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miSunderstAndical thiNKing3
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体を洗ってから、湯船に浸かり、深く息吹いた。
風呂場という閉塞された空間と、その空間に一人でいることの安心感、何ものにも気遣いする必要が無い気楽さ。外界と接するための殻を脱ぎ捨て、ありのままの自分でいられる開放感。湯に浸かり、その心地よさにも浸かって目蓋を落とした。
艶やかな黒髪と白磁の肌。端正でいてどこか幼さを感じさせる可愛らしくも美しい顔立ち。項を雫する小水晶〈しょうすいしょう〉は留まることなく転び落ち、四肢は細く長く手折れそうに儚げで、乳房は大きくもなく小さくもないが形が良い。腰は滑らかな曲線で括れており、臀は控えめだが張りもあり、円みを帯びて質感ともに清水を浴びた白桃のようである。
……可憐。あまりに可憐。その様はまるで人でない……仙女か人外のよう。これほど何もかもが整っていれば、常人なら不気味な不可解さを感じずにはいられないであろう美しさである。
本当はどちらなのだろう。七緒か。部長か。あるいはどちらも本当という見方もできるが、彼女自身の意志はどうなのだろう。
事実に即して、気質が変わったことから推し量ってみよう。
まず、悠に遭って気質が変わったこと。様子から勘案して察するに、変えたのではなく、変えざるを得なかったように思えるが……。自分が七緒だと明かさなかった後ろめたさからか。いや、それではあそこまで気質が変わる理由にはならないだろう。第一、部長は悠以外の人に何度も会っている。その時はあのような変化などなかった。そうすると、悠が他の人物と何かしらの違いを有しており、他の人物にはそれが欠けている、ということなのだろうか。
では、悠と他の人との違いは何なのか。
喫茶店では、マスター・ウェイトレス数名・七鳥と会った。マスターは気心の知れた相手で間違いないだろう。同学年である七鳥は部長のことを知らず、常連としか思っていない風だった。他のウェイトレスも、他人という様子。
図書館で会った人物は、司書・女の子・花崎。司書と女の子は、親しい間柄ではないだろう。花崎は同学年だが、口ぶりから初対面だと推測できる。
ペットショップでは店員と話した。店員からはマスターほどでないにしろ、よく顔を合わしているであろう親〈ちか〉しいものを感じた。
それなら悠はどうか。悠が部長と対面したのは、今日の放課後だ。悠が談話部と七緒のことを訊いた時……。
……そうか。
悠と、他の人物の相違点。それは、「七緒水月を知っている」ということだ。それは転じて、「悠以外の人物が七緒水月を知らない」ということでもある。おそらく、悠以外の人物は、俺も含めて、部長が学校で評判の七緒水月ということを知らないのだ。
合点がいった。なぜ悠に遭って部長のままでいられなかったのか。それは、悠が七緒水月を知っていたからだったのだ。悠が七緒を知っていて、談話部を作ろうとしている人物――すなわち部長が七緒であることも知っていたから、部長のままでいるわけにはいかなかったのだ。
談話部の部長を調べていた悠は、変装していた七緒――部長に本人のことを訊いた。その後に下校し、偶然、俺と部長に遭った。その時、悠は思ったはずだ。「学校で七緒水月さんについて質問した人だ」、と。そして俺が部活中と言い、部長を紹介した。その行為は、部長の正体を明かす行為だったのだ。七緒が部長だと踏んでいた悠はまさにその時、確信しただろう。「部長ということは、この人は間違いなく七緒さんだ」、と。
普段は品行方正な七緒水月。それがとんだお調子者で変人となれば、七緒しか知らない人は矛盾を感じるだろう。いつもと違う、普段は猫を被っていたのか? と。悠の前において、部長のままでいることは、七緒水月を知っている人らを裏切る行為そのものだったのだ。しかし、俺の前で七緒になることも同じ。部長――七緒は、そのジレンマに陥り、身動きがとれなくなった。そういうことだろう。
人を欺く。その行為は、世間の信用をなくしかねない危ういものだ。それが、とりわけ性格・気質といった、アイデンティティと結びつくものであればなおさら。
