失恋ゴーストの使命

麻宮清子

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裏切り

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「ちょっと、ついてこないでください!」

南野一成は険しい顔で声を荒げた。
その背後、半歩分遅れて歩く山崎理人は肩をすくめる。

「ついてきたくてついてるわけじゃねえ。お前が動くと俺も引っ張られるんだよ。自由もへったくれもない。」

「信じられるか、そんな話!」

「俺だって信じてねえよ!」

文句をぶつけ合いながらも、二人の足は自然と同じ方向へ向かっていく。
一成は理人から「自分は幽霊で、天使の指示で行動している」と説明されたものの、そんな話を信じられるはずもなく、憤りを隠せなかった。
ただ、冷静さを取り戻そうと深呼吸し、一成は問いかけた。

「とりあえず、名前を教えてください。」

「山崎理人。」

理人はイラついていたが、一成の落ち着いた態度に合わせ、自分も冷静を保つことにした。

「お前、南野一成だろ?天使から聞いた。」

「……これ、新手の詐欺ですか?」

「は?」

「恋が叶うように天使にお願いするからって、銀行に振り込めとか?」

理人はため息をつく。

「言ったろ?俺はもう死んでんだ。金なんてどうしようもない。」

「じゃあ証明してください、幽霊だって。」

言われた通り、理人は電柱をすり抜けてみせた。
一成は目を丸くし、もう一度やるよう頼むと、理人は呆れながら何度も電柱を通り抜ける。
真似して電柱に突進した一成は、当然ながら体ごとぶつかり、失敗した。

そのとき、すれ違う人々が一成をちらちら見ていることに気づいた。

「……周りには、あなたの姿が見えてないんですね。」

「わかってくれて良かった。」

理人は少しホッとした表情を浮かべた。一成もようやく事態を飲み込み始める。

「俺、これからバイトなんで。しばらく待っててもらえますか?」

一成が指差したカフェは、レストラン風のモダンな店だ。

「仕方ねえな。」

理人はカフェのスタッフ用出入り口から一成について行った。


カフェの空席に腰掛けた理人は、誰にも気づかれることなく店内をぼんやりと見渡す。
学生たちがケーキを頬張り、笑顔で恋やサークル活動の話に花を咲かせている。
理人はその光景を眺めながら、昔の恋人のことを思い出していた。

「コーヒー好きだったな……。」

自宅で時間をかけてコーヒーを淹れる姿や、それを苦いと言いながら砂糖をたっぷり入れて飲んでいた自分を、恋人が笑顔で見守ってくれたことを思い出す。

一成の姿が目に入り、現実に引き戻された。
忙しく働く一成は、明るく真面目そうな青年だ。これなら恋の応援なんてすぐ終わるだろう――そう思った瞬間、店のドアが開いた。

「お疲れ様!」

聞き覚えのある声に理人はハッとする。振り返ると、そこには「店長」と呼ばれる男、大川智紀の姿があった。



智紀の姿を見た瞬間、理人の表情が凍り付いた。
一成が智紀に「店長」と声をかけているのを聞き、さらに動揺が深まる。

「……ここ、だったのか。智紀の職場……。」

智紀は理人の生前の恋人であり、浮気が原因で別れた相手だった。
そして、その智紀を前にした一成の様子が、どこかぎこちない。

顔が赤く、智紀と目を合わせていない――それを見た瞬間、理人はある確信を得た。

「マジかよ。天使……何考えてんだ。」


「一成!」

理人は堪えきれずに一成を呼び止めた。

「ちょっと来い!」
「えっ? 俺、今バイト中だって!」
「いいから!」

渋る一成を無理やりバックヤードへ連れ込む。

「なんだよ、仕事中だぞ!」
「お前、智紀のこと……好きなのか?」

図星を突かれた一成は、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。
その反応に理人は深くため息をついた。

「やっぱりか。……お前、最悪だな。」
「は? 何なんだよ!」

一成が反発する間もなく、理人は冷たく言い放つ。

「智紀は俺の元カレだ。」

その言葉に、一成は目を丸くした。

「……え? 元カレって、大川店長が……ゲイなのか?」

一成の脳裏には、最近耳にした噂が浮かぶ。
智紀が女性スタッフ・実花と付き合っているという話だ。
だが、それが理人の言葉によって別の真実を持つように見え始める。


その日の業務の締めくくり、一成は在庫チェックのため物置部屋へ向かった。
もちろん理人も引っ張られるようについてきた。

物置のドアを開けた瞬間、低い声が聞こえる。

「智紀さん、本当に好きだよ。」
「俺もだよ、実花。」

声のする方を覗くと、奥で智紀と実花が抱き合っている。
一成はその場に凍りついた。

「……っ!」

胸が締め付けられるような痛みが走る。
一成は「噂は本当だったのか」と半ば諦めかけるが、背後から聞こえる理人の声が彼を現実に引き戻した。

「おい、マジかよ……。」

理人の怒りが爆発する。

「この女と浮気してたのか!? 俺があんな目に遭ってた間に!」

理人が棚を拳で叩くと、備品が床に散らばる音が響いた。

「な、何これ!?」

物音に驚いた実花は悲鳴を上げて飛び出していく。
智紀は怯えた様子で辺りを見回した。

「南野君、君が落としたのか?」
「違います! 理人さんが……!」

言いかけて、一成はしまったと思った。
理人の存在を知覚できるのは一成だけ――そのことを思い出したのだ。

智紀の表情が青ざめる。

「さっきから山崎って……そんな名前のスタッフはいないはずだよね?」

理人が智紀の耳元で囁く。

「俺だろ、智紀。お前の中で『山崎』と言えば……俺しかいねえよな。」

その瞬間、智紀は怯えた様子で悲鳴を上げ、床に崩れ落ちた。

「理人……か?」

対峙する理人と智紀
智紀は震える声で問いかける。

「理人は……怒ってるのか?」

一成が答える。

「ええ。『俺があんな目に遭ってた間に浮気してたのか』って。」

智紀は土下座をするように頭を下げ、涙声で謝罪を繰り返した。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

理人はその姿を冷たく見下ろす。
だが、その表情には怒りだけではなく、どこか哀れみが混じっていた。

「……もういいよ、そんなことすんな。」

理人はそっぽを向き、物置の隅に立ち尽くす。
一成はその背中を見つめながら、智紀の裏切りに対する理人の想いの重さを知る。



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