。
 怯えるミファ。
 これはもうダメだ。

「石らしい物は見ました。ただ、リストに無かったので……」

 しどろもどろに俺は返事をする。

 何てこった!

「捨てたのか!?」

「いえ、何者かが持ち去ったようで。他の物も奪われるわけにはいかないですし、仕方なく。この残った荷物だけでも届けようとした次第で。リストにない品物だったもので別に問題ないと……」

「くそ! ワシがバカだった! こんなFランクに頼んだワシがバカだった!」

 フィガロ氏が俺の胸ぐらを掴む。

「取り返してこい。出来なければ弁償だ。金貨十枚したからな」

 金貨十枚!
 余裕で一年は三人で遊んで暮らせるぞ。

「残念だったな、Fランク」

 自分たちに責任は無いと思ったのだろう、先ほどと打って変わって笑ってる向こうの冒険者たち。
 怒りに拳を握り締める。

「お前らもだ」

「へ?」

「大事な商品を奪われたんだからな! 一緒に石を取り返してこい。出来なければ連帯責任でお前たちにも弁償してもらうからな!」

「ウソ……」

「マジかよ……」

 こうしてこの仕事の本番とも言える部分が始まったのである。
しおりを挟む

処理中です...