だが、それなら、彼女をしてその危険を冒し別人たらしめていたものは何なのか。
風呂場という閉塞された空間と、その空間に一人でいることの安心感、何ものにも気遣いする必要が無い気楽さ。外界と接するための殻を脱ぎ捨て、ありのままの自分でいられる開放感。湯に浸かり、その心地よさにも浸かって目蓋を落とした。
艶やかな黒髪と白磁の肌。端正でいてどこか幼さを感じさせる可愛らしくも美しい顔立ち。項を雫する小水晶〈しょうすいしょう〉は留まることなく転び落ち、四肢は細く長く手折れそうに儚げで、乳房は大きくもなく小さくもないが形が良い。腰は滑らかな曲線で括れており、臀は控えめだが張りもあり、円みを帯びて質感ともに清水を浴びた白桃のようである。
……可憐。あまりに可憐。その様はまるで人でない……仙女か人外のよう。これほど何もかもが整っていれば、常人なら不気味な不可解さを感じずにはいられないであろう美しさである。
本当はどちらなのだろう。七緒か。部長か。あるいはどちらも本当という見方もできるが、彼女自身の意志はどうなのだろう。
事実に即して、気質が変わったことから推し量ってみよう。
まず、悠に遭って気質が変わったこと。様子から勘案して察するに、変えたのではなく、変えざるを得なかったように思えるが……。自分が七緒だと明かさなかった後ろめたさからか。いや、それではあそこまで気質が変わる理由にはならないだろう。第一、部長は悠以外の人に何度も会っている。その時はあのような変化などなかった。そうすると、悠が他の人物と何かしらの違いを有しており、他の人物にはそれが欠けている、ということなのだろうか。
では、悠と他の人との違いは何なのか。
喫茶店では、マスター・ウェイトレス数名・七鳥と会った。マスターは気心の知れた相手で間違いないだろう。同学年である七鳥は部長のことを知らず、常連としか思っていない風だった。他のウェイトレスも、他人という様子。
図書館で会った人物は、司書・女の子・花崎。司書と女の子は、親しい間柄ではないだろう。花崎は同学年だが、口ぶりから初対面だと推測できる。
ペットショップでは店員と話した。店員からはマスターほどでないにしろ、よく顔を合わしているであろう親〈ちか〉しいものを感じた。
それなら悠はどうか。悠が部長と対面したのは、今日の放課後だ。悠が談話部と七緒のことを訊いた時……。
……そうか。
悠と、他の人物の相違点。それは、「七緒水月を知っている」ということだ。それは転じて、「悠以外の人物が七緒水月を知らない」ということでもある。おそらく、悠以外の人物は、俺も含めて、部長が学校で評判の七緒水月ということを知らないのだ。
合点がいった。なぜ悠に遭って部長のままでいられなかったのか。それは、悠が七緒水月を知っていたからだったのだ。悠が七緒を知っていて、談話部を作ろうとしている人物――すなわち部長が七緒であることも知っていたから、部長のままでいるわけにはいかなかったのだ。
談話部の部長を調べていた悠は、変装していた七緒――部長に本人のことを訊いた。その後に下校し、偶然、俺と部長に遭った。その時、悠は思ったはずだ。「学校で七緒水月さんについて質問した人だ」、と。そして俺が部活中と言い、部長を紹介した。その行為は、部長の正体を明かす行為だったのだ。七緒が部長だと踏んでいた悠はまさにその時、確信しただろう。「部長ということは、この人は間違いなく七緒さんだ」、と。
普段は品行方正な七緒水月。それがとんだお調子者で変人となれば、七緒しか知らない人は矛盾を感じるだろう。いつもと違う、普段は猫を被っていたのか? と。悠の前において、部長のままでいることは、七緒水月を知っている人らを裏切る行為そのものだったのだ。しかし、俺の前で七緒になることも同じ。部長――七緒は、そのジレンマに陥り、身動きがとれなくなった。そういうことだろう。
人を欺く。その行為は、世間の信用をなくしかねない危ういものだ。それが、とりわけ性格・気質といった、アイデンティティと結びつくものであればなおさら。
だが、それなら、彼女をしてその危険を冒し別人たらしめていたものは何なのか。
